もう一枚の手紙=体育倉庫
突然だが現状を説明しよう。本日は手紙の呼び出しに答えるために雫か、それとも月の方に行くか? という決断の日だ。俺のdead or aliveが揺れる重要な選択肢を決めなければならない日だ。
朝に咲夜が家に来て学校に行く。そして三度目の同じ内容授業を受ける。お陰さまでこの日の授業内容は忘れたくとも忘れられない日となってしまっただろう。
そして放課後、咲夜に一緒に帰ろうと誘われてあやふやに誤魔化し夕食を作ってくれと頼む。そしてまた肩をさりげなく叩かれて盗聴機を付けられる。だがしかし、咲夜が見えなくなったところでそれを容易に外す。ここまでは前と同じ流れだ。
でも変わるのはここからだ。同じ未来は二度と歩まない。今回は雫のところには行かない。俺が行くのは・・・無論、月の呼び出し場所である体育倉庫だ。
場所からして怪しい雰囲気と何かをする気ムンムンだが、恐らくそれは大丈夫だろう。月は最初の告白の時に言っていた。ただ告白するために呼び出したかったと。自分の思いを雫よりも先に伝えたかったと。
“今の俺”は間違いなく月のことが好きだ。俺を慕ってくれて、他の皆にも優しくしている彼女が俺は好きだ。でももし何らかのキッカケでその想いが雫の時のように変わってしまったらと思うと・・・怖くて身体が自然と震えてしまう。
でもきっと・・・きっと大丈夫だ。必ず上手く行く。だって月はあんなにも良い奴だから。凡小な俺を好きになってくれた友達だから。
そして俺は現在体育倉庫の前に棒立ちしていた。
「コホンッ・・・ふぅ~」
ここに来て、今更ながらに緊張していた。既に待ち合わせ時間の五分前となっている。それはつまり、ここを開ければ月が待っているということに他ならない。でも俺は良く知っている。告白という行為は何度しようと物凄く恥ずかしい行為だということを。それはするにしても、されるにしても同じことだ。
だがいつまでもこうして黙って突っ立ってはいられない。ゲームをクリアするため。月に力を借りるため。俺は覚悟を決めて目の前の扉を開いた。
「・・・・・あり?」
しかし、中に入ってみるとそこには人っ子一人もいなかった。あるのは球技のカゴや得点番にマット、跳び箱といった学校の備品だけだ。
「まさかあんにゃろ・・・自分で呼び出しておいて遅刻し――」
ガラガラガラ・・・ガチャ
しかし、突如扉が閉まって鍵をかけられる音がすぐ背後で鳴った。そして後ろを振り返る暇もなく、現れた予想通りの人物に背中から抱き付かれた。
「し~ろ君♪ 良かった、来てくれたんだね」
「まぁな・・・つーかさっさと離れろよ」
「や~だよ~♪ もう離さないわよ~?」
そう言って更にむぎゅりと抱き付いてくる月。大きな二つの柔らかい山脈が密着により瞑れるくらいに感触が伝わってきて思わず発狂しそうになる。何でいつまで経っても慣れないものなのか程々困り果ててしまう。
「萎えた。帰る」
「萎えっ・・・グスンッ・・・・・」
『帰る』よりも『萎』の方が心を貫く鋭き刃となったようだ。しょんぼりとなりながら大人しく俺から離れて、マットの上に体育座りをして背を向けてしまう。絶対にあれは構って欲しいアピールの証だ。正直言って面倒臭い。相手の歯の本数を地道に数えて虫歯を見付ける歯医者の仕事並みに面倒臭い。何か本当に帰りたくなってきた。その意思が身体を動かして扉の方を振り向く。
「あぁうん・・・やっぱさっきのってそういう音ですよね・・・」
月が入ってきた時に聞いた『ガチャ』という音。それはこの空間を密室にした証拠だった。鍵は職員室から借りてきたんだろう。理由を聞かれても生徒会の云々でどうにでも誤魔化せるだろうし。立場を利用してまで何でこの場所を呼び出し場所にしてしまうものか・・・やっぱ前の言っていたことの裏腹にはそういう企みもあるのかもしれないと、また疑惑を感じてしまう。
「おい月、拗ねてないでとっとと用件済ませてくれ」
「・・・・・」
拗ねている月に呼び掛けても、チラリとこちらをジト目で見つめられてまた視線を逸らされてしまう。指の先でマットに文字を書くような素振りまでし出す始末だ。面倒だからいっそこっちから仕掛けてやろうか・・・・・
俺は特に何も言わずに月の背中を見つめたまま棒立ちする。そして沈黙が続く中で、月はまたチラチラと俺の方を見てくる。めげることなく構え構えと言ってきているのだろう。でも敢えて俺は行動を起こさない。ニヤけそうな顔を必死に堪えて無表情でやり過ごす。地味に堪えるのがしんどい。
「・・・・・うぅぅ~」
そして、とうとう我慢ができなくなったのか、月がこちらを振り向いて涙目になりながらブンブン両手を振り出した。
「白君意地悪ぅ~・・・何で慰めてくれないのぉ~・・・」
「面倒臭いからに決まってんだろ」
「むぅ・・・もういい! 意地悪な白君とはもう喋らないもんね!」
今度は頬を膨らませてぷんぷん怒りながらまたマットの方に座って背を向けてしまう。うん、こうしてみるとやっぱり可愛いなコイツ・・・って惚けてる場合でもないか。
「おいおい呼び出しておいて、そりゃないんじゃねーの?」
「聞こえなーい、何も聞こえなーい」
首を横に振って子供みたいな態度を取る。言ってしまえば月は精神年齢は小学生レベルだと言っても良いんだろうが、本人に言ったらマジで怒りそうだから口には出さない。
さて、完全にご機嫌を損ねてしまったわけだが・・・・・仕方ない。俺もここには月と同じ理由で来たんだ。なら俺から言っても何も問題はないだろう。でもいきなり言うのは恥ずかしくて悶えそうだから順序を考えて、だ。
「ツッキーさ~ん。どうしたら機嫌直してくれますかね~?」
「・・・・・だ、抱き締めてくれたりしないと聞こえなーい」
「なるほど、あいわかった」
「聞こえな・・・え?」
月からキッカケを作ってくれて助かったかな。俺はいつぞやにドラマで見たことがある抱き方で月の背中から首に両手を回した。いわゆる、あすなろ抱きというやつだ。
「えぇええぇ!? しししし白君・・・」
「よしよし、機嫌直してくれたな」
「うぅっ・・・・・」
月は耳まで真っ赤にさせて赤面になる。いつもは大胆に迫ってくるくせに、こういう不意打ちには弱いらしい。だが安心しろ月。してる俺の方が心臓バクンバクンしてっから。声質が冷静でも多分今の俺の顔は火だるまになっているだろう。
「そんで? 用件は?」
「あぅ・・・そ、それはそのぉ・・・~~っ!」
俺の奇襲のお陰で言葉を話す余裕もないようだ。かろうじて俺は何とか耐えてはいるが、長くは持たないことは必定だろう。どうするか・・・言うか? 俺から言ってしまおうか? じゃないと何かもう恥ずかし――
「し、白君・・・あ、あのね・・・その・・・」
しかし俺が決断を揺らいでいる時に月は決意をしたのか、俺の手に自分の手を重ねて強く握った。
「私・・・私は・・・白君のこ――」
「俺も好きだぞ月」
「そう、俺も好き・・・・・んん?」
「だから、俺も好きだぞ」
「・・・・・」
顔を真っ赤にさせたまま何が何やら分からないと混乱しているようだ。しかし、俺の言ったことを呑み込めて来たのか、真っ赤になるだけじゃなく頭の上から湯気まで立ち上ぼり始めた。ジュージュー音がなるそれは、普通にバーベキューができそうだ。
「えぇ!? えぇ!? 白君何て言ったの!? 好き!? 私を!?」
「うん・・・まぁ、そう言ったつもりだが・・・」
「う、嘘!」
「何でこんな時に嘘なんてつかなきゃなんねーんだよ。本当だって」
「で、でもでもそんなことって・・・・・だって私、常日頃から白君に迷惑掛けてばかりだし・・・・・」
「迷惑と言うか、面倒事に巻き込んでると言った方が正しいんだろうけどな。確かに俺は嫌々な反応見せてたけど、内心はその・・・別に本気で嫌がってたわけじゃないというかなんと言うか・・・」
肝心なところで言葉を詰まらせてしまう。ここまで来たなら素直になれよ俺。照れたり羞恥を感じるのは仕方ないとはいえ、開き直れよここぞという時には!
そんな時、月は俺の顔を見て、頬を綻ばせながらくすりと笑った。
「な、なんだよ・・・」
「ううん、ただ白君可愛いな~って思っちゃって」
「女に可愛いと言われても嬉かねーよ」
「そうかな? 私は可愛い白君も大好きよ?」
「うっ・・・」
何だか弄られる立場が形勢逆転しているようだ。月ごときに狂わされるとは、なんて情けないんだ俺・・・
「白君、正面向かせて」
「ん」
そう言われて俺はあすなろ抱きを止めて腕を解放していく。だが、月がくるりとこちらを向いてきた瞬間、胸に思いきり抱き付いてきて、俺は月を抱き止める形になった。
「すっごく嬉しいよ白君・・・私も白君が大好き・・・白君の何もかもが大好き・・・」
「そうかぃ・・・」
「白君・・・キスしても良いよね?」
「ご自由に」
月はにっこりと微笑みを浮かべると、そっと目を閉じて顔を俺に近付けて口付けを交わす。慎みが込められた触れるだけのキスだが、甘い味と匂いがした。それが全身に心地好さを感じさせる。
「んん・・・・・白君・・・・・愛してるよ白君・・・・・ずっとずっとこれからも・・・・・」
一度だけじゃ飽きたらず、月は啄むように何度もキスを求めて口付けをしてきた。それから数十分が経過したところで、興奮あまりにその先を求めてきそうになったので、俺はそこでどうにか月を止めて止めさせた。
「むぅ・・・ここには誰もいないし、来ないんだよ?」
「駄目だ。一応ここは学校なんだから、場所を選べ場所を」
「なら場所を選べばエッチしても良いってことだよね!?」
「そういう問題じゃねーよ。付き合いたてで、いきなり性行為はヒくぞ俺」
「ぶーぶー、白君の意気地無し~」
「短い付き合いだったな」
「嘘嘘ごめんなさいぃぃぃ!!」
「冗談だっつの」
見ていて飽きない月に俺は不意打ちの口付けをして、突然のことに顔を真っ赤にした月を見て俺はからからと笑うのだった。
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