出会い
ドドドドドドドドドド!
側溝の側の砕石をランマーで固めてる音が我ながらうるさい
だから誰かが何かを言ってても聞こえない
「おーいケンちゃん!あと5分で休憩だから皆の飲み物買ってこい!」
ちょっと無視してみた
「おーい!ケンちゃーん?ヘイヘーイ!」
あんまりからかうなと周りの従業員が肩をすくめて俺を見る
しゃあない、こればっかりは俺の仕事だからなぁ
クシャクシャになった千円札を雑に渡してくるオッサン
この人はオヤジが死んでから土木の会社を引き継いで
高校卒業してから定職に就かずフラフラしてた俺を拾ってくれた人だ
俺みたいな何の知識も技術もない奴に良くしてくれてるのは
同情とかオヤジへの恩とかそんなとこだろう
俺は最初は嫌だったけど、野球部で鍛えていたお陰かそんなに苦にはならなかった
ブサイクになった野口を拾い上げて
「全員ブラックね!了解!」という
すると慌てて「俺は微糖だっつの!」と親方が焦って叫ぶ
クスクスと従業員達は笑う
いつもの流れだが少し幸せな時間だなって感じたりしてた
自販機まで小走りで近づくと補充のトラックが止まってる
(ちょっとサボれるなこりゃ)
そう思いながら開いた自販機を見ると
見慣れない張り紙がボタンの上に貼られていた
”貴方の夢買います”
ん?なんだこれ・・・
他にやることもないのでボーっと見つめた
分かりにくいが電話番号が書いてある
「ねぇ、なんか邪魔くさい張り紙が貼ってあるけど取らないの?」
少しイラっとした態度で聞いてみた
まぁ実際なんで貼ってあるのに先に取らねぇの?って不思議だったし
「え?本当ですか?」
点検のお兄さんは補充を中断して表側を覗く
「えっと、何もないんですけど?」
不機嫌な感じで聞き返して来たのでイラッときた
「いや、これだってこれ!」
そういって表側を覗くと本当に何もなかった
「風で飛んだのかな?おかしいなぁ」
はぁ・・・そうですか、と言わんばかりの困り顔だよチクショウ
点検も終わって恥ずかしいからコーヒーを買って
すぐその場を去ろうとしたその時
「さてはあなた見えましたね?」
突然耳元で聞こえた声に驚いて後ろを振り返る
「あぁすみません、驚かそうとしたつもりはなかったんですよ」
そこに立っていたのは長身なリクルートスーツを着た男だった
そしてネクタイにでっかい文字で夢って書いてあった
正直キモいと思った
「それ、見えたんですよね?」そう言って男は指を俺のちょっと横に向けた
自販機にさっきの張り紙が貼られていた
「おーまーえーのー悪戯かー!」
俺は見ず知らずのドリーミーなネクタイつけた男に詰め寄った
「これは失敬!そんなつもりはなかったのですよ、えぇ」
慌てて男は一枚の紙を俺の前に突き出してきた
「これは・・・名刺?」
「えぇ、私この周辺で夢の取引仲介を行ってます富士と申します」
以後お見知りおきを、と男は口元を歪ませた
「貴方の夢、もしよろしければ我々に買い取らせて頂けませんか?」
「ゆ、ゆめ・・・?」
「はい!作用でございます!」
「見たり、叶えたりする・・・?」
「えぇ!えぇ!その夢でございます」
この男間違いなく宗教関係の人だ
俺の直感がそう告げた
「悪いですけど神秘の力で金稼ぐ自信ないっす」
「あなたもですか・・・トホホ」
ガッカリと肩を落とすところからして、ずっと同じ事言われてるんだろうなぁと思った
「私は宗教勧誘の人間でも古代のアースパワーを感じたりしません」
「じゃあ何の用ですか」
聞き直してみた
「ですから先ほどから申しておりますように夢を売りませんかと」
さっきまでナヨナヨした男とは同一人物とは思えない程不気味な雰囲気だった
「い、いくらで買うんだよ・・・」
しまった!雰囲気に流されてついいらねぇこと聞いちまった!
「よろしければ査定を・・・」
そう言うと男は俺の右手を握った
「ふむ、4000万でどうでしょう?」
「オッケー!じゃあ今日は忙しいからあし・・・えぇ!!?」
「お客様は野球選手の夢をお持ちですね、それに今でも鍛錬を欠かさず行っていらっしゃる」
正直驚いた
査定金額もそうだが手を握っただけで俺の諦めた夢と未練まで読み取りやがった
口を金魚みたいにパクパクさせてると男は俺の左手をツンっとつついて
「ご連絡、お待ちしておりますよ」
そう言い残してその場をさった
呆然としてた俺は足元を見て我に返った
「ああああ!コーヒー!」
急いで休憩所に戻ったら待ちくたびれた皆が待ってた
「おう!遅かったな!ってあれ?微糖どこぉ・・・」
「あ、間違えた」
肩を落とすオッサンにも申し訳ないと思ったが
さっきの出来事を説明しようとしたら急に口が開かなくなった
なんだこれ?アイツが何か俺の体に催眠かなんかかけたのか?
取り敢えず貰った名刺を見せてみたが皆にはまるで見えてない様子だし…
家に帰ってからもう一度確認してみよう
俺は短い休憩を終えて現場に戻った
タカちゃんは若干ヤンキーっぽい設定で
ランマーとは土木作業現場でよく見る地面叩いてるうるさいやつです