お別れ幼馴染=変身・転生
藤堂凛菜。第一印象は根暗そうな見た目だった。前髪で目線が少し隠れ気味で、いつもモジモジしているような女の子だった。しかし、見た目通りに暗い性格だったわけではない。時折、平気で卑猥な言葉を言い放ったりするような奴だった。それでも、まだ真面目で素直な奴だった。
しかし、今の藤堂凛菜という幼馴染は完全に変わってしまっていた。それはもう、全く違う人間に生まれ変わってしまったかのように。大人しかったあの娘が夏休みを得てギャルっ娘に転生してしまったかのように。
少なくとも、俺の知ってる藤堂凛菜は、こんなつり目で気が強い女の子じゃなかった。バシバシとうるさいほどにツッコんで来るような女の子じゃなかった。
「ねぇシーナ、何か失礼なこと考えてない今? あっ、これ美味いわね。全部貰うわ」
「あぁ・・・あれ僕の唐揚げなのに・・・僕の唐揚げ・・・唐揚げ・・・・・」
こんな勝手に家に上がり込んで、こんな勝手に夕食に手を付けて、こんなだらしなく寝転がって頬杖を付きながら物を食べるような娘じゃなかった。
いや、本当はこれが凛菜のあるべき姿らしい。先程、凛菜は自分で猫を被ってたと言っていた。それはつまり、俺と遊んでいた頃のことを指していたのだろう。
俺には分かる。こいつは極度のズボラだ。きっと、こいつが住んでいる家の部屋はゴミで満ちているんだろう。何となくそんな察しが付く。つーか雨瑠はさっきから唐揚げ唐揚げうるせぇよ・・・いや申し訳ないことになってるから何も言えないんだけどよ・・・
凛菜は現在、ソファーにて唐揚げをお摘まみにTVでバラエティー番組を見て、時にゲラゲラ笑っている感じだ。久し振りに再会したから舞い上がっているのか、それともいつもの素なのか。どちらにせよ寛ぎ過ぎだろう・・・親しき仲にも礼儀ありという諺知らんのかこいつは・・・
「コホンッ・・・あの~凛菜さん?」
「何? て言うか、ナッちゃんで良いわよ。無礼講無礼講アッハッハッ・・・ハァ・・・・・」
「何かお前ヤケになってねぇか?」
「な、何のことかしら? さっぱり見当つかないわねぇ~?」
「・・・猫被ってた事実がバレて気まずいってか?」
「・・・・・」
TVを見ることも、お摘まみを食べることも、横に寝転がることも止めて、俺から視線を逸らして片頬がつり上がった笑みで苦笑する。図星か。いや確かに驚きもしたし、少し幻滅もしたけどさ・・・
「ま、まぁ? 誰しも秘密の一つや二つ隠し持ってるもんだって。なぁ?」
「秘密はバレたくないからこそ秘密って言うのよ!! あぁ何で最終的にこうなっちゃうのよぉ・・・せっかく清純な女の子を演じられたまま姿を消せたのに・・・」
いや、清純な女の子も演じられていなかったと思うが・・・言わないで置いておこう。
「つーか何で猫被ってたんだよ?」
「そ、それはその・・・お、女の子には色々と考えていることがあったのよ!! というか今もあるのよ!!」
「何だよ考えって。肝心なこと分かんなきゃ聞いた意味ねーよ」
「言えるわけないでしょ!! 馬っ鹿じゃないの!?」
いかにも馬鹿っぽく転生しているお前に言われたくないんだが・・・これも言わずに置いておこう。
「と、とにかく・・・まさかシーナが引っ越して来る人だったなんて思わなかったわ」
「俺もまさか引っ越し先で知り合いに会えるとは思わなかったな。でも一人じゃ心細かったから正直安心したかもな」
「にしても、何でまた引っ越しなんてして来たのよ?」
「それは・・・まぁ色々だ」
「何よ色々って」
「色々だ」
「だから分かんないわよ!! 具体的に言いなさいよ!!」
「お、男の子には色々考えていることがあるのよ!!(真似風)」
「ウッザ!! シーナがこんなウザい人になってるだなんて思わなかったわよ!!」
それでも事情が複雑すぎて言えないんだよ。仕方のないことなんだから察してくれよ。いや無理言ってるかもしれないけどさ。
本当のところ、今日に至るまでの期間に思ったことだ。何故そうしなかったのか、それこそ馬鹿だったのかと自暴自棄に陥るくらいだ。どういうことか。つまり、今の俺の状況を誰かに伝えると言うことだ。俺は今、高校二年生の三学期が終わるわ前に、恋人を作って一週間死なずに生き残らなきゃいけない、と。でなければ俺は“本当に死ぬことになる”と。
突拍子もない話で信じがたい話だが、仮に咲夜等がいた場合は真面目に話を聞いてくれたかもしれない。だからその可能性に賭けてみようとしたのだが、それは雨瑠によって止められてしまった。雨瑠を使う“支配者”がルールを追加しやがったのである。『己の現状を話して良いのは一人までとする。ただし、話した者と恋人となり条件を満たしても無効となる』という、複雑なルールを。
俺にとってこれは重大な選択肢だ。たった一人の相手を選ばなくてはいけないのだから。恋人ではない、パートナーと言えるべき存在を。俺の中の候補では咲夜、雫、月の三人しかいなかったものの、それは全て打ち止めた。理由は、いつかに話をしたように、咲夜はこのこと事態に巻き込みたくないから。他の二人は、信用できなくなっているからだ。
だから今のところパートナーを作る予定はない。完全に信用しても良いという奴が現れるまで、俺は一人で抱えてどうにかクリアしなければならないだろう。もしかしたら、パートナーを作らずにクリアしてしまうかもしれないし。そうなったらそうなったらで結果オーライだ。
とにもかくにも、凛菜と再会できたのは大きな収穫だ。色々と変わってしまったとは言え、完全に信用しても良い奴の候補には挙げておこう。警戒深くなっているのはきっと、雫と月でさえあれだったから人間不信になっているのかもしれない。嫌な思考が身に付いてしまったものだ。
取り合えず、凛菜は様子を見ておこう。ゲーム終了まであと半年しかないのは分かっているが、こういうときこそ冷静にならなければならないだろう。
凛菜がお摘まみを、俺は夕食を全て食べ終えると「久し振りなんだから話し相手になりなさいよ。拒否権はないからね」と強引な誘い方で、今までにあった思い出話に花を咲かせた。主に凛菜のことを一方的に聞かされて、愚痴を聞く飲み屋のおっさん的な立場になっていた俺なのだが。
そうこうしている内に時計の針は一日の終わりを指し、次の日へと切り替わっていた。実は夜に弱い雨瑠はもう俺の部屋で寝ていることだろう。流石に俺も今日は荷物整理でクタクタだ。
「凛菜さんや、俺もう寝たいから帰ってくれませんかね?」
「だ、駄目よ!! 今度はシーナが話す番なんだから!!」
「えぇ~・・・良いよ別に、思い出に無理矢理刻み込まれるような事件なんて何も無かったって」
勝手に合鍵を造られたり、盗聴機や盗撮機を仕掛けられたりしていたがな。後はなんだ・・・発信機を取り付けられたり、さりげにファーストキスを奪われたりしたか。身体の中に埋め込んだとか言っていた発信機が、実は俺の奥歯に上手い具合に仕掛けられていて、取り外した後のように、既に何もかも対処済みなのだが。あまり話したいことじゃない。
「そんなこと言わないで何でも良いから語りなさいよ!!」
「つっても明日凛菜は学校だろ? 早く寝ないと遅刻すんぞ」
「良いのよ私は朝に強いから!! というか今は夏休み期間よ!! あっ! それよりシーナ、引っ越して来たってことは学校も転校してきたってことよね!? 何処に転入するのよ!?」
「き、希望ヶ峰学園・・・・・」
「アンタに超高校級の才能なんてあるわけないでしょ!! まぁ? 超高校級のウザ人となら言えるんでしょうけど?」
何こいつ。こうあからさまに悪口言われると腹立って来るんですけど。とっとと帰れよもう。こちとら疲れてっからイライラしてんだよ。そのイライラを我慢してお前と話をしてんだよ今。見透せよコラ。
「ハイハイどーせ俺はウザい男ですよ。ちなみに高校はここから二十分程歩いた先にある場所だ。この地域に住んでるなら分かんだろ」
「そ、そう・・・・・」
「なんだよ?」
「な、何でもないわよ別に!! 気安くこっち見ないでくれる!?」
「だったらいい加減帰れよコラ・・・段々イライラ我慢できなくなってきてんだからよ・・・」
「うっ・・・・・そ、そういえば何時から高校に通うのよ・・・・・」
「夏休み終了してすぐにだよ。つーかお前に関係ねーだろ?」
「わ、分かってるわよそんなこと!!」
「ならなんで聞くんだよコノヤロー、イライラさせんなホントに・・・・・」
「そ、そんなに私のせいでイライラするならもう帰るわよ!! フンッ!! もう二度と構ってやるもんですか!!」
そしてようやく凛菜は立ち上がって玄関に向かっていく。念のため見送りだけでもしておこう。凛菜の後を追って玄関までやってくると、扉を開けたところでまたこちらに振り返った。
「二度とよもう二度と!! お、お隣だからって調子に乗らないでよね!!」
「へーへーそうですか」
「二度と構ってあげないんだからね!! 頼み込まれても何も知らないんだからね!! この町のこと何も知らなくても私には何も関係ないんだからね!!」
「良いからとっとと帰れよ・・・」
「わ、分かってるわよ!!」
「あっ、ちょっと待て」
「・・・・・な、何よ?」
立ち去ろうとする直前で引き留めると、何故か出ていこうとせずに素直に立ち止まる。つーな何故そこで少し頬を赤く染める・・・まぁ良いや。
「おやすみナッちゃん。これから宜しくな」
「・・・・・」
すると、染まっていた赤い頬が見る見るうちに顔全体に広がって有頂天に達した。いや、なんでそうなる?
「お、おお・・・おや・・・・じゃ、じゃあねっ!! フンッ!!」
そしてバタンッ! と大きな音を立ててようやく姿を消した。にしても、あそこまで変わり果てるとは思ってもいなかった。でもまぁ、元気にやっているようで安心した。正直なところ、別れたあの時から心配はしていたからな。俺と咲夜から離れて引っ越す当日にボロボロ泣いてすがり付いて来ていたっけな。今思うと懐かしい話だ。
「寝るかな」
そろそろ限界が近いようだ。瞼が非常に重く感じる。俺はフラフラした身体で洗面所に向かい、歯を磨いてから自室のベッドに倒れ込み、三分経過しない内に意識を睡魔に奪われていた。




