配達=本性
ピンポーン・・・
「流石に三度目の正直で止めた方が良いよな?」
「私なら出てくれるまで押し続けるよ~?」
「確かにお前はそうだな・・・あれスゲェ腹立つから今後しないように」
一回、二回、三回と間を開けて潤戸家のインターホンを押しているのだが誰も出る傾向がない。もしかしたら親御さんに連れられて病院にでも行って留守にしているのかもしれない。
用件はプリント一枚なんだ。玄関のポストにでも入れておけば気付いてくれるだろう。そういうわけで俺はそのポストにプリントを差し込もうとしたのだが、その前に玄関がゆっくりと開いた。そこから現れたのはオレンジ色の水玉模様のパジャマを着た雫だった。
「ど、どうもこんにちわ白奈さん、三日月さん。ゴホッ・・・どうしたんですか私のような底辺の人間が住んでいる場所に来て? ケホッ・・・あぁそうですか風邪をひいて学校をずる休みした私を蔑みに・・・」
「出会って早々にそれは止めなさい。これ。何でも早急に書いて貰いたくて配達を頼まれたんだよ」
俺はポストに入れようと思っていたプリントを雫に手渡す。風邪のせいか雫はほんのり頬が赤くなっている。その顔で力無く笑いながらお礼を言って受け取った。
「それじゃ私達はもう帰るね? 早く良くなってね雫ちゃん」
任務を達成したということで、俺達のせいで風邪を拗らせないためにとっとと帰ろう。そうして俺と月は背を向けて帰ろうとしたのだが、雫が不意に俺の服の背中を掴んで引き止めてきた。
「雫?」
「お、お願いします白奈さん。家に上がっていってください。今日もお父さんとお母さんは仕事でいなくて・・・それで・・・その・・・」
寂しいから、ということなんだろう。確かに風邪をひいて一人で寝ているというのは孤独感が強くなってしまうものだ。
前は俺一人だったから断ったが、今日は月もいることだし別に問題はないだろう。俺は月に視線でサインを送ると、月は気付いてくれたようで少しテンション高めにグッジョブサインをくれた。
「しゃーないなー雫は。なら定番としてリンゴでも剥いてやるよ。あっ、月はすんなよ絶対指切るから」
「料理は得意なんだから大丈夫だよ! そこまで私はドジじゃっぶっ!?」
背を向けた状態からくるりと身を回転させてこちらに来ようとした瞬間に足を絡ませて転んでしまう。うん、そこまでドジなんだよお前は。点低的なドジっ子だ。
転んだ月を引き摺って俺は潤戸家の中に入っていく。ちなみに雫の家に来るのは初めてだ。地味にワクワクというかドキドキしてくる。
俺達が中に入ると雫は玄関を閉めて上と下に付いている鍵を閉めて、それから更に二重ロックもかける。案外用心深い奴なんだな。でも最近は物騒だから良いことだと俺は思うぞ。なんせこの世には勝手に合鍵作ってくるような恐ろしい娘がいるくらいなのだから。
「さて雫の部屋は何処だ?」
「あぁいえ、リビングに案内しますのでこちらです」
「え? でも雫ちゃん寝てないと風邪が悪化しちゃうかもしれないし・・・」
「私は大丈夫です。それよりも折角白奈さん達が初めて遊びに来てくれたんですから持て成さないと」
「んな気遣い必要ねーのに・・・」
でも確かにさっきは頬が赤くなっていたのに、今は元通りの人肌になっている。そんな一瞬で風邪が治るものなのか? 華奢な身体に見えて実は風邪に強い体質だったりするのだろうか。 まぁ治るなら治るで良い傾向だから不満も何もないのだが。
一階のリビングまでやって来ると、特にこれといった特徴もない普通のリビングにやってくる。一つ言えるのであれば綺麗に物が収納されていることくらいか。いかにも綺麗好きな感じが見て取れる。
月と並んでソファーに座ると、雫は一人キッチンに向かって冷蔵庫から飲み物を取り出して二つのコップに注ぐ。そして目の前のテーブルに置かれて俺達は中身を確認した後に飲み込んだ。甘いオレンジジュースの味が口の中に広がる。
「ふぅ・・・雫は飲まなくていいのか?」
「はい、私は良いんです。それでは“意味”がありませんから」
意味? 何の話だろうか?
「あっ、そういえばお二人に一つ聞きたいことがあるんですけど、良いですか?」
雫は向かい側のソファーに腰を降ろしてニッコリと笑う。なんだろうか・・・何か違和感がある。これといって怪しいことなんて微塵もないのに、何故か雫の笑顔は無理して作られたもののようで・・・
「うっ・・・」
「月?」
突然月が額に手を当ててフラつかせる。急にどうし・・・・・
「うっ・・・何だこれ・・・眠気が・・・」
どういうことだ? 何で急にこんな眠気が・・・いや、考えられる原因は一つしかない。たった今飲んだジュースだ。そしてそれを持ち出したのは・・・
「お、おい雫・・・お前中身に何入れて・・・」
「白奈さん、三日月さん。お二人は恋人同士になったんですか?」
「な・・・・・」
何でそんなことを聞く? いやその前に何で飲み物に睡眠薬だなんてものを仕込んだんだ? 一体何を考えてんだこいつは?
月は既に眠気に耐えられずにソファーに寝転んで意識を失ってしまっている。それでも俺は何とか耐えようと頭を強めに叩くが、一向に眠気が消えることはない。むしろ徐々に瞼が重くなっていくくらいだ。
俺はソファーから立ち上がってフラついた足で少し離れた場所に移動するとポケットから携帯電話を取り出した。咲夜にコールを掛けるためだ。簡単に掛けられる様に設定してあるのでボタン一つ押すだけでコールを掛けられるようになっている。
俺はボタンを押してコールを掛ける・・・が、突如後ろから衝撃が襲ってきて俺は壁に衝突して床に片膝を付いてしまう。携帯が手から離れたことに気付いて急いで探そうとしたのだが、それは彼女に奪われてしまっていた。
「ぐっ・・・しず・・・く・・・・・」
俺はそこでとうとう力尽きて倒れて意識を失ってしまった。そして俺の携帯電話が何コールかしたら咲夜が出た。しかし、携帯を使用しているのは俺ではない。正気を失ったかのように目に闇が込められている雫だ。
「――白奈!? んも~やっぱりアタシがいないと寂しいんでしょ~? うんうんアタシは全部分かってたよ~? 半時口聴かないだなんて嘘に決まってるじゃん! 待っててね、今アタシもそのクソ女の家に行――」
「・・・・・フフッ・・・フフフフフッ・・・」
「――白奈・・・じゃない・・・お前潤戸か? 何勝手にアタシの白奈の携帯に出てんのよ。代われよ――」
「フフフフフッ・・・アハッ、アハハハハッ!!」
雫は狂ったかのように高笑いを家内に響く音量で上げる。もはや雫は雫ではなくなっていた。そこにいるのは狂気に取り憑かれた一人の女だ。
「――何笑ってんのよ!! 代われって言ってんだ!!――」
「アハハハハッ!!・・・ふぅ・・・ごめんなさい咲夜さん、それは無理な話なんですよ」
「――ハァ? 意味分かんないわよ。いいからとっとと出せ!! 殺すぞ!!――」
「良いんですかそんなこと言って? 変な暴言吐いたら白奈さん“一番”がどうなるか分かりませんよ?」
「――なっ・・・お前白奈に何を――」
「ご安心ください、今はグッスリと眠って貰っています。ついでに三日月・・・泥棒猫の一匹も一緒ですよ。まぁこの一匹は後で“処分”するとして・・・白奈さん“一番”はこれから“美味しく頂きますね”」
「――お前・・・それがお前の本性だったのか!! 白奈に何かしてみろ!! お前は絶対に殺――」
そこで雫は携帯の電源を切った。真っ暗な携帯の画面には歪んだ笑みを浮かべている女が写っている。それはまるで別人のようだった。殺人鬼。犯罪者。今の彼女はそのように見えるだろう。
「さてと・・・邪魔物が来ない内に早くしないといけませんね・・・」
妖艶な眼で倒れている俺を見つめると、彼女はすぐ傍に座り込んで俺の頬をそっと擦る。そして涎を垂らしながら息を荒くさせていく。
「白奈さん・・・ハァ・・・ハァ・・・やっと・・・やっと白奈さん“一番”が私の物に・・・私だけの優しい白奈さん“一番”・・・もう誰にも渡さない・・・さぁ、白奈さん“一番”・・・私と一つになりに行きましょうね・・・フフッ・・・フファハハハハハッ!!」
舌で俺の顔を舐め回して不気味な笑みを浮かべ続けると、彼女は月と俺を自分の部屋に運んで行き、そして二人共運び終えるとベッドの上に置いてあった鈍器・・・金槌を掴み取るのだった。




