咲夜の涙=気付いた想い
幸い、生き死にに関係するどころか、傷跡が残るような致命傷にもならなかった。病院の医者の話だと、凶器がピックだったことが不幸中の幸いになってくれたらしい。これがナイフや包丁だったら・・・それは最悪の事態を招いていた可能性があったとのことだ。
年のため今日一日は入院したほうが良いと医者に言われて、俺は今、一人用の部屋に搬送されて病院服を着てベッドに横になっている。そして傍らには、丸椅子に座って付き添ってくれている咲夜の姿がある。
「ズズッ・・・グスッ・・・うぅっ・・・うっ・・・」
治療を受けている最中のところから、咲夜はずっと泣き続けている。見るからに情緒不安定だ。看護師が咲夜を励まそうとしても、俺の名前を呼ぶの一点張りで看護師の呼び掛けを耳に通さなかった。それだけ気が動転してしまっているのだろう。あんなことがあったのだから無理もないだろう。
あのマスクの人物は明らかに咲夜に仕掛けてきていた。一体何者なのだろうか。いや、それよりも何故奴は咲夜を狙ったのか。可能性があるといえば咲夜を“逆恨み”したものだと予測できる。
咲夜は学校では俺以外の者に眼中無し。そしてそんな彼女に告白した男子は多い。当然咲夜はそれを全て切り捨てている。「失せろ害虫」だとか「キモい」とストレートに言葉の刃物を使用してだ。そんな断れ方をされれば、心が折れる人物が生まれるか、それか・・・恨み妬みの心を生み出す人物も一人や二人はいてもおかしくはない。
でも、だからといって逆恨みで怪我を負わせるなど言語道断だ。辛辣に断られたとしても、相手を傷つけて良い理由になるはずがない。だからこそ、俺はあの犯人が許せない。俺の大切な幼馴染を傷付けようとしたあの犯人を絶対に許さない。その人物が例え誰であってもだ。
「もう泣くなよ咲夜。別に何ともないって俺は」
不安にさせないようにヘラヘラ笑いながら手をひらつかせて見せるが、やはり咲夜は泣き止んでくれない。スカートの裾を握り締めて歯を食い縛っているままだ。
「だって・・・だってぇ・・・」
「ホント泣き虫なお前は」
下手に刺激を与えてしまったせいか、余計にポロポロ涙の量が増えてしまった。鼻水も出てきていて綺麗な顔がぐちゃぐちゃだ。咲夜自身手の甲で拭うも、二つの水滴は止まってくれずに流れ続ける。
「・・・私の・・・せい・・・だよね・・・」
「は? 咲夜、お前何言って・・・」
「だって・・・あいつは私を狙って・・・それで白奈が私を庇ったせいで・・・私のせいで・・・私のせいで白奈が傷付いた・・・ごめんねぇ・・・ごめんねぇ白奈・・・」
「謝るな。それに今回の件は咲夜は悪くな――」
本当は言いたくないんだろう。しかし、両手で顔を包みながら消え入りそうな声で咲夜は言った。
「・・・もぅ・・・金輪際・・・白奈には近付かな――」
パチンッ!
「・・・え?」
考える前に俺の手が勝手に動いて咲夜の頬を叩いていた。それから肩に顔を埋めさせる形で身体を引き寄せ抱き締める。
「咲夜は何も悪くねーつってんだろ。これ以上くだらねぇこと言ったら縁切るぞ」
「で、でも私のせ――」
「咲夜は何一つ悪くない」
そう、咲夜は悪くない。全ての元凶はあの犯人だ。ここまで咲夜を追い詰めてくれたあのクソ野郎だ。久し振りの感覚だ。腸が煮えくり返りそうな怒りを誰かに感じるというこの感情は。多分、これが“殺意”というものなんだろう。
「・・・白奈が怪我をして搬送されて・・・もし白奈が重傷で助からなかったことを想像して・・・それが何よりも怖くて・・・悲しくて・・・」
俺は黙ったまま俺の肩にすがり付く咲夜の頭を撫でる。涙で肩の部分が濡れてしまうが知ったことじゃない。
「嫌だよぉ・・・私を一人にしないでよぉ・・・離れたくないよぉ・・・」
「わーってるっての。お前置いて死ぬかっつの。離れたくないなら離れなきゃいい。一緒にいたいなら一緒にいりゃいい」
「白奈ぁ・・・・・」
「単純な話なんだよ。馬鹿みてぇな責任感じてる暇があるんなら、いつものように変態面浮かべてろってな。それが赤月咲夜、だろ?」
「へ、変態面って・・・私、そんな顔したことないもん!」
するとようやく泣き止んでくれて、不満顔で訴えてきた。その顔を見て俺も緊張感が解けて頬が緩んだ。
「いやいや、しょっちゅう息を荒上げてハァハァしてんだろーが。それを何度も見てる俺が記憶違いを起こすわけねーだろが」
「むむむっ・・・そうやって人の揚げ足取るんだ。いいもん、もう知らないもん」
病室にあったティッシュで顔を拭いたと思いきや拗ねてしまい、ベッドに突っ張って塞ぎ混んでしまう。やっぱまだまだ子供だなこいつは。
「良い年ごろなのにそうやってすぐ拗ねるのは子供だって証になっちまうぞー?」
「・・・・・」
「あぁもう・・・泣き止んだと思ったら今度は拗ねるのかよ・・・」
「・・・・・白奈」
「何――」
塞ぎ混んだ状態から起き上がったと思いきや、咲夜は突然身を乗り出して靴を脱ぐと、ベッドの上に乗っかってきて、俺に抱き付いてきた。
「お、おい咲夜」
「・・・・・もう・・・駄目だよ白奈・・・私もう我慢できないよ・・・」
暖かい体温に包まれる中、至近距離で潤んだ瞳で見つめられる。自然と心臓が高鳴り、ドクンドクンと早鐘のようにはっきりと鼓動の音が聞こえてくる。
咲夜の髪から甘い花の香りが伝わってきて鼻を刺激してくる。今この瞬間、俺は初めて咲夜のことが綺麗だと思った。それと同時に“もう一つの想い”も感じていた。
「白奈は本当に優しくて・・・格好良くて・・・私がどれだけ迷惑かけても白奈は最後の最後は許してくれて・・・笑ったり怒ったりしてくれて・・・どんな時でも一緒にいてくれた・・・私を一人にしないで傍にいてくれた・・・私を救ってくれた」
それは俺も同じだ。咲夜が常に一緒にいたから俺は今日まで生きていられたんだ。お礼を言うのはこっちの方だ。
「白奈・・・私は・・・」
俺は今、好きな人がいる。桂三日月。これは嘘偽りなき事実であり、想いだ。でも、俺にとっての咲夜という女の子は・・・・・
「私は・・・白奈のことが好き・・・大好き・・・昔も今もこれからもずっとずっと白奈のことが大好き・・・」
「白奈・・・・・」
咲夜は徐々に目を細めていき目を瞑ると、少しずつ顔を近付けてきた。それが一体何を意味するのか、どんな馬鹿にでも理解できるだろう。
そして、俺は俺を求めてくる咲夜に――
スッと眼前に掌を立てて引き止めた。
「白奈・・・?」
「咲夜、本当のことを話すから落ち着いて良く聞いててくれ」
「本当のこと?」
「ん」
俺は首を縦に振って頷く。本当なら黙って居たかったが、今の咲夜になら話しても大丈夫だと思えた。あくまで俺の勘なのだが。だから俺は咲夜に本当のことを言うことにした。今までなら殺されるかもしれないと思っていただろうが、不思議と今はそう思わなかった。想いのままを話すことができるから。
「俺はな・・・月のことが女の子として好きだ。前にお互いに告白して恋人同士にもなってる。つい数日前の話だ」
「・・・・・」
咲夜は俺の発言を聞いても真剣に聞いてくれている。激怒する様子も殺意を沸かせる様子も微塵も感じられない。良かった、本当に良かった。殺意を目に浮かばせる咲夜は見たくないからな。
「今の俺は月が好きだ。その気持ちに嘘偽りなんてない。でも・・・咲夜のことはさ、恋人とかそういう風に見えないんだよ。なんつーか・・・存在が近すぎるんだよお前は。恋人ってよりは家族みたいに思えるんだ。それだけ、俺は咲夜と深い繋がりを感じているんだよ」
「し、白奈・・・それって・・・」
少しばかり恥ずかしいが、それでも胸を張って言える。これが俺の答えだ。
「咲夜・・・・・俺は――」
ガタンッ!
その時、突然病室の入口の扉が開かれた。そこから現れたのは、俺が良く見知っている人物だった。
「白君!! 大丈・・・・・」
桂三日月。俺の恋人だった。そして、月は俺の上に乗っかっている咲夜を見た瞬間――
「っ!!」
カッとなった表情になり、咲夜をベッドの外に突き飛ばした。




