イカれた愛情=残酷な現実
「ったく、なんでこんな時に限って何処もかしこも清掃中なんだよ・・・つーか、お前ら騒がしいけどさっきから何を騒ぎ・・・たてて・・・・・」
と、それがこの場で俺が呟いた最後の呑気な一言だった。さっきまでは少なからず何事もない、いつもの日常だった。
だが、非が付く日常は突然やってくる。求める感情なんて一欠片もないのに、それは突然やってくるのだ。誰かが誰かを傷付ける光景が。もっと具体的に言い表すのならば、誰かが誰かを殺そうとする光景がだ。
最初見た瞬間は錯覚や幻か何かだと思った。いや違う。そう思いたかったのだ。でも現実は時に残酷な光景を映し出してしまうのだ。
例えば、今この瞬間のように、月が咲夜を殺そうとしている場面をだ。
五十センチはあるであろう長い串に付いた血が針先からポツリポツリと雨残りのように垂れていて、それを手に持つ月は不気味な笑みを浮かべて咲夜を見下ろしている。咲夜は、さっきまでその串で刺し突かれていたのだろう、首から下の身体部分の隅々に真っ黒な穴が空いていて、そこから痛々しく血が流れ出ている。だが、それよりも見るからに重傷なのは、首に・・・喉に空いている同じく真っ黒で赤い血が流れている穴だった。
「さ・・・咲夜!?」
「何してんだ?」と伺う前に、俺の身体は動いていた。しかし、咲夜に駆け寄る前にそいつは俺を遮る形で立ちはだかった。
「おかえり白君、随分時間掛かってたようだけど何かあったのかな?」
「・・・・・どけよ月」
「そうだ聞いてよ白君、咲夜ちゃん酷いんだよ? さっきのことなんだけど、私が白君に抱いている好意は偽者だって言うんだよ?」
「聞こえねぇのか・・・どけって言ってんだ・・・」
「おかしな話だよね? そんなはずないのにね? だって私も白君も心から愛し合ってるんだから。愛し合っているから恋人になったんだから」
「最後だけもう一度言うぞ・・・そこをどけ“三日月”」
「というか駄目だよ白君? 怪我人なんだから下手に動いたら傷口開いちゃうかもしれないんだから。待っててね、今咲夜ちゃん退けるから――」
そこで俺の堪忍袋がぶちギレた。相手が女ということも忘れるくらいにだ。利き手の右腕に力を込めて後ろに大きく振り被る。そして――
「邪魔だァァァァッッ!!!!!」
月の左頬に全力の力を込めた拳を打ち放った。月自身、予想だにしていなかったようで、その一撃を受けて壁に吹き飛び激突した。真っ赤に頬が腫れて口の端から微量の血が流れ出たが、もう知ったことではない。俺は一目散に倒れている咲夜を抱え起こした。
「咲夜!! 大丈夫かしっかりしろ!!」
辛うじて意識はあるようだが、喉を刺し突かれているために口をパクパク動かすだけで、声を発することができなくなっていた。恐らく、この分だと咲夜はもう二度と・・・・・
その最悪の事実を認めたくないばかりに、俺は咲夜を背中に背負うと、医者に治療して貰うために立ち上がる。幸いここは病院だ。もしかしたらこの怪我を完治できるかもしれない。
「待ってろ咲夜!! 今、連れて行――」
ドスッ
「ぐっ・・・!?」
そんな音が聞こえた瞬間、突如右足首が激痛に襲われ、立ち上がる寸前のところで倒れてしまった。咲夜を庇うように抱き締めて背中から倒れられたのは不幸中の幸いだろう。
右足首には見覚えのある狂気が突き刺さっていた。先程、公園にて咲夜に向かって放たれていたピックだ。そして今、それを投げてきたのは他でもない、涙を流している月だった。
「なん・・・で・・・」
俺が殴って腫れた頬を押さえながらよろよろと立ち上がり、俺の方に向かって歩み寄って来る。空いているもう片方の手の中には長串が。
「私はただ・・・白君が好きなだけなのに・・・なのになんで咲夜ちゃんなの?・・・なんでそうやって咲夜ちゃんの味方をするの?・・・」
「・・・・・」
「そ、そんな目で見ないでよ白君・・・ご、ごめんなさい白君にも咲夜ちゃんにも酷いことして・・・で、でも私はただ・・・白君の恋人でもないのに、それなのにまるで白君の本当の恋人のように振る舞うから、それが許せなくて・・・」
「だから殺そうとしたってか?」
「そ、そんなことは――」
「だったらこの有り様はどう説明すんだ!? 少なくとも、咲夜はもう二度と喋ることはできねぇだろうよ!! お前のイカれた嫉妬のせいでな!! 許せないから人を傷付けて良いってか? 殺しても許されるってか? そんな理屈はこの世にゃ存在してねぇ!!!」
「待って・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・謝るから・・・だから白君・・・お願いだから・・・」
無理だった。今回ばかりは絶対に許せなかった。恐らく、三日月に対するこの気持ちは“死に戻っても”もう変わってくれる可能性が低いだろう。それだけ、こいつは許せないことをした。だから、言わずにはいられなかった。こいつとはもう二度と関わりたくないと。二度とその顔を見たくないと。
「失せろ。お前との縁はもうこれまでだ。二度と俺の名前を呼ぶな」
「や・・・・だよ・・・・・白・・・・・君・・・・・」
信じたかった。信じていた。信じていたかった。三日月が感情に左右されずに人を傷付ける行為をしない優しい女の子だと。三日月だけはまともでいて欲しかったと。でも、駄目だった。俺は裏切られてしまった。信じたかったのに、信じさせてくれなかった。
「待ってよ・・・・・白・・・・・君・・・・・」
震えた声で俺の名前を呼びながら、同じく震えた手で俺に向かって伸ばしてくる。最初は見ているだけで綺麗で癒しと思えていたその小さくて柔らかそうな手は、赤い血によって何もかもが変わって見えてしまっていた。
目からポロポロと涙が出てくる。三日月じゃない、俺の目からだ。その目を三日月に向けると、俺は伸ばしてくるその手を振り払った。
「・・・・・ぁぁ・・・・・ぁあぁ・・・・・」
どうしてこんなことになってしまうのだろう。どうしてこんなことになってしまったのだろう。こんな現状は誰も求めてやしないのに。誰も得するわけでもないのに。
「ァァァ・・・・・ァあアアぁァあアァあアア!!!!!」
ドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッ・・・・・
つい最近までは仲良くしていたのだ。咲夜とも、雫とも、月とも、皆と共に馬鹿やったりしてワイワイ騒いでやっていれたのだ。
だが、どうだ今のこの現実は? 何故、こんな殺し合いになってしまっているのか? 誰かが何をしたわけでもないのに。俺はただ、皆と時を過ごしたかっただけなのに。
初めて咲夜に殺され死を体験し、それから親友と呼べる繋がりを持っていた雫に殺されて・・・そして今は三日月に・・・月に殺されている。まるで、今まで月と築いてきた思い出を全て粉々に砕かれてしまうかのように。
「アアぁァあアアァぁァぁあぁアぁ!!!!!」
月は刺す。数え切れないくらい俺と咲夜の身体に長串を刺し続ける。溜まった鬱憤を全て吹き出すかのように。聞いてるだけで痛々しく、とてつもない悲しみに呑み込まれたような悲鳴を上げ続けて。
意識が暗闇に呑まれる寸前のところで、俺は走馬灯を見る。今までの思い出を全て。楽しかった綺麗なままの思い出を。
「―――あぁ――――そうか―――――」
咲夜を傷付けられて我を見失っていたから、逆上して月のことを恨み、憎んでしまった。違う。本当に憎むべきなのは月じゃなかった。
俺も、咲夜も、月も、誰一人として悪い者なんていなかった。俺が憎むべきなのは元凶だったんだ。俺達を残酷な現実に何度も引き込む元凶を。この理不尽なゲームに巻き込んだ支配者を。
今更だけども伝えたい。本当に勝手なことだと思う。でも、言わなければ。後悔しないうちに。死んでしまう前に。
「・・・づ・・・・・きぃ・・・・・」
「アアぁァあぁァあぁ・・・・・ぁぁ・・・・・あっ・・・・・」
「ご・・・・・・め・・・・・・・・ん・・・・・・・・・・」
「ぁぁ・・・・・・し・・・・・・ろ・・・・・・・・・君・・・・・・・・」
良かった・・・最後の最後で月は元に戻ってくれた・・・正気を失っていた目に光が灯り、透き通った涙が薄っすらと見える・・・ごめんよ月・・・本当にごめん・・・最低な俺で・・・ごめん・・・
「待っ・・・・・て・・・・・白・・・君・・・咲夜・・・ちゃん・・・・・待っ・・・て・・・待って・・・待ってよぉ!! 死なないでよぉぉ!!!」
だが、その悲観的な声はもう俺と咲夜には届かない。既に咲夜は息絶えて、そして俺もとうとう、月の涙を流した顔を最後に見て、意識を暗闇に呑まれていった。
というわけでThird Dead終了です。
もうね、書いてて見ていられませんね。
女の嫉妬渦巻く殺戮ほど恐ろしいものはないと実感していました書いてる最中。
さて、今回はツッキーこと、桂三日月を中心的に書いたつもりだったのですが、もし、今回の件で三日月の見方が変わってしまった方がいたら気落ちしないでください。自分は最終的にBad Endで終わる作品を作る気は毛ほどもないので。
次からはFours Deadに入ります。ここから咲夜達だけじゃないキャラ増殖、つまりはヒロインが増えていく予定ですので、これからもこの作品をご愛読していただければ幸いです。




