深読み=勝手な誤解
俺は今、四度目の死に立ち会う寸前の状態になっていた。まさか、こんなところで俺がくたばることになるかもしれないなんて酷い話だ。ここは神様的な何かが奉られている神社なんだよ? 神様の前で死ぬなんて、なんか生け贄に捧げられるみたいで凄く嫌だ。過去の限られた偉人達は何度かご対面したことがあるんだろうが、現代に生まれてまで生け贄ブームに乗っからなくても良いと思う。
でも現実で俺は生け贄に捧げられようとしていた。いや、神様相手にじゃない。その相手と言うのが・・・・・
「進め進めー!! お兄ちゃん号発進全開ー!!」
「ぬぉぉあああ!!!」
とんだ無邪気で元気な女の子、如月若葉ちゃんだった。本殿の中にある広い空間にて、俺は薺に見つめられたままプライドも何もかも捨てて馬になりきっていた。四つん這いになり、背中にはしゃぎ続ける若葉ちゃんを乗せ、まるで本物のロデオのごとく荒ぶり動く。どれだけ揺れようとも若葉ちゃんは振り落とされないようにしがみ付いているから凄いものだ。
そんなことを続けてもう三十分が過ぎようとしていたが、若葉ちゃんは飽きる様子を欠片も見せなかった。しかし、若葉ちゃんが飽きる飽きないに関係なく、白奈号はとうとう力尽きてしまった。
「も・・・無理・・・死ぬ・・・また死ぬ・・・」
「大丈夫お兄ちゃん?」
「なわけないでしょう!? もう見てられませんよこれ!」
真っ白に力尽きてタ○パンダのようになってしまい、俺の全身から尋常じゃない量の汗がダラダラと流れ出し、ちょっとした水溜まり、もとい汗溜まりが出来ていた。だが、汚いの承知で薺は俺の傍らにしゃがんで介抱してくれた。やっぱ良い人やなこの娘。
「しっかりしてください白奈さん! 今、風通しの良い場所に連れていきますからね!」
「え? 何? 三途の川? 確かに涼しそうだし川の水飲み放題だよね~・・・お願いします・・・」
「あぁ!? 何かいけないものが見えてきてますぅ!? お気を確かに白奈さぁぁん!?」
それから薺は俺を背に背負って本殿の広間から移動していった。残っていた若葉ちゃんは俺の汗溜まりの掃除としてせっせと雑巾掛けをしていたという。
~※~
「ハッハッハッ、いやぁ~さっきは死ぬと思ったねマジで」
「ホントにすいません・・・ウチの妹がホントにすいません・・・」
「だから謝らなくて良いんだってば。好きでやってることなんだしさ」
「ハァ・・・白奈さんは人が良すぎますよ・・・」
「そんなことないと思うけどな~?」
本殿の中にあったリビングにて俺と薺は一息をついていた。向かい合うようにソファに座ってお茶を片手に会話をしているのだが、俺の膝の上にはスヤスヤと可愛らしい寝息をたてて眠っている若葉ちゃんがいた。飽きずに遊んでいたとはいえ、あれだけはしゃげば眠くなるのは当然の摂理だろう。
にしてもやっぱり子供は良いもんだ。濁った瞳をしている大人に比べて純粋だから気軽でいられる。そんなことを思ってか、無意識に俺の手が若葉ちゃんの頭を撫でていた。撫でられる若葉ちゃんは笑顔を浮かべてムニャムニャ口を動かしている。
うん、やっぱ良いな子供・・・つーか妹か? 弟でも良いんだけど、年下の子供が身近に欲しがったもんだ。いたら絶対可愛が・・・いや、場合によっては軽蔑するかもしれない。何せ、最近身近に妹みたいな奴ができたが、かなりウゼーから。
「・・・・・」
「ん? どしたぃ?」
「あっ、いえなんでも無いです。ただ、白奈さんって子供の扱いに慣れてるんだなと思いまして」
「そりゃ慣れるさ、何せ・・・・・フッ・・・・・」
「え? な、何でそこでそんな顔するんですか?」
「決まってるでしょう・・・振り返りたくない過去だからさ・・・」
「・・・何かごめんなさいです」
「いや、良いのさ別に。もう割り切ってるから」
そう、あの雪ん子の面倒を見ることについてはもう諦めているのだ。といっても、やるべきことをやればあいつはいなくなるのだろうが。いや、別にいなくなったら寂しくなるとか、そんな甘っちょろいことは微塵も考えていない。いやホントだってマジで。これこそ神様に祈れるくらいだ。
「にしても薺は毎日大変そうだよね。こんな妹に毎日相手にされてるわけなんでしょ?」
「・・・・・フッ」
あっ、多分この人俺と同じことを考えてる。生気が抜けてるあの瞳を見れば一目瞭然だ。やっぱ苦労してるんだろうね・・・
「ま、まぁ? 仲が悪いよりは良い方が良いと思うよ? それに静かな娘よりは賑やかな方が楽しいだろうし?」
「それはまぁ・・・その通りだと思いますけど」
「でしょ? 限度はあるんだと思うけど、血の繋がった家族なんだから大事にしないと、ね?」
そう。一人は寂しいものなんだ。こんな妹が一緒にいてくれたのなら、俺はどんなに心穏やかでいられたのだろうか、想像すらつかない程だ。天涯孤独は辛いものなんだ・・・本当に・・・
「白奈さん?」
「ん・・・あっ、いや何でもないよ」
つい暗いことを思い出して顔に出てしまっていたようだ。イカンイカン、こういうことはもう考えないようにしないとずっと前に誓っただろうに。それに今は少なくとも雨瑠がいるんだしな。それに、お隣にはナッちゃんもいることだしな。
でも、今の状態はただの仮初めの平穏だ。何でもない普通の日常に見えて、本当はあちこちに闇の落とし穴が存在しているんだ。油断しないように気を配っておかないとね。
そうこうしている内にいつの間にか外が朝から昼間の青空に変わっていた。結構長い時間ここに居てしまったらしい。何だか悪いし、そろそろ出ていった方が良いのかもしれないな。
「さて・・・と。二人の親御さんが万が一に帰ってくる前に退散しようとしますかね」
「あっ、いえ、親はいないのでその心配をする必要はないですよ。白奈さんが宜しければゆっくりしていってください」
「へ? 親がいないとは?」
「先程、若葉が言ったようにここには私と若葉しか住んでいないんです。その・・・お父さんとお母さんはいないと言いますか・・・」
なんつー墓穴を掘ってしまったんだ俺は。最悪かオイ。とりあえずめり込む勢いで頭を下げておこう。悪いことしたら謝るのこれ大事よ。
「マジでごめんなさい! 嫌なこと思い出させた! 駄目だな俺、もう帰るわ!」
「い、いえいえ大丈夫ですから落ち着いてください! それに、若葉が起きた時に白奈さんが帰った後だったら、またややこしいことになってしまいそうで・・・もし宜しかったらまだここにいて欲しいんですけども・・・駄目ですか?」
「駄目ってわけじゃないけども・・・」
何故俺の周りには親に恵まれていない者ばかりが集まるのだろうか? 何かの因果関係でも存在しているのだろうか? いや、そんなことはどうでもいい。重要なのは痛いところを突いてしまった俺の所業についてだ。聞いてしまった以上、最後まで聞かないと気になって仕方ない。
「その・・・失礼承知で聞くけど、何で親御さんがいないのかな?」
無難に交通事故だろうか。それとも子供をほったらかしにして捨てた咲夜タイプだろうか。はたまた、子供自体に興味を示さなくなってしまった月タイプだろうか。何にせよ、辛い現実なのは結局のところ変わらな――
「実は結構前から世界一周旅行に夫婦で行っていまして、今も長旅を続けてるんです」
「・・・・・んん?」
おろ? 何かおかしなワードがチラホラと聞こえたような気がしたような・・・あれれ?
「・・・世界一周旅行?」
「世界一周旅行です。旅が好きな人達でして、なのでお父さんの通帳を使って生活のやりくりしてるんです。いつかにお母さんが宝くじを当ててしまって、衣食住には困ってないんですよ」
「・・・・・」
「白奈さん?」
今更ながらに今までの会話の流れを聞いて思い出す。そうだ、薺は一度だって親が死んだ、みたいなことを直接的に言っていなかった。ただ、いないとだけ答えていただけだ。
これはあれだ。日々の日常のせいでブラックなことばかり考えている影響でついてしまったタチの悪い癖だ。深読みしすぎるとロクなことがない。なんて馬鹿な奴なのだろうか俺は・・・つーか宝くじってまた非現実的なものを当てちゃってまぁ幸せそうに・・・
「ち、ちなみに親御さん達との仲は?」
「え? 二人共愉快な人達ですよ。たまに写真が届く時があるんですが、前のはお父さんがパンジージャンプした時にロープが切れて落下した写真でした」
いや、何故そんなバイオレンスな話題を平然とした口調で話せんのこの娘? それ駄目なパターンのやつだよ、絶対無事で済んでないパターンのやつだよ。つーか元気だなお父さん、何歳なんだよその子持ち。
それからも若葉ちゃんが起きるまで俺は薺から親御さんの武勇伝らしい話を長ったらしく聞く羽目になった。といっても、聞きたいと言ったのは俺なのだが。本物のアナコンダと遭遇した写真から、槍持った民族らしき集団に包囲されている写真まで幅広く非現実的なものを見せてもらったりもした。どうやら、薺の親達は戦場カメラマンよりもハードな日常を送っているようだ。
会話を続けてから数時間が経過すると途中で若葉ちゃんが目を覚まして会話に混ざり、そんなこんなで川の流れの如く時は過ぎていき、気付けば外はもう夕焼け色に染まってしまっていた。楽しい時間というのは早く過ぎてしまうものらしい。
「さてと、ご飯の支度があるから俺はもう帰るよ」
如月家四人で暮らしていた頃のアルバムを閉じて俺は立ち上がった。すると、逃がさないとばかりに若葉ちゃんが服の袖を引っ張ってきた。
「駄目ー!! 帰っちゃやだお兄ちゃん!!」
「えぇ・・・そんなこと言われてもなぁ・・・お兄様にも都合があるんだよ若葉ちゃん」
「やだやだやだぁー!!」
すると若葉ちゃんが駄々を捏ねて、欲しいお菓子を買ってもらえない子供のように床に寝そべってバタバタと動き出した。好いてくれるのは嬉しいけれども、これはこれで困ったものだ。
「コラ、駄目なのは貴女よ若葉。白奈さんが困ってるでしょう?」
「うるさいうるさい!! 駄目ったら駄目なのー!!」
「あぁもう我が儘なんだから・・・すいません白奈さん、私がどうにか宥めておくのでお帰りになってください」
「う、うん・・・そんじゃまた機会があれば」
そうしてリビングから出ていこうとする俺なわけだが・・・・・
「うわぁぁぁぁぁん・・・・・」
「コラ、泣かないの。文句ばっかり言ったら駄目よ若葉」
「やだぁぁぁ・・・お兄ちゃんお兄ちゃぁぁん・・・ぁぁぁぁん・・・」
凄く心が痛む泣き声を上げて来るわけで、帰るに帰り辛い状況になってしまっているのである。でもこれ以上残ってたら暗くなってしまうし、雨瑠がうるさいだろうからな。
でも、気遣いをかけることにはバチは当たらないだろう。このまま帰るのは癪だ。再び俺は振り返って若葉ちゃんの元に戻った。
「し、白奈さん・・・?」
人差し指でサインを出して任せてくれと言っておく。
「若葉ちゃん若葉ちゃん、俺また来るからそんな泣かないでってば」
「グスッ・・・やだぁ・・・お兄ちゃんと一緒がいいのぉ・・・一緒じゃなきゃやだぁ・・・」
寝転がった状態から立ち上がってくると、すがり付くように俺の手に泣き付いて来る。子供ってのはやっぱり素直で良いな。
若葉ちゃんと背丈くらいになるように屈んであげると、俺は苦笑しながらも寝ていた時にしていたように頭を撫でて慰めてやる。
「ほら、我が儘ばかり言ってたらここにいる神様に怒られちゃうよ? 良い子にしてたら俺はまた来るから、約束しよう? ね?」
「ズズッ・・・ホントォ?」
「ん。ほれ、指切りだ」
小指を差し出してやると、若葉ちゃんの小さな手の小指が絡む。そして指切りを済ませるとようやく落ち着いてくれたようで、目に涙粒を浮かべながらも泣き止んでくれた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「頬っぺ」
「何が・・・あぁ・・・」
若葉ちゃんがクイクイッと袖を引っ張ってきて上目使いをしながら甘えるように言ってくると、俺は苦笑しながらも左の頬を差し出した。すると若葉ちゃんは小さな音をたててチュッとキスをしてくれた。それから可愛らしい笑顔を浮かべていた。
「また来てねお兄ちゃん。約束だよ?」
「あいよ~」
ポンポンと二三度頭の上に手を乗せると、今度こそ俺はリビングから出て行こうと立ち上がった。
「あ、あの・・・白奈・・・あっ・・・さん」
「はいよ?」
すると今度は薺に呼び止められてしまった。何故かモジモジしていて落ち着かない様子を見せているのだが。微かに視線が熱くなっているのは・・・気のせいということにしておこう。
「よ、宜しかったらまたいつでも来てくださいね? 私、待っていますので・・・」
「・・・薺」
リビングの出口まで歩いたところで振り替えると、俺は自分の口元に指を差してはにかんだ。
「次からは敬語使わなくて良いからね?」
「あっ・・・は、はい!」
「ん。そんじゃ」
嬉しそうに笑う薺と若葉ちゃんを目尻に、俺はまた新しい知り合いが出来たことに満足しながら人気のない神社から出て行った。




