腐れ縁=幼馴染
「な、なんつーギャルゲー……。いや、ギャルゲーですらないなこれ」
なんとまぁ恐ろしく悍ましいゲームなんだろうか。高校二年で始めてギャルゲーというものを友達から借りてやってみたが、これはもはやギャルゲーとは言わない。言うなればこれはただの殺戮ゲームだ。それも、ヒロイン達が主人公を一方的にぶっ殺すという、製作者の人間性を疑うまでの狂ゲームだ。
一応最後まで攻略してみたものの、最後の最後までバッドエンドを貫き通すとは、奥の奥まで腹の底が腐ってやがる。しかも主人公が俺と同じ名前だし、ついでにヒロインも“あいつ”と同じ名前だし……。
何がヤンデレ萌えだ。あんなのただの殺人兵器じゃねぇか。萌えるどころか怯えるっての。現実にいたら確実に大事になるぞ。
ゲーム機の電源を切ってディスクを取り出す。ディスクの絵もこれまた毒々しい絵だからタチが悪い。
これはプレイして後悔したな。でもとりあえずはやりきったから、明日にでも返すとするか。
「あー、なんか後味悪くて気分悪ぃ。コンビニにでも行って気分転換するか」
テレビ画面の向こう側とはいえ、斬殺や撲殺といった血だらけの修羅場を何度も見ていたせいで、胸の辺りがモヤモヤする。しかも悪寒までして、部屋の雰囲気が気味悪く感じる。
多少の不安を取り除くために、急いで外に出る格好に着替えて家を出た。当然、戸締まりは忘れずに鍵をかけてだ。こういう注意力は昔から身に付いていてくれているので助かるものだ。
晴々とした天候の元、一人近場のコンビニへと歩いていく。何てことはない、何らおかしい出来事など起こることがない平穏な日常だ。当たり前に見えて実は幸せなことである。
しかし、突如平穏な空間に騒がしい足音が混じる。明らかに真後ろから俺に向かって駆け抜けて来ている。このお決まりパターンということは、間違いなくあの馬鹿だろう。
足音がすぐ近くまで来るのを聴覚で察知すると、タイミング良くステップをして横に避けた。
「ジャストタイミングゥゥ――おごっ!?」
すると、やはり予想通りの馬鹿が俺に向かって飛び付いて来ていた。しかし、回避能力に長けている俺のステップ移動によって、先程まで俺が立っていた場所に彼女が飛び込んでくると、空しくも空回りしてコンクリートの地面に落下した。落下した際に顎をぶつけてしまっているところを見ると、中々痛そうに見える。
「酷い! 何で避けるの!?」
「何でもクソもあるかよ。勢いからして俺をぶっ飛ばす気満々だったじゃねぇか。何でこんな休日に怪我をせにゃならねぇんだ」
「そこはほら、アタシを愛情で受け止めてくれれば万事解決でしょ? さぁ、もう一回リトライを――」
付き合ってられないので、そこにいる者をいないものとすることにした。目も合わせずにそそくさとその場から立ち去って、コンビニへと向かう。
「って、待って待って! 無視は止めよう? 無視は傷付くよ? それはもう生きていられなくなるほどに」
本来ならば「じゃあ勝手にくたばってろ」と罵声を浴びせているところだが、精神的に無視が一番効果があるようだ。参考にすることとして、彼女をいないものとして扱う。
「そっか……その悪戯心を貫き通す道を選んだんだね……。だったらこっちも、フッフッフッ……」
むにゅり。そんな感触が俺の背中から伝わってきた。柔らかい二つの大福? 饅頭? が押し付けられている。というか、彼女が背後から抱き付いて来たのだ。
む、無視だ無視無視。ここで反応したら俺の負けだ。ここは冷静になるんだ俺よ。そう、俺は今からお寺の坊主だ。百八の煩悩を全て断ち切り、無我の境地の住民となった無感情の坊主だ。
「んっ……あっ……んんっ……」
上から下へ、下から上へと動いて、背中を豊満なそれで撫でてくる。何か少しだけ尖った部分があるせいか、一部分だけ違う感触が伝わってきていた。まぁ、それが何なのか簡単に想像できるんだが。
俺の研ぎ澄まされた聴覚には、彼女の息遣いがはっきりと聞こえてくる。興奮してるのか、その息遣いは荒くなってきている。多分、頬も紅葉色に変わっていることだろう。
……というかもう無理だ。やっぱこいつのそれは高校に入ってから兵器と化してしまった。恐ろしいようやら嬉しいようやら。
「わ、分かった分かった。シカトは止めるから離れろもう」
「ふふっ、初心だな~白奈はあんっ……もう正直になってもうぅん……良いんじゃないかなあぁん……へぶっ!?」
殴りたい、と思った矢先、我慢せずに脳天にゲンコツを叩き込んだ。こいつの無駄に色っぽい声を聞くと興奮するのではなく、何故か無性にイライラしてくる。
そうだな……身体付きはエロくて良いと思うが、それ以外はボツだ。特に性格なんてクソだクソ。
彼女の名前は赤月咲夜。俺と幼稚園時代からの腐れ縁というやつで、童貞男子が憧れる女の子の幼馴染とも言う。
しかし、可愛い幼馴染なんてただの幻想だ。そんなの所詮はまやかし物だ。いや確かに咲夜は美人だし、胸大きいし、学校でもモテてるし、告白も何度もされてるし、胸大きいし、運動神経良いし、胸大きいけど、それは表向きの咲夜の話だ。
裏の面は実際こうだ。日夜ムラムラしてる変態。無駄な知識ばかり覚えて俺の家に不法侵入お手のもの。他にも考えれば色々と出てくるだろうが、一言で言えば咲夜は『異常人』だ。
表は優秀、裏はゴミクソ。それが咲夜クオリティー。そして本人も多少はそのことを自覚しているらしい。マジで救えない愚かな女の子だ。残念系美少女だ。
「痛いなぁもう。素直になっていいんだよ白奈? ほら、白奈の好きな胸も好きなように触っていいんだよ? 揉んで滅茶苦茶にしていいんだよ?」
「黙れ痴女。家に帰って孤独にHしてろ」
「それは大丈夫。毎日夜中の十二時になったらしてるから」
「うん、キモいなお前」
「キモッ……そ、そんなこと言われたら私……」
咲夜は顔を手で覆ってガクリと項垂れる。しかし、その表情は落ち込んでいるとか、絶望してるとか、そういう類いではない。
「私……興奮しちゃうよ! あぁヤバい乳首勃ってるよこれ。うん、絶対勃ってる」
呆れるくらいの純粋な変態顔だ。
もうこれ以上この馬鹿と関わっていたらこっちまで変態が移りそうだ。元陸上部の意地を張って、俺は全速力でスタートダッシュを切った。
「もう路上でも良い! 白奈、今から私と合体――あれ? 白奈? 白奈ぁ~!?」
咲夜の視界から外れてそのまま足を止めずに走って行く。予定のコンビニだと見付かってしまうので、少し遠くなるが、別のコンビニに向かうことにした。気分転換で外出した筈なのに、何でこうも疲れなきゃいけねぇんだ全く。
あいつは今も昔も変わらずこうだ。どんな時でも俺の後ろを付いてくる。何の取り柄もない俺なんかにどうしてそんなに拘るのか分からない。
勉学エリートやスポーツ系部長といった、レベルの高い人達から告白されても「私の前から失せろ害虫」の一言で済ましている始末。どうやら、俺以外の男性は全て同じ人間にしか見えていないらしいが、それでいいのか咲夜さん?
「ハァ……この世にゃ俺より格好良い男なんて腐るほどいるってのに……」
「それはないよ。白奈以外の男は皆ゴミ以下だよ」
「その言い方止め……なにぃ!?」
気付けば、咲夜が俺の横に並んで走っていた。左手には妙な機械が握られている。
「おい、なんだそれ」
「これ? 発信器だよ。これで私の白奈の居場所は何時でも何処でも一目瞭然♪」
ほら、だから嫌なんだこいつは。平気で俺に対して犯罪犯してきやがる。
「何時付けたそんなもん!?」
「何時ぞやに白奈が飲んでたジュースに混ぜてこっそり飲ませたんだよ。あぁでも安心して。身体に害はないし、ウ○コとして出ることもないように“細工”されてるから」
「ホント何なんお前!?」
「何って……そんな、私の口からそんなこと言わなくても分かってるでしょ? もう、アナタったら~。お・茶・目・さ・ん♪」
走りながらコツンと俺の額に拳を突いてくる。マジで何なのだろうかこいつは。つまりはこの変態に何時でも俺の居場所を知られているっつーことじゃねぇか。もはやストーカーだぞこいつ。
逃げることを諦めて足ブレーキをかけて立ち止まった。同時に咲夜も合わせて足ブレーキをかけて、ピッタリと停止した。
「ハァ……頼むから早く良い男を見つけて勝手にイチャついててくれよ」
「何言ってるの白奈。良い男なんてもうとっくの昔に見つけてるよ」
咲夜は可愛らしい笑顔でにっこりと微笑むと、俺の左腕に手を回してきてベッタリとくっついて来る。
「大好きだよ白奈。私はもう分かってるから早く素直になってね!」
「安心しろ、俺は常に素直な人間だ。そして素直な俺はお前が大嫌いです」
「またまた照れちゃって~。大丈夫大丈夫、白奈も私のことが大好きだって知ってるからさ~」
「やかましい! つーか離れろ重いんだよ!」
「白奈の重荷になる私……これは妻という証拠だよね?」
「マジでうっぜぇよお前っ!!」
これが俺と咲夜のコミュニケーション。咲夜が押して、俺が引く。もの凄い疲れるものの、正直に言うと嫌だという気持ちは多分微塵もない。
口が裂けても言えないが、咲夜と馬鹿やってる時間というのはまぁ……一人でいる時よりかは楽しく感じられている。
両親が事故で死んでいるから、家で一人というのは定着している。でも、人間という生き物は孤独というものを何よりも恐れているらしい。弱い生き物だと思う。
さて、最後に俺の名前を紹介しておこう。俺の名前は結城白奈。過去にこの女の子のような名前のせいで苛めを受けていた経験のある、今は一般化した男子高校生だ。今は、数少ない仲の良い友人達と共に平穏な日常を送っている。
そう……“今だけ”は。