三日月の気持ち=正気戻り
咲夜ちゃんと雫ちゃんが白君の家に向かっていった後、私は後を追わずに家に帰っていた。誰もいない、私一人だけのあの寂しい空間の家に。例え、このまま白君の家に向かったって白君がいないことを私はもう理解してるから。
今思えばこの一ヶ月間、白君は何処か怪しい様子だった。よそよそしいというか、落ち着きがないというか。まるで、誰にも知られてはいけない秘密を隠し持っていたかのように。
そして、その秘密がこれだったんだ。誰にも行く場所を伝えずに姿を眩ませる引っ越し。どんな事情があっていなくなったかなんて分からないけど・・・一つだけは分かる。白君の身の回りで何かがあったんだ。だから白君は誰にも言わずにいなくなった。
これは私の推測に過ぎないけど、きっと白君の事情は“周りを巻き込んでしまうような何か”だと思う。それくらいの理由しか私には思い付かない。だって、白君がどれだけ優しくて、周りの人達のことを大切に思っているか知っているから。
でも、だからこそ伝えて欲しかった。何でもかんでも自分一人で抱え込まないで頼って欲しかった。私じゃ頼りないことなのかもしれないけど・・・それでも、一言くらいは言って欲しかった。
私は白君がいてくれたから今がある。私がこうして色んな人達とコミュニケーションが取れて友達が沢山できたのも、生徒会に入って楽しい学校生活を送れているのも、全部全部白君が切っ掛けを与えてくれたお陰。私の背中を押してくれたお陰。
なのに・・・どうしてこの大きな恩を返させてくれないでいなくなっちゃったの? そんなのって無いよ・・・酷いよ白君・・・自分だけ私のことを助けてくれて・・・
私だって白君が困ってたら助けてあげたいんだよ? いくらでも相談に乗るし、いくらでも力になるんだよ? 白君のためなら、私は何だってやる覚悟を持ってるんだから。それがたとえ、自分自身を犠牲にするようなことだとしても。
「白君・・・あっ」
気付けばもう家の前に到着していた。考え事をしていると時間が早く過ぎてしまうから嫌だ。でもしょうがないことだよね・・・だって、白君の身に関することだから。
とりあえず私は家の鍵を取り出して玄関を開ける。中に入ると、人気のないいつもの静寂な空間が視界に入ってくる。何時もながらに馴れない。一人でいるということが私にとって一番怖いことだから。
「白君・・・会いたいよ・・・」
白君に会いたい。一人でいる時にいつも思ってしまうことだ。それだけ、私は白君に依存してしまっているんだろう。この気持ちが迷惑だと思うことは何度だってある。でも仕方ないよ・・・白君のことが大好きなんだから。
頭の中に白君の姿が浮かぶ。誰かにツッコミを入れて世話しない様子の白君。相手を宥めるために苦笑して慰めている白君。そして―――
『―――一人が嫌なら一緒にいてやるよ。冷たい親なんか知るか。俺が親といる時よりも楽しい気分にさせてやるさ―――』
そう言って私に手を差し伸べてくれた小さな男の子。その時だけ、私だけの王子様に見えた小学生の頃の白君の姿だ。
「・・・・・」
自分の部屋のドアが見えてくる。でも、それは途中で見え辛くなっていった。目に冷たいものが感じられた瞬間、涙が目を覆ってしまったから。ポロポロと大きな涙粒が私の頬をなぞっていく。
「白・・・君・・・会いたい・・・よぅ・・・」
もう二度と会えないのかなぁ? 二度とあの笑顔が見られないのかなぁ? そんなのって嫌だよ・・・あんまりだよぉ・・・・・
「うわぁぁぁぁん・・・ぁぁぁぁん・・・・・」
泣いちゃ駄目だって分かってるのに、泣き叫ばずにはいられなかった。認めたくない。こんな現実なんて絶対に認めたくない。これからもずっと白君と一緒にいたい。楽しい時は一緒に笑って、悲しい時は一緒に泣いて、そんな風に同じ時を過ごして行きたい。それが、私が何よりも思っている一番の願いだ。
そんな時だった。自分の部屋のドアを開けた先に“それら”が机の上に置いてあるのを見付けたのは。
「・・・何・・・これ?」
それは、全部で十個くらいあるガラス瓶だった。それならまだ驚くことはないけど、でも、その瓶は一言で言うと“妙な物”だ。一つ一つに名札が貼ってあり、しかも中身が奇怪だ。
私はガラス瓶の一つを手に取って名札と中身を良く見てみる。そこにはこう書かれてあった。
『白君の唾液』
「・・・え?」
中身には微量の透明な水滴が入っている。そして名札には『白君の唾液』と書いてある。何・・・これ? 一体どういうこと? 他の瓶も一応確認してみると・・・・・
『白君の髪の毛』『白君の鼻クソ』『白君の爪』『白君の垢』『白君の食べカス』
他にも名札通りの物が中身に入っているガラス瓶ばかりだった。しかも、全部統一して『白君の』と書かれてある物が。
「何なのこれ・・・何でこんな物が私の部屋に・・・これじゃまるで・・・」
私が白君から採った物を集めていたような・・・でもそんなことありえない。だって、こんなもの集めた覚えなんてないし、何より、見たこともなかった。
でも何でこんなものが私の部屋に? 親が置いたなんて考えられないし・・・なら考えられる可能性なんて一つしかないじゃない・・・
「私が・・・集めたの?」
そんな・・・記憶にないのに、どうしてそう思ってしまうの? 確かに、私が白君のことを溺愛しているのは嘘偽りのない気持ちだけど、でもここまでするくらいに・・・こんな、ストーカーのようなことまでして白君を求めるなんてイカれてる。少なくとも、普通の人がするようなことじゃない。どうなってるの? 一体何が起こって―――
「~~~~~」
「っ!? 誰!?」
突然、誰もいないはずの部屋の入り口から声が聞こえて振り向いた。そこには、一人の人が立っていた。一度も見たことがない人だ。
「誰なの貴女!? もしかして貴女がこんなものを集め――」
「~~~~~」
「・・・・・え? ど、どういうことなの?」
名も知らないその人が私の額に人差し指の先を付ける。すると、指先から突然小さな光が生じて、何かが私の頭の中に入ってくる。これは・・・何?
「~~~~~」
「もう良いよって・・・え?」
あれ? 何・・・これ・・・? 一体どういうことなの? 何で・・・私が白君と咲夜ちゃんを殺して・・・・・
「・・・・・そう・・・だ」
「~~~~~」
「・・・はい・・・全部・・・思い出しました」
そうだ・・・そうだったんだ。思い出した。これまでの何もかもを。だとすると、私はきっと白君の期待に答えられずに“失敗”しちゃったんだ。その結果、私は白君と咲夜ちゃんを殺して・・・・・
「私・・・“変えられていた”とはいえ・・・白君と咲夜ちゃんになんてことを・・・・・」
こんな恐ろしい結末になるだなんて思わなかった。本当に白君を殺してしまうことになるなんて、そんなことになるなんて思いもしなかった。でも、私は現に殺してしまった。この時間ではない場所で白君を。無かったことになるとは言っても、でもこの事実は私の中で変わることも消えることもない。
「でも・・・何で私は“戻ってしまった”んですか?」
「~~~~~」
「そう・・・なんですか・・・でもそれって本当なら喜んで良いこと・・・なんですよね・・・」
「~~~~~」
「そうですよね・・・やっぱり、“白君を助ける”と言っても、この方法は間違ってたんだと今だからはっきりと分かります」
「~~~~~」
「いえ。もう白君の恋人になって助けて上げることはできなくなりましたけども・・・それでも、私にはまだできることがあると思うんです」
「~~~~~」
「はい、行きます! 私は白君の力になってあげたいんです! これから何度も死ぬことになるんだとしても、私は白君のためなら何だってやるつもりです!」
白君は私を助けて、そして救ってくれた。だから、今度は私が白君を助けて救う番なんだ!!
「~~~~~」
「え? そ、そこに白君はいるんですか? でもそこって“あなた”が住んでる場所でしたよね? 大丈夫なんでしょうか? もしものことがあったら・・・・・」
「~~~~~」
「そうですか・・・ありがとうございます。よし・・・早速行動しないと・・・私もここから引っ越します!」
「~~~~~」
「はい! 出来る限りで必ず白君の力になってみせます!」
でもそのためには咲夜ちゃんや雫ちゃんに気取られないようにしないと・・・きっと二人は血眼になって白君のことを捜し出すだろうから。いや、もしかしたらもう行動に移っているかもしれない。折角白君が機転を利かせて良い判断を下しているのに、私が足を引っ張ったら本末転倒だ。
行こう、白君の元に。最後にどうなるかだなんて分からないけど・・・でもきっと白君は気付いてくれるはず。その“答え”に。




