咲夜の気持ち=求め心の増大
――1日前――
「ハァ・・・」
誰もいない、アタシしかいないアパートの一室で一人、アタシは何度目か分からない溜め息を吐いていた。溜め息の原因は単純明快、白奈のことだ。
「何時からだろう・・・昔は少なからず毎日一緒に過ごしてたのに・・・」
用事があると言って何処かへ行ってしまった白奈。昔の白奈なら、用事でも一緒に付いて行っても良いって言ってくれたのに、どうして今はそうさせてくれないんだろう。
考えられる理由を思い浮かべると、それは女関係の何か・・・いや違う!! 違う違う違う!!
だって白奈にそう聞いても否定してくれたもの!! 手を横に振っていたもの!!
「・・・・・でも」
やっぱり可能性がないとは断言できる証拠がない。そのせいで不安になってしまう。もし、あれが白奈の付いた嘘だったとしたら?
嘘? アタシに嘘? 白奈がアタシに嘘を付いたの? そんな・・・ありえない。だって今まで白奈に嘘なんてつかれたことないのに。白奈はアタシのことが大好きなんだから、大好きな人に嘘をつくなんてありえない。
今の時間は夜の八時。少なくとも、白奈はもう家に帰って来てるはずだ。
「・・・・・駄目。やっぱり黙ってられない」
会いたい。白奈に会いたい。会って、ぎゅっと抱き付きたい。頭を撫でて貰いたい。ずっと一緒にいたい。白奈白奈白奈白奈白奈・・・・・
いてもたってもいられなくて我慢できず、とうとうアタシは立ち上がって白奈の家の合鍵を持って玄関を出た。
そして、玄関を出たところで見知った顔と出会した。白奈に近寄るクソビッチ達、潤戸雫と柱三日月だ。どうやら、アタシの家に訪れて来たらしい。泥棒猫共が・・・私が不安になっている原因はアンタらにもあるのよ・・・
「何の用よ。帰れクソビッチ共」
「い、いえ・・・その・・・私も突然、月さんに呼び出されまして・・・咲夜さんにも伝えないといけないらしくて・・・」
「伝えたいこと? もしかして白奈に関することとか言うんじゃないでしょうね?」
「・・・・・大変なの二人共」
柱の表情が青くて見るからに顔色が悪い。いつもならざまぁみろ、と思うところだけど・・・何だろう・・・嫌な予感がする・・・
「何よ・・・何があったのよ・・・」
「・・・・・白君が・・・転校したって・・・」
「・・・・・は?」
転校した? 何を言っているのかこの女は? 白奈が?転校した? 笑えない冗談だ。ふざけるなよこのクソ女。
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ? 調子乗ってるとぶち殺すぞお前」
「そ、そうですよ月さん!! 白奈さんが転校するわけないじゃないですか!! 妙な嘘をつくのは止めてください!!」
「・・・・・ごめんなさい二人共・・・私は冗談や嘘でこんなこと言わないよ・・・」
「っ!! どけ!!」
「あっ・・・! 咲夜ちゃん!!」
ありえない。絶対ありえない。万が一にでもありえない。白奈が転校しただなんて絶対にありえない。アタシに何も言わずに居なくなるだなんて、そんなこと絶対に・・・絶対にありえない!!
アタシは元々向かおうとしていた白奈のアパートに向かって全力疾走で駆け抜ける。歩いて約十分程度の距離にある白奈のアパートは、走れば時間が半分にまで短縮される。だからアタシは更に早く着くために永遠に走り抜ける。
白奈はいる。いつものように呆れた顔でアタシを迎えてくれるはず。そう、白奈がアタシに黙って転校するなんてありえないから。あってはならないことだから。
そして五分後、アタシは白奈が住んでいるアパートに辿り着いて階段を駆け上がり、右手に合鍵を持って準備を先に済ませておき、玄関の前で足を止めた。
「大丈夫・・・白奈はいるから・・・大丈夫・・・大丈夫・・・」
恐れることなんてない。怖くなんてない。なのに何で身体が震えるの? 何を予見しているの? 安心しろ。白奈は絶対に居るんだから。
そして、アタシは合鍵で玄関の扉を開いた。そこで初めて気付く。それは開いてはいけなかった扉だったんだって。
「・・・・・嘘よ」
玄関には靴も、傘立ても、洒落たアクセサリーもなかった。それは、見るからに無人の気配を醸し出していた。
靴を脱いで中に入る。何も聞こえない。凄く静かだ。まるで、本当に白奈がいなくなってしまったかのように。
それからアタシは家中を見て回った。白奈の部屋。洗面所とお風呂場。キッチン。そして最後にリビング。
場所は違えど、共通していることが一つ・・・いや、二つ。一つは、家具類が何一つ置いていない空っぽの場所。そして、二つ目が・・・白奈が何処にも見当たらないということだった。
「嘘・・・嘘よ・・・いない・・・何処にも・・・」
アタシは無意識にポケットに入れていた携帯電話を取り出して、すぐにかけられるボタンに登録している白奈の番号を呼び出して電話をかける。
『――現在、この番号は使われてはございません――』
流れて来たのは、機械的な音声だけだった。コールの音すら鳴ってはくれなかった。
「・・・・・・・・・・どうして?」
どうして? 何で? 何故? 訳が分からない。意味も分からない。何も言わずに消えてしまったことが全く分からない。
何で何も言ってくれなかったの? 何で黙ったままいなくなっちゃったの? 何でアタシをこの場所に置き去りにするようなことをしたの?
見捨てたの? アタシを? 大好きなはずのアタシを? 誰よりも深い絆で結ばれているはずのアタシを? ちょっと待ってよ白奈・・・それってどういうことなのかなぁ?
「・・・・・そっか」
そっか、そういうことなんだ。うん、アタシには分かったよ。何もかもが理解出来たよ。きっと白奈はアタシと会うことが照れ臭くて逃げちゃったんだ。本当はアタシとセックスしたりして過ごしたいと思ってたけど、白奈はシャイだから逃げちゃったんだ。そうだ。きっとそうだ。だってありえないもん。私に黙って消えるなんて。
これはきっと白奈がアタシに送っているサインなんだ。アタシの愛を試しているんだ。居場所が分からないまま俺を見付けて欲しいって。咲夜の気持ちを直に感じさせてくれって。そしたら私と・・・・・
「・・・・・分かったよ白奈」
待っててね白奈。絶対に探し出すから。たとえ、どんな手を使っても見付け出すから。何を犠牲にしてでも絶対に見付け出すから。白奈はアタシがいないと生きていけないんだもんね? それはアタシも同じだよ? 私も白奈がいないと駄目なの。白奈が居てくれればそれで良いの。アタシは白奈に必要とされればそれで良いの。他に生きる理由なんて何もいらない。アタシにとって白奈は全てなんだから。
絶対にまた会おうね白奈。そしたら私と今度こそ恋人・・・ううん、私と結婚しようね? そしたら沢山私とセックスしようね? 毎朝毎晩欠かさず私とセックスしようね? 何度でも・・・・・何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも――
「白奈・・・好き・・・大好き・・・アタシは白奈が欲しい・・・白奈の何もかもが欲しくてたまらない・・・絶対誰にも渡しはしない・・・白奈は私だけのもの・・・私は白奈だけのもの・・・もしそれを阻害するような奴が現れるのなら・・・」
その時は容赦なく、私の手で・・・・・
「殺す」
絶対に殺す。間違いなく殺す。白奈に近付こうとする害虫は全て排除し尽くす。何があろうと私の白奈に手出しはさせない。その相手がたとえ“どんな関係の者”であったとしてもだ。
「今行くからね・・・白奈・・・・・」
そして私は歩き出す。愛しいあの人に会うために。今度こそ、一生を一緒に共にするために。




