犯人=三日月のコレクション
『異世界相談所』という、この作品のようなドロドロした雰囲気とは違い、ほのぼのコメディをモチーフとした作品をかなりゆっくり書いています。一話が約10000字進行ですので、じっくりかつほんわか雰囲気好きな人は試しにご愛読ください。宜しくお願い致します。
「白君大丈夫!? 怪我したって聞いて私――」
「お、おい咲夜大丈夫か?」
「痛っ・・・頭打っちゃった・・・」
乱暴に突き飛ばされた咲夜を見てすぐさま俺はベッドから降りて咲夜を介抱する。少し動くだけで背中の傷がチクリと痛むが、この程度の痛みなら別状はない。頭部を見てみると、打ったところが少し腫れてたんこぶになってしまっていた。
「とりあえず冷やしとけ。今、タオル絞って来るからよ」
「い、いやでも白奈は病人・・・」
「そ、そうだよ! 白君怪我してるんだから動いちゃ駄目だよ!」
「この程度何ともねぇ。それより月」
「え?」
月は思わず声を漏らしていた。月の中で俺に睨まれたことが予想外のことなんだろう。咲夜を傷付けられたことにより、少し声に力を込めて言っておく。
「ちゃんと咲夜に謝れよ。いいな?」
「・・・・・」
唖然とする月と心配してくる咲夜を置き去りにして、俺はタオルを手に取り病室を出てお手洗い場に向かった。
~※~
白奈がいなくなり、病室内は沈黙に包まれる。咲夜は打った部分を手で押さえながら立ち上がると、ベッドの上に腰をかける。一方、三日月は病室の扉を見つめたまま立ち尽くして固まっていた。しかし、白奈に言われたことを身に刻んだのだろう、すぐさま咲夜の方に振り向いた。
「咲夜ちゃん、さっきはごめ――」
「あんた、白奈の恋人になったんだってね」
「っ・・・・・」
しかし、三日月が謝罪の言葉を言う前に、明らかに雰囲気が変わった咲夜が遮るように話の真相を突いた。対する三日月は身体を跳ねさせ、少し震えながらも無理するかのように笑みを浮かべる。
「う、うん。白君にお手紙を出して呼び出して、体育倉庫で告白したの」
「ふーん・・・・・本来ならあんたをぶっ殺してるところだけど・・・でももうその必要もないか」
「こ、殺すって・・・駄目だよ咲夜ちゃん、そんな物騒なこと言ったら白君に怒られ――」
「さっきから気安く白奈の名前を呼ばないでくれない? 胸くそ悪いのよ」
咲夜は目を見開いて身を乗り出し、三日月の胸ぐらを掴み上げて睨み付ける。突然のことに三日月は驚きながら怯え出す。
「で、でも白君は私の恋人だから・・・」
「白奈はね、優しすぎるから時々相手に誤解を招いちゃうことがあるんだよね。あんた知ってる? 『吊り橋効果』っていうやつ」
「し、知ってるけど、それがどういう・・・」
「あんた、両親二人から見離されてるんだってね。そして、そんな時に白奈が助けてくれたんでしょ? それを切っ掛けにあんたは白奈のことを好きになったんだろうけど、でもそれってつまりは“そういうこと”なんでしょ?」
「・・・何が言いたいの?」
一方的に言いたい放題言われる中、その先のことを悟ったのか、表情から怯えが消えて目付きが鋭くなった。だが、その睨みに臆することなく、咲夜は話を続ける。
「『助けてくれた人』だから好きになった。あんたの気持ちはそういうありきたりで生半可で安っぽい想いだってことよ」
「っ!! 咲夜ちゃんに何が分かるっていうの!? 私の気持ちを知ったように言わないでよ!! 大体、咲夜ちゃんだって白君に助けてもらったから好きになったんでしょ!? だったら同じじゃない!!」
「それこそあんたと一緒にしないでよ。確かにアタシは白奈に孤独から助けてもらった。でもね。逆にアタシも白奈のことを助けたのよ。お互いに孤独となった身を固めるように、アタシと白奈は何よりも誰よりも強く繋がっているし、求め合ってる。一緒にいて当たり前のようにね。あんたみたいな“たかが幼馴染”の関係性とは次元が違うのよ。アタシが白奈を想う気持ちはあんたの想いと比べ物にすらならないわよ」
「・・・・・」
「白奈はあんたに翻弄されて不覚にもあんたのことを好きになって恋人になってしまった。でも、さっき白奈は言ってくれた。『俺にとっての咲夜は、恋人の次元を越えた深い繋がりを感じている』って。この意味が分かる? つまり、白奈はアタシのことを既に家族として見てくれてるの。妻として見てくれてるの。だからあんたは白奈にとってのただの穀潰し――」
「それ以上ほざかなくて良いよもう」
ドスッ
それは一瞬の出来事だった。咲夜の話を聞いてずっと黙り混んでいた三日月の瞳に一つの感情が込められ、浮び上がった。白奈にすら見せたことがないそれは、憤怒や憤りを通り越してしまった狂気だった。そして、その瞳で咲夜を見つめた直後、咲夜の喉に向かってそれは放たれ、貫通した。三日月が持っていた鞄の中から出された、長さ五十センチはあるであろう太い串が。
咄嗟の襲撃に避けることができず、咲夜は悲鳴すら上げられないまま三日月から離れ、そしてダメ押しとばかりに三日月は咲夜の腹部に蹴りを放って突き飛ばした。突き飛ばした際に串を喉から抜き取り、少なからずの量の血が宙を舞い、地に落ちた。
「ぁっ・・・・・ぁっ・・・・・」
「さっきから黙って聞いていれば、ぐちぐちぐちぐち、ぐちぐちぐちぐちと・・・勝手なことばかり言ってなんなのかしら貴女? 何様? 黙って聞いてるからって調子に乗らないでよ?」
喉に手を当てて床に倒れている咲夜に何度も蹴りつけていく。それも顔面に一転集中して蹴りつけ、咲夜の口の端が切れ、鼻から鼻血が出始める。更に喉に致命傷を受けて呼吸困難にもなり、苦しそうに呼吸を荒らさせている。
「吊り橋効果? 比べ物にならない想い? あんたはアタシの想いに敵わない? 何もかも知ったような口を生意気にほざかないでよ。私がどれだけ白君のことを想っているのか、貴女には分からないでしょうね。良い機会だから見せてあげるわ。私の“コレクション”を」
そう言うと、三日月はベッドの上に鞄を中身をぶちまけた。鞄の中から出てきたのは、ガラスで出来ている多くのビンの入れ物と、見覚えのある数本のピックだった。
「そっ・・・はっ・・・」
そのピックを見た瞬間、咲夜はすぐに理解した。自分を襲おうとしたが、しかし庇ってくれた白奈に怪我をさせた人物が三日月だったんだということに。だが、ピックもそうだが、他に気になる物はもう一つあった。いくつものガラスビンである。
入れ物自体は何の変哲もない。しかし、奇妙なのはその中身と、一つ一つに貼ってある紙だった。その紙にはそれぞれ文字が記入されているようだ。それらにはこのように書かれてあった。
『髪の毛』『目脂』『爪』『垢』『唾液』他にもそんな奇妙な文字が記入されていて、文字の通りにガラスビンの中身はそれが入れられている。
三日月はその中の一つを手に持つと、うっとりと顔を赤く染めて空いているもう片方の手で頬を押さえる。息遣いが早くなり、興奮しているようだ。
「どう? 中学生の頃から少しずつ集めていた私の白君コレクションよ。素晴らしいでしょう? 羨ましいでしょう?」
ガラスビンを舐めくり回して咲夜を見下すように見つめる。しかし、咲夜は気味悪がる余裕もないくらいに瀕死になっていて、見つめるだけで精一杯の状態だ。だが、気にも止めずに三日月は話を続ける。
「分かるかしら? いや、分からないわけないわよね? これが、私がどれだけ白君のことを愛しているかという証よ。私は白君が好きなの。白君の全てが好きなの。白君の全てが私の全てなくらいに愛しているの。それこそ、貴女とは比べ物にならないくらいの愛情なのよ。白君の唾液と精液を飲み干したくなるくらいに、白君の身体中を舐めくり回したい程に、白君の目も鼻も口も手も足も何もかもを大事に大事に保管したくなるまでに、私は白君が愛おしいィィィ!!」
大声を上げて全てのガラスビンを抱き締めるように持つ。そうして高らかに笑い上げる姿は、完全にイカれていた。もう既に、ここにいる三日月は白奈や咲夜がしっている三日月では無くなっていた。
「そんな白君が私のことを好きだと言ってくれたァ!! 私と恋人になってくれたァ!! その時はできるだけ冷静でいたけど、その瞬間私がどれだけ白君に性行為を求めることに耐えていたかァ!! セックスしたい気持ちを押さえ付けていたことかァ!! アハッ!! アハハハハハハァッッッ!!」
よろよろ動きながら天井に向かって笑い上げる。その間に咲夜はどうにか立ち上がろうと床に両手を付くが、今度は顔面ではなく脇腹に。しかも、蹴りではなく、長串を突き刺されてまた床に倒れてしまう。更に三日月は猛攻を止めずに、咲夜の身体から長串を抜いては突き刺すを繰り返し出した。
ズブッ、ドスッ、ズブッ、ドスッ、と同じリズム感でお遊びのように嘲笑いながら咲夜を見下す。
「それなのに貴女は横から割って入ってきてごちゃごちゃごちゃごちゃとやかましく白君に詰め寄って・・・いつもは愛想笑いを浮かべて流していたけど、こうなるともう黙ってもいられないのよねぇ!!!」
咲夜は悲鳴も上げられずに、浜に上げられた魚のように口をパクパクさせて正気の沙汰ではなくなっている。見た目だけ見れば、何時どの瞬間に息絶えてもおかしくはないだろう。
そんな時、病室の扉が開けられた。白奈が濡れタオルを手に持ち、帰還してきたのである。




