結果的に放置=説教
翌日、俺は昼休みにとある人物に呼び出しを受けて屋上にやって来ていた。そして只今俺は固い床の下に正座中である。そんな辛い体勢になっている俺の目の前には仁王立ちして頬をぷっくり膨らませている女の子が一人。柱三日月ことツッキーちゃんである。
「私が何で怒ってるのか白君分かってるよね?」
「あぁ・・・まぁ・・・」
月は分かりやすく怒っている。クッソも怖くも何ともなく、むしろ可愛らしく見えるのだが、自覚せずに月は怒っている。
その理由とは勿論、手紙の呼び出しに俺がいかなかったことだ。だってしょうがないだろ、雫と時間が被ってたんだから。
「ほ、他の用事と時間が被ってたんだよ。だからいけなかったんだよ」
「ふーん・・・私のお手紙の呼び出しよりも大事なことだったんだね~? ふーん、ふーーーん・・・」
滅茶苦茶不機嫌で納得が全然いっていないようだ。そんなジト目を向けられてもなぁ・・・
「お陰で私は夜遅くまで何もなく何処か気味の悪い沈黙の空間である体育倉庫に一人寂しく体育座りしてたんだよ? そして家に帰ったらお母さんに『何処で男と何してたのよ!? ゴムはちゃんと付けてもらったんでしょうね!?』って怒られちゃう始末だよ?」
ツッキーマザー、まず最初に心配するところ間違えてますよ。注意するところそこじゃないよ。何故男限定? 自分の娘は尻が軽いと言っているようなものだよ。何か月が可哀想だよその扱い・・・・・
まぁ・・・そのお母さん説教設定は“作り話”なんだろうが。
「私は寂しくて悲しくて・・・白君とHする妄想をして興奮してたんだよ!?」
それは知らねーよ。つーか本人にそれを言ってんじゃねぇよ。聞いてて気まずいわっ。
「責任取ってよ白君! とりあえず今ここでディープキスしよう! それで無かったことにはならないけど、少なくとも私の好感度がMAXからMAX+EXに跳ね上がるよ! あぁん白君~♪」
唇を付き出して俺の唇を奪おうとする月。しかし反省する理由もなくなったということで、俺は月の顔をアイアンクローによってねじ伏せる。キリキリと音がなり、月はバタバタと手振りを動かす。
「あばばばば・・・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 私が悪ぅございましたぁ!」
「分かれば宜しい」
素直に反省したので離してやることにする。パッと俺の手が離れて月の顔が解放された・・・瞬間――
「取ったぁ!」
眉をキリリッと引き締めた不適な笑みを浮かべて月が俺の間合いに入って抱き付こうとする。だが毎度毎度やられてばかりの俺ではない。俺はニヤリと少し不気味な笑みを薄っすら浮かべると、華麗なステップで避けて月の背後に回った。
「そ、そんな!? 白君テクニシャ――」
しかし回避だけで俺の行動は勢いを止めることはない。首元に腕を回して絞まるようにガッチリとホールドした。徐々に徐々に力を添えていく。
「し、白君・・・ごめ・・・なさい・・・あぶぶぶぶぶ・・・・・」
顔が真っ青になって白目を剥き出したところで俺はネックホールドを解いた。月はバタリとうつ伏せた倒れてクルクルの両目が渦巻きになって目を回す。しかし、すぐに色っぽい目になって俺を見上げる。
「ハァハァ・・・白君ったら激しい・・・お姉さん壊れちゃうよ・・・でも・・・気持ち良い・・・」
伝え忘れていたが、月は純粋なドM体質だ。苦しい時は真面目に苦しむものの、事が済んだら突然気持ち良くなって興奮するパターンの変態だ。咲夜といい月といい、どうして俺の女友達は変態が多いんだ? まともなのは雫と・・・うん、まぁ“あいつ”もそうっちゃそうなのか? 微妙なところだが。
「白君もっとぉ~、もっと私を痛めつけてぇ~。できればお尻とおっぱいを重点的に・・・」
「帰る」
素っ気なく背を向けて立ち去ろうとする。だが川の流れのように手首を掴まれてしまう。そして月の目からも川の流れのような涙がザ~ザ~と。
「待ってよぅ白君~・・・せっかく二人きりなんだからもっとお話しようよぅ~・・・」
「俺まだ飯食ってないんで」
「ふふふっ・・・こんなこともあろうかと、白君のお弁当を作ってきて・・・あれ? あれぇ!?」
流石は月だ。弁当を作ったのは本当らしいが、実物を家に忘れてきたっぽい。持ってきていた鞄を漁りながら慌てているのが良い証拠――
「無い! 無い! お弁当はあるのに、お母さんから貰ったゴムがない!」
「そっちかよっ!! つーかなんつー物を娘に持たせてんだツッキーマザー!!」
よほどお母さんに“甘えたかった”んだろうな・・・っと、今は止めておこう。
「ご、ごめんね白君! 今度また見繕って宅配便で送るから!」
「何それ!? 実家からジャガイモ届く感覚!? いらねーし、宅配便の方が『はぃ!?』みたいな反応するのが目に見えてるから止めなさい!!」
「分かった! なら今度お泊まりに行くときに持っていくね!」
「いらねーっつってんだろっ!! 何そのゴムへの執着心!?」
「何って・・・そんな白君・・・私の口からそれを言わせようとするなんて・・・でもそういうプレイも私は興奮・・・ハァハァ・・・」
「キメェ・・・・・」
そんなさりげない一言が俺の口から出た瞬間、月から何かが思いきり折れたような音がはっきり聞こえた。きっとそれは女の子としてのプライドの柱だ。聞いたことがある話だが、女の子は男子に直接『キモい』だとか『気持ち悪い』などということを本気で言われたら物凄く落ち込む生き物なんだとか。それはドMの月も同じことのようだ。
「キメェ・・・キメェって・・・違う、違うよ・・・そんな言葉じゃ私は発情できない・・・むしろ生きる意志が削ぎ落とされていくのを感じるわ・・・グスンッ・・・・・」
そして今度はいじけ始めてしまう。全く面倒臭い奴だな。つーか感情の動きが激しくて疲れないのかこの女は? 多分、俺の知り合いの中で一番タフな女だぞ。
「ハァ・・・月」
「うん?」
「弁当あるなら弁当くれ。腹減った」
「・・・・・まっっっかせてっ!!!」
あっという間に気力回復。オ○ナミンCを飲み終えた男のように瞳をキラキラ輝かせて作ってきた弁当を青空に掲げた。またそんな高く掲げたらお前・・・
ヒュゥゥ~
「あ゛っ!?」
そら見たことか。この屋上で吹いている風は結構強いのだ。つまり、ドジッ子の月の手から弁当箱が抜けてしまうのは造作もないことだ。まぁ何とか俺が下で受け取って見せたものの、逆さまになってるから中身は荒れた荒野になってるだろうな。
取り敢えず中身を開けて確認してみる。すると彩り緑のおかず達が・・・グチャグチャになっていた。まぁそうだよね。
「あぁぁぁ・・・私の愛妻弁当が不純愛弁当に・・・・・」
「・・・・・」
だが構うことなく俺は箸を取り出して黙々と食べ始めた。味は・・・当然上手い。咲夜と同様、月も料理は得意なのである。グチャグチャになってしまっている弁当を食べてくれる俺が意外なのか、月は唖然とした表情で固まってしまっている。
「・・・俺は料理の見た目より味を優先する男なんだよ。グチャグチャになったところで食欲が失せることなんてねーよ」
「し、白君・・・あぁ駄目だよ・・・そんな格好良いこと言われたら私・・・私・・・白君無しじゃ生きられなくなっちゃう!! あぁん白君好き好き大好きぃ~!!」
そんなこんなで手紙の件の不機嫌状態は回復してくれたようだ。ただ、抱き付いて来ようとする月を止めるのは骨が折れるのだが。
「離れろ馬鹿、食いづらいんだよ」
「だってだって・・・・・あっ、そういえば・・・白君、私のお手紙の返事を受けなかった理由って他に用件があったからなんだよね? それってなんだったのかな?」
ピタリと箸を持っている手を止めて弁当を食べるのを一旦停止する。どうしようか? 咲夜の場合だったら完全アウトでまた殺される可能性があったけど、月なら・・・馬鹿か俺は警戒心が強すぎだ。大丈夫、変態部分は持ち合わせていても、イき過ぎたような性格はしていない奴なのだから。
「あぁ・・・実は月と同じく雫からも手紙を直接もらってよ」
「雫ちゃん・・・から?」
「そっ。そんで今度の休日の日に一緒に出掛けることになったってわけだ。まぁ、他にも色々と話し込んでたこともあって時間が潰れたんだ」
「・・・そう・・・なんだ・・・・・」
歯切れが悪くなり表情に影が浮かぶ。まぁ・・・正直に俺の話を聞いて落ち込んでしまったんだろう。仕方ないな・・・・・ったく。
「月、良かったら今度――」
「そのお出掛けって何処に行くのかな?」
しかし落ち込んだと思ったらすぐに切り替えて笑顔を浮かべた・・・のだが、その笑顔は何処か無理をしているように見える。
「まだ詳細は聞いてねーよ。後日、雫が連絡くれるって言ってたからな」
「そう・・・・・ごめん白君、私ちょっと用事思い出しちゃったから先に戻るね! またお弁当作ってくるからね!」
「ん? お、おい月?」
一体急にどうしたのか、月は何かを深く考える表情を浮かべながら俺に手を振りつつ屋上から出ていってしまった。言いたいことを言いそびれてしまったな・・・まぁ今はいいか。また今度遊びに誘ってみよう。
俺は月から貰った弁当箱の中身を全て食い尽くすと、特に残る理由もないので屋上から出て行った。




