罠解除=元通り
とりあえず今の所は一通り事の流れが綺麗に進んでくれている。時間を適当に潰した後に屋上に向かって雫と対面。その後は前と同じだ。言い悩む雫を見守りながら次の休日にデートの誘いを受けて約束する。そして雫と共に帰って家に着いたところだ。
大丈夫だ落ち着け。盗聴機は外されていて話は何も聞かれていないんだ。咲夜が暴走するトリガーは何処にないはずだ。今回は殺される未来なんて起こり得ない。
俺は覚悟を決めて鍵を開けつつ家の中に入った。すると前と同じく夕食の良い匂いが漂ってくる。あれ? でも待てよ? この流れはアレを回避することができないんじゃ――
「あっ、お帰り白奈・・・じゃなくて・・・あ・な・た♡」
「・・・・・」
やっちまった。そういえばこっちの方を指摘するのを忘れていた。だから駄目なんだってば裸エプロンは。お前のようなスタイルだけ良い奴が着ると刺激強いんだって。
「私にする? アタシにする? そ・れ・と・も、アイマイミー?」
しかもここで何も言わなかったらこんなくだらねぇ選択肢を選ばされるのかよ。いや無視して問題ないんだがな。俺は床に座ってセクシーポーズをしている咲夜を素通りした。
「ちょちょちょ待って待ってよ! 無視は駄目って言ったじゃん!? 泣きそうになるから止めてって言ったじゃん!?」
「あぁお前もう帰っていいぞ。夕食作ってくれてサンキューありがとお疲れさん」
「嘘嘘今の冗談だから! 選択肢は夕食、お風呂、私の定番三択だから! だから帰れなんて言わないでよ!? ね!? ね!?」
鬱陶しい・・・ピョコピョコ動くんじゃない、揺れてるところ見ると余計に刺激が悪いんだよ。
「ん? あれ? 白奈の顔が赤い・・・もしかして白奈、アタシの裸エプロンの魅力に惚れちゃった? いやん白奈ったら~♪ もっと胸元開けようか? パフパフとかしてあげようか?」
無視する。俺は何も言わずに自部屋のドアを閉めてリュックサックを机に置いて私服に着替えを済ませる。
「おっ、おかえり白奈君。どう? 未来は変えられたかな?」
部屋の中にはベッドに横になって漫画本を読んでいる雨瑠がいた。せんべいを口に加えながらも丁寧に言葉を喋ってペラペラとページを捲っている。ついでに言うと仰向けに足を組んで寝転がっているのでセーラー服のパンツが丸見えだったりする。でもそこは白じゃなくてダチョウ柄のパンツだ。どんな趣味してんだこいつ・・・・・
一応すぐ近くに咲夜がいるということで、俺は直接言葉を出さずに右手でグッショブサインを送ることで未来は書き換えられたはずと伝えた。
「そっかそっかそれは良かったね。とりあえず今日は咲夜さんと二人きりで過ごしてなよ。僕は部屋で大人しく・・・・・」
漫画本をベッドに置いてせんべいを食べ切ると部屋の中心に立って妙なポーズを取る。
「太極拳を極めてるから。ヘニョ~ルィ~♪」
こいつは常日頃何を考えて行動しているのだろうか、全く予測が掴めない。一度頭の中を覗いて見たいと思わせる程に意味不明だ。俺は呆れの眼差しを送って一枚の紙切れに『勝手にやってろ』と書いてそれを見せ付けたところで部屋を出た。
「無視される無視される無視される無視される無視される無視される無視される・・・・・」
そして今度はまた面倒臭い奴が一人ドアの隣に体育座りをしていじけていた。そういう体勢を取るんじゃない、見えてしまうだろうが。これ以上俺を刺激するようなことは止めてください。あっ、そういやもう一つの罠を忘れていた。しまった、100均にでも寄ってくれば良かった・・・・・
「咲夜・・・お前が持ってるその箸を寄越せ」
「・・・ここに三つの選択肢があります」
俺の言葉を聞いた瞬間にニヤリと悪戯心満開の笑みを浮かべる咲夜。やはり俺の地味に高かった箸は全滅ということか・・・近々弁償してもらおう。
「その1、私の胸の谷間に手を突っ込んで箸を入手し夕食を食べる。その2、私に夕食を食べさせてもらう。その3、私に口移しで食べさせてもらう」
「その4、その前に箸を壊したお金を弁償してもらう」
「・・・・・その5、土下座して謝るのでせめてその2を選んで欲しい」
「その6、ぜってー許さねぇ」
「ご、ごめんなさいぃぃ・・・・・」
咲夜はその場で土下座をすると、大人しく胸の谷間に収めていた箸を俺に渡してきた。最初からこうすれば良かったと心から思った。
~※~
「ごちそうさん」
「はい、御粗末様でした。それじゃ締めのデザートにどうぞ♡」
俺の隣に座りつつセクシーポーズをする咲夜。勿論俺は無視をして食べ終えた食器を片付けて洗い始める。すると慌てて咲夜は後を付いてきて俺の横に並ぶ。
「ままま待って待ってまだ洗わないで! そのお皿達はアタシが舐め切った後に――」
ジャァァァァ・・・
「あぁぁぁ・・・白奈との間接キスアイテムがぁ・・・」
余計なことをされる前に高速を手際で俺は一枚一枚皿をピッカピカの光沢を放つくらいに綺麗にして行く。咲夜は大いに残念そうに項垂れつつも、俺の手際の良さに関心の眼差しを向けていた。
それから全ての皿を洗い終えてやること全てやり切ったところでようやくフリータイムだ。風呂も既に沸かした後だし完璧だ。とりあえず俺はソファーに座ってテレビを付ける。そして咲夜も俺に付いてきて隣に座った。
「・・・早くそれ脱げ馬鹿」
「え? そ、それって裸になれってこと? ま、待ってよ白奈、流石のアタシもまだ心の準備が・・・」
「着替えろっつってんだっ!!」
「で、でも白奈が望むならアタシはなんだってできる! うん分かったよ白奈! アタシは脱ぐっ!!」
そしてマジでエプロンを脱ごうとする咲夜。当然俺はそれを止めて何とか阻止する。
「人の話を聞け変態が! 全裸になれとは言ってねぇ! 着替えろっつったんだ! そして着替えるなら俺の部屋で着替えろ!」
「俺の部屋で着替えろ・・・それってもしかして俺も着替えてからスるってこと・・・あぁ裸エプロンなのにタっちゃうよぉ・・・」
「あ゛ぁ!!! もうしゃらくせぇ!!!」
「うわっ!? ししし白奈!?」
これじゃいつまで経っても話が進まないので俺は強引に咲夜をお姫様抱っこして持ち上げると、自部屋に向かってドアを開けると部屋の中に放り込んだ。それからまたリビングに高速の足で戻って咲夜の鞄を持ち出すと、それも同じく部屋の中に放り込む。
「普通に着替えろ!! そしてそのまま帰れ!! い・い・な!!」
バタンッ!と乱暴にドアを閉めていつのまにか掻いていた汗を拭い取って一息をついた。とにかくこれで事は片付いただろう。半ば乱暴だが致し方ない。リビングに戻って俺は再びソファーに座ってテレビを見る。
しかし、数分が経過した頃に、咲夜ではない別の人物がリビングにやってきた。ジト目で俺を見つめてくる雨瑠である。
「な、なんだよ? なんだその目は?」
「白奈君・・・一度ならず二度目のチャレンジでも女の子を泣かせるなんて・・・このDV夫!」
「いつっ!?」
何処からか取り出したパチンコで俺の額にゴム玉をぶつけてきやがった。スリリングショットだったら気絶しててもおかしくないぞこの野郎・・・絶対赤くなってるよこれ。
「何すんだこの痛っ!?」
「女の子を泣かせるような男は僕が排除してやる! 僕の愛情の弾丸をくらえ!」
「痛いっ!? つーかいい加減にしろ!!」
パチンパチンと玉を飛ばしてくる雨瑠に向かっていくと、少し上に飛んでアクロバティックに脳天にかかと落としを叩き込む。「おごぉ!?」と微量の唾を噴き出して雨瑠の身体はだらしない小さな大の字になって床にうつ伏せに倒れた。
「泣かせるってなんだ、俺は別に誰も泣かせてねぇよ」
「うぐっ・・・何を言うかぁ・・・なら部屋で泣いてる咲夜さんは何なんだぁ・・・僕、居心地悪くて出てきたんだぞぉ・・・」
「えぇ・・・またそのパターンかよ・・・あぁもう分かったよ・・・」
俺は目の下にクマを作って呆れの溜め息を吐くと、雨瑠の背中をわざと踏みつけて部屋に戻って行く。そしてドアを開けてみると――
「ひっぐ・・・えぐっ・・・うぁぁぁん・・・うぐっ・・・えぅ・・・うぅぅ・・・」
部屋の中心に制服姿に着替えを済ませ済みで女の子座りで座り込みながら号泣している咲夜がいた。まぁ、俺に怒られてしまったことが思いの外効いてしまったんだろう。何もそこまで本気で泣かなくてもなぁ・・・でも罪悪感はするから責任は取らんとな ・・・・・
「おい咲夜」
「ぐすっ・・・白・・・奈ぁ・・・うわぁぁぁん・・・・・」
何故か余計に泣き出してしまう。子供って複雑で難しいね、いやホントに。
「白・・・奈に・・・ぐすっ・・・怒られ・・・えぐっ・・・てぇ・・・嫌われ・・・うぇ・・・やだぁ・・・うぐっ・・・白・・・奈ぁ・・・ぅう・・・」
「全く・・・ほら、落ち着け咲夜」
あの時はあやすことで泣き止んでくれたんだ。まぁいつものことだが・・・俺は泣きじゃくる咲夜をそっと抱き締めてやり、同時に頭を撫でてやる。すると心なしか咲夜は少し落ち着いてくれた。
「ごめん・・・なさい・・・ぐすっ・・・謝るから・・・謝るからさぁ・・・うぅ・・・アタシのこと嫌いに・・・ならないでぇ・・・えぐっ・・・」
「阿呆か。やかましいとは常日頃から思ってるが、嫌いになることはねぇよ」
「グスッ・・・ホントォ?・・・一緒にいてくれる?・・・ズズッ・・・」
「・・・ずっとは無理でも、咲夜が一人立ちできるようになるまでは一緒にいてやるよ」
「うん・・・・ズズッ・・・・ありがと・・・・だったらさ・・・・・」
この後の咲夜の動作。姿はエプロンだし場所は俺の部屋だが、前だったら盗聴機を取り出して死亡ルートにまっしぐらだった。でも今回は違う。咲夜は俺の胸に顔を埋めたまま同じくそっと俺の身体に抱き付いてきた。
「今日、泊まっても良い?」
「・・・・・ふぅ」
思わず安堵の溜め息が出た。良かった、盗聴機の方はちゃんと上手くいってくれたようだ。俺が安堵する中、咲夜は埋めていた顔を離して不安げの眼差しを向けてくる。
「白奈ぁ・・・・・」
「はぁ・・・何もしないって約束できるか?」
「うん・・・」
「ちゃんと俺の言うこと聞いて大人しくできるか?」
「うん・・・」
「ん、分かったよ。今日一日だけな」
「・・・うん!」
咲夜は涙を手の甲で拭いてニッコリと微笑む。こうしていればこいつもこんなに可愛いのに ・・・これも明日になれば、またいつものハイテンションガールに戻るんだろーな・・・学習すればもしかしたら可能性があるかもしれないのにこいつは。
「白奈」
「んん?」
少々呆れた顔を浮かべると、不意に左の頬に柔らかい感触が触れた。前の時のように口ではなく、頬にキスされてしまった。
「大好きだよ♪」
「・・・・・ゴホンッ」
不意打ちをくらった俺は思わぬ事態に顔に熱が帯びるのを感じて、咲夜は赤くなる俺を見て目を細めて笑っていた。全く・・・油断も好きもないやつだ。
~余談~
咲夜が隣でグッスリスヤスヤ寝ている最中、ブルブルとバイブを鳴らして携帯に一件のメールが届いた。俺は重たい瞼を擦って内容を確認する。そこにはこのように記入されていた。
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From.柱三日月
『体育倉庫寒いよぅ・・・お腹も減ったよぅ白君(T△T)』
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「しまった!! 馬鹿を一人忘れてたっ!!」
「うぅん・・・白奈激しい・・・ムフフ・・・・・」
咲夜の幸せそうな寝顔から聞こえる幸せそうな寝言を聞きながら俺は月にメールを返すのだった。ごめん月、今度何か奢ってやるから許してくれな・・・? でも夜まで待つのはイカれてますよ・・・・・




