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文化論の去来

「このガキ!思い知らせてやる!」

 最初に眉毛のない男が視界に入った。ガタイも身長も俺よりはるかにでかい。同時にあちこちで男たちの咆哮が上がり、流惣のほうに四人の男たちが飛びかかるのが見えた。俺は流惣を気にしていられない。すごい形相で殴りかかってくる男の拳を何とかかわす。音が飛び色が消え、極度の緊張に体の感覚は無くなった。全てがスローモーションの世界。相手の蹴りが俺の太ももに当たる。俺もパンチを繰り出してみた。人を殴るのは生まれた初めてだ。ペチャン、と肩に当たった。感覚がよくわからない。これは効いているのか?男は全く態勢を崩さずに、もう一度蹴りを入れてきた。脛のあたりにかかとが当たる。続けてパンチを腹に食らう。鈍い衝撃が走るが、興奮のせいかさほど痛みは感じない。別の男が見物人気取りでこの様子を笑っている。気にいらなかった。俺は怒りにまかせて目の前の男の頬を殴った。効いたか!男が顔をしかめる。拳がジンジンする。顔の骨とはこんなにも硬いものだったのか。しかし次の瞬間俺は吹き飛んで、地面にはいつくばっていた。唾液が垂れる。鼻の奥がツーンとする。何が起きたのかわからない。息ができない。これが殴られるってことか。ああ、死にそうだ。もういやだ。舐めてかかっていた。手加減なしかくそう。声が出ない。ザッザッと靴の音が聞こえて、男が冷酷な顔で近付いてきて俺のふくらはぎのあたりを思いっきり蹴り上げた。俺はうずくまって動けない。もう一人、さっき見物していたピアス男も来て俺の背中を蹴った。

「ぐうえっ!」と空気が漏れる。死ぬかもしれないと思った。腹をまた蹴られた。土が口に入る。父さん母さん、死んだらごめんなさい。と遺言が浮かぶ。顔面をガードしながらちらりと流惣の様子を見た。羽交い絞めにされ顔面を殴られている。あっちもだめか。一方的な暴力が俺たちに降り注ぐ。さっきの「覚悟」がどれだけ甘いものだったか思い知らされる。一秒の痛みが永遠に感じられた。涙が出た。俺は弱い。誰も守れない。どうすることもできない。

「やべえぞ、サツだ!」

 その時キンの兄貴らしき人物がそう叫んだ。と同時に、ファンファンファンとサイレンが俺の耳にも届いた。公園は騒然となった。流惣を羽交い絞めにしていた男たちも、流惣をほっぽり出し自分達のバイクにまたがる。地面に落ちた流惣はキッっと目を向けて立ち上がり、走り去ろうとしていたバイクの男を引きずり下ろした。離せクソ!と声が聞こえる。男の仲間はほとんど夢中で逃げている。男と流惣が絡み合い殴り合う。まだ後ろに残っていた茶髪がその様子に気がついた。いそいで仲間の援護に駆け寄る。

「流惣!気をつけろ!うおぉぉぉぁぁぁぁ!」

 自分でも驚くほどのスピードで俺はそちらに走りこみ、流惣と男をひきはがそうとしていた茶髪の顔面をサッカーボールのごとく蹴り飛ばした。茶髪が鼻血を出しながら吹き飛んだ。さら流惣にのっかっていた男の背中をひじで打ち付ける。

「ぐぅぇ!」と男が不気味な声を上げて怯んだすきに、なんと流惣は男の耳に噛みつき、その耳たぶをピアスごと引き千切った。

 うあああ!と声を上げ男が耳を抑えながら転げまわる。茶髪の男が誰かが捨てた鉄の棒を拾ってきてこちらへ向かってきていた。サイレンがすぐそこに迫っている。

「流惣!逃げるぞ!」

 俺は流惣にそう言ったが、流惣はまるで楽しんでいるかのように、口から血と唾液をだらだら垂らしながらさらに戦おうとしていた。瞳孔は開ききっていて、切れた唇をゆがませ不気味に笑っている。

「殺してやる」そういうと流惣はポケットからさっきのナイフをとり出した。ヒュッと音を立てて流惣が素振りをする。鈍い光が闇を切り裂く。

「やめろ!」

 流惣のナイフ、間近に迫ったサイレン。公園を照らすオレンジの光。男たちはナイフを見ると血相変えてバイクのほうへ逃げだした。カランカランと捨てられた鉄の棒が転がる。

流惣は彼らを追いかけようとする。俺は流惣の腰に飛びつき流惣をつなぎ止める。

「離せぇ!」

泣き声とも怒鳴り声ともつかない叫びが公園内に響き渡った。俺はその細い腰にしがみついたまま、離さない!とわめいた。

 やがてバイクが走り去る。流惣がガクンと膝をついた。パトカーが公園の横につき、人が下りてくる。後ろからももう一人。女?

「坊っちゃん、ノリさん、大丈夫っすか?すいません遅れまして」

 警察と思った男は杉本だった。よく見れば車もパトカーではなく普通の白い乗用車だ。スピーカーから偽の音を出していたらしい。そして、泣きそうな顔でこっちを見ている女子は葵だ。よかったと俺は心から思った。なんとか助かった。

「ひどい怪我。大丈夫?」

「口が切れてて喋りにくいし、全身が痛いぜ」

流惣は入口のほうへとぼとぼ歩き、バイクの去ったほうを見つめている。

「しかし、よくここがわかったな」

 葵はハンカチを出して俺の顔についた泥や土をふき取ってくれた。

「風呂井君が教えてくれたの」

「あいつが?」

 俺はてっきり、この騒ぎは風呂井が仕掛けたものだと思っていた。

「あたしやノリ君を教会に誘ったのは、あの人たちから守るためだったって」

 理由はわからないが、もしかしたらそうなのかもしれない。しかしそれについてはまだ検証する余地があるだろう。とにかく助かった。今はそれだけでいい。それだけで、涙が出そうだ。

「流惣院君も……」

「いい。来るな」

 近づこうとした葵に流惣は文字どおり牙をむいた。その表情はさっきと同じだ。獰猛な獣を思わせる。

今は一人にしてくれ……」

「流惣院さんを一人にしてはいけません」とチーコの声が聞こえる。心なしかさっきよりその声は聞こえにくくなったようだ。

「杉本さん、悪いけど葵を送っていってくれないか。俺はこいつと話がある」

 杉本は黙ってうなずき、葵の肩を抱いた。葵は納得できないという顔をしていたが、やがて自分は何もできないと悟ったのだろう。帰ったら電話して。とだけ言って車に乗り込んだ。二人が去っていく。公園には俺と流惣の二人だけになった。


「なーにが一人にしてくれ、だよ!大人ぶってんじゃねえよヴァーカ!」

 俺はわざと大声で流惣にきつい言葉を投げる。

「悪いけど、今は君と言い合いなんてしたくないんだ。来てくれたことはありがたいけど頼むから今は放っておいて……」

「俺から逃げようってんだろ。俺のほうがお前より大人になっちまったからなあ!怖いんだろ?俺が!」

「何を言ってるんだ君は」

 流惣は本当に迷惑そうだ。なんなんだこいつは?という顔をしている。だが容赦しない。今こいつに必要なのは優しい言葉でも一人の時間でもない。

「わかってんだぜ。今の俺はお前より上だ。全てにおいてな。お前がこんなに子供だったとはね。いやいや、笑えますよ。今度から俺が保護者になってやらねえとな」

「君が保護者?笑わせるよ」

「俺はなあ!お前のそういうところにむかついてたんだよ。昔からな。ちょうどいい機会だ。どっちが上か、勝負しようぜ」

「勝負ねえ」

 俺は近くの滑り台の上へ駆け上がった。流惣はわけがわからない、という顔をしている。

「親落としってゲームだ。今上にいる俺が親。お前は子。俺を落としたらお前の勝ち。お前を落とせば俺の勝ち。落とす方法は何でもアリだ。飛び道具以外はな」

くだらないと言って流惣は出口へ向かう。

「そんなんだから、母親もお前に会いに来ないんだよ!」

 流惣がピタリと止まる。振り向いた流惣の目に狂気が宿る。

「かわいくねーもんなぁー!おまけに親の悪口を言われても喧嘩一つできない。そりゃあ嫌になるぜ」

 流惣が深呼吸して体をこちらに向けた。

「本気で行くよ?」

「来いよ!成金野郎」

 流惣がポケットの中の物をすべて地面に捨てた。月がその痛々しい体を照らす。そして腰をおろし、クラウチングスタートの態勢を取った。かと思うとものすごいスピードでこちらへ向かってきた。

 ダン!ダン!ダン!と台をかけ上ってくる流惣。まるでシェパードだ。俺はヘリをしっかりつかんで、上ってくるその体に思いっきりひざ蹴りを繰り出す。が、まともに食らいながらも流惣は足を掴み上ってきて、俺の髪を思い切りつかんで引っ張った。思わぬ痛みにヘリから手を離した俺を無理やり引きずり降ろそうとする。ブチブチと髪がちぎれる音がして、耐えきれず俺は下に転がり落ちた。流惣の荒い息。

「僕の勝ちだね」

 俺も肩で息をしながら流惣を見上げる。

「ゲームはまだ終わってねえ」

「はあ?」

「言い忘れてたが、最後に上にいたやつが勝ちだからな。このゲームはどちらかが力尽きるまで終わらない」

 俺は靴と靴下を脱いだ。なりふり構ってられない。流惣も身構える。いくぞ、と言って俺は流惣に向かっていく。お互いの体がぶつかり、傷がつき、崩れ落ちる。俺がまた親になり、そうかと思うと流惣がまた親になった。チーコの声が遠くなっていく。ひっかき傷がどんどん増えていき、あざが体を彩っていった。服が破れ、流惣は歯が一本抜けていた。お互いの血を体に塗り合う。月を何度見ただろう。何度俺は転がり落ちた?激痛が足元から響いてくる。どうやら捻挫したらしかった。そして俺は上にいた。流惣ももう限界が近いようだった。これが最後だと思った。うああああ、と流惣が駆け上がってくる。俺も待ち受けることはせず、上から流惣にダイブした。ゴツン!とお互いの頭がぶつかる。一瞬目が合う。そして二人で転がり落ちた。というより、滑り台の端から直接地面に落ちた。背中から落ちて息ができなくなる。流惣ももう立ち上がらなかった。お互い地面に横たわって動かない。動けない。

「おい」

「え?」

「上を見ろよ」

「ああ」

「もう朝だ」


 白んでいく空を二人で眺めていた。地面はひんやりとしている。車の通りが徐々に増える。

僕は、と流惣が口を開く。口の端が切れているためか、あまりうまく発音できてない。

「僕は親があんなだったから、子供でいることはできなかった。いろいろなことをやったよ。だけど、なににもなれなかった。僕は何でもない人間だ。ただの無力な人間だ。何も持ってない」

 流惣は手で顔を隠した。肩が震えている。

「まあ、俺たちにたいしたことはできないかもしれないな。価値もないかもしれん。でもさ、だからどうしたっていうんだ?俺たちはなんでもないさ。それは誰だって同じだ。問題は、ここから何を手に入れるかじゃねえのか?なあ流惣」

 郵便バイクが横を通り過ぎていった。鳥が歌を歌い始める。美しい朝。黄金の風。俺も声を上げたい気分だ。

「君は本当に変わったね。ホテルの時に気づいてたけど。でも僕はあまり自信がないよ。歪みきってるのさ。いろいろとね」

「それに気がついてる時点でお前は始まってんだよ!こっからだろ!こっからが始まりだ」

 俺は立ち上がって座り込んでいる流惣を無理やり引っ張り起こした。

「大丈夫さ。俺たちなら。さあ立てよ」

 流惣が立ちあがってごしごし顔を手で擦る。

「まさか君に説教される日が来るとはね。わかったよ。もう少しやってみよう。それにしても君の顔やばいことになってるよ」

 流惣が笑いだした。こんな無邪気な笑顔は初めてだ。歯のぬけた間抜け顔。俺もその顔をみて笑う。笑うと体が痛い。

「やめろ!笑わせるな。体がいてえぇ」

「僕だって、口の端が、いたたたた」

「ちょっと、二人で楽しそうになにやってんのよ」

 その時、朝日と共に葵が姿を現した。

「いつまでも連絡は来ないし!心配してきたら二人して笑ってるし!あたしもまぜてよ!」

 すまんすまんと俺たちは笑いながら謝る。夏の日差しは強く俺の体を温める。本当にここからだと思った。俺はまだすべてを失っていない。それどころか、あらゆるものを手に入れる権利を手に入れたのだ。


 家に帰ると俺の姿を見た母親が驚愕して出てきた。

「どこにいってたの!どうしたのその怪我!病院に行かなくちゃ……」

「母さん、ごめんなさい。今まで」

 俺はすべてを謝った。母さんは泣きながらわかったわかったといい、とりあえず今日はもう休んで、と言って風呂に湯を張ってくれた。風呂からあがり布団をかぶるとすぐに意識が飛んでいきそうになった。その前にもう一人お礼を言わなないと。

チーコ、と俺は頭の中で名前を呼んだ。微かな声で返事が返ってくる。

 はい。わかっていますよ。よく頑張りましたね。かっこよかったですよ。

「……明日ハンバーグ作るから」

 ありがとうございます。でも、もう必要なさそうです。

「……よし。待ってくれ。わかった。今から作るよ。くそ。どうした、体が動かねえ……」

 私はもう、独立した存在ではなくなりました。私はもともとノリ君の心の一部だったんですよ。ノリ君が捨ててしまった影の部分が私です。でも私は消えずにさまよい色々な人の人生を見てきました。それこそ数十年分の人生を。そして私は私になりました。しかし私は再び元の場所に戻ります。これは自然なことです。何も悲しいことではないのです。

「……今まで通りなんだな?」

 ええ、全て。全てが元の場所に戻るんです。声は、もう届かないかもしれませんが。

「……じゃあ、いいよ戻らなくて。なんか方法あるんだろ?俺影とか、いらないからさ……」

 意識がずるずる引っ張られる。あたたかいほうへ。俺はもっとチーコの声が聞きたい。

残念ながら既に融合が始まっています。でも大丈夫です。私はノリ君の中で生き続けるんです。私の声を聞こうと思えば何時だって聞けるんですだから……

「チーコ…………俺はお前が……」

 とてもうれしいです。ノリ君と会えてよかった。さようなら。あなたはもう一人でやっていけます。大丈夫。ではまた会いましょう。

「……待ってくれ!頼む……」

 俺の意識は闇の中へと引きずられていった。チーコの声が遠くなる。チーコ。いかれたハンバーグ。俺はお前が好きだった。本当に、ありがとう……。


その後、流惣と俺は学校に復帰した。俺の誤解は解け、流惣はわりと金持ちの伯父に引き取られることになった。葵があの時体育館にいたのは雑用をやらされていただけらしい。

 さらに数日経ち、流惣呼び出し事件を仕掛けたやつが体育教師の谷山だったことが判明した。流惣の伯父が調べ上げ、流惣を襲った不良が自白したのだ。そして谷山は学校からいなくなった。谷山は以前からそのような恫喝まがいのことをやっていたらしく、そんな災いを取り払った流惣は英雄となり学校での地位を完全に回復した。キンの兄貴は谷山に弱みを握られていたそうだ。そしてその後食べ物ばらまき事件もぱったりと無くなった。犯人は誰だかわからない。俺は風呂井からも謝罪された。クラスでの立ち位置は相変わらず微妙だが、俺はとりあえずまた居場所ができたようだ。

最後に、俺と流惣には喧嘩をしたことに対する罰が下された。そこはさすがに学園長も目をつむってはくれなかった。俺たちは「人格教育」のため、なんと神学研究部に強制入部させられてしまったのだ。


「紹介します。こちらが新入部員の今村君と流惣院君です」

 部長の風呂井が超嫌そうな顔で俺たちを紹介する。

「よっ!問題児ども!きやがったな!」

「いえーい。神学部にようこそ!」

「お、なかなかのイケメンが入ったな。これは女子率アップか?」

 先輩たちが茶々を入れる。俺は照れながら、どうも、と頭を下げた。どうやら悪い人たちではなさそうだ。

俺はもう一つだけ疑問が残っていた。クロ子のことだ。チーコは俺の影だった。だったらハンバーグバーガーのクロ子は一体何だったのか。あれ以来ハンバーグバーガーは売られなくなった。売店のおばちゃんによるともう取り扱いをやめたそうだ。やはりあまり人気がなかったらしい。クロ子はどこに行ったんだ?クロ子も俺の影だったのか?

その時、部室のドアが乱暴に開けられた。勝手知ったる様子で一人の女子生徒が入ってくる。

「神学研究部はここっすかー?」

 全く悩みなんて持ち合わせてないようなむたくな笑顔をたたえた女の子が入って来た。風呂井は少し戸惑いながらそうですと言った。

「黒崎錦子です。親父、いや校長に言われて入部することになりましたんで。よろしくー。あはは。ここ何かいろいろあって面白いね」

 錦子がピョンピョン跳ねまわりながら部屋内を探索していく。突然の客に、部員もみんなキョトンとしている。

「ああ、そうです。彼女が一年生の新入部員です」と風呂井の紹介。錦子は、謎の仏像を手に取りながら、どもー、と片手間に挨拶。そんな錦子を見て流惣が俺に耳打ちしてくれた。

「彼女が食べ物ぶちまけの犯人って噂もあるんだよね」

「はは。まあ、わからんでもないかも」

 家どこ?その仏像に興味あるの?と錦子に興味津々の男子を完全に無視して彼女は俺の横にどかっと座った。そしてスマイル。なんだかその顔には見覚えがあるような。

「じゃあこれから夏休みの予定を話します。配ったプリントを見てください。今年の夏は、祈って祈って祈りまくろう!というテーマで、霊験あらたかな山で七日間合宿。それを三回行います」

 うおー、と部員が雄たけびを上げる。俺と流惣は顔を見合わせて苦笑した。

「やっぱり凄い部活だな」

「僕、何かに目覚めちゃいそうだな」

その時、ツンツンと肘でわき腹を突かれた。錦子がジーーとこちらを見ている。

「あの何か?」

「ひさしぶり、今村先輩!」

「お前、キンか?」

少女は笑うと途端に子供っぽい顔になる。その顔は紛れもなくキンだった。

「へっへー。わからなかったでしょ。髪の毛黒くしたからね。先日は兄がお世話になったようで」

「髪の色が違うから全然分からなかったぞ」

「でしょでしょ。それからもう一人」

 キンはツンっとつつかれたように一瞬上を向いた。と思うとすぐに顔をこちらに戻し、全く別の声色と悪ガキのような目つきでこう言った。

「よう少年、久しぶりだな。あの約束は一応守ったことにしといてやる。これからもアチキのために働けよ?」

「あともう一つ、夏の大フェスティバルに向けての計画もこれから話し合います!」と風呂井。

隣で流惣が、なんだか大変なことになりそうだね、と呟く。

「ああ、まったく、今年はこれまでになく熱くなりそうだな」

セミの鳴き声がどんどん大きくなる。俺たちは真夏の喧騒に包まれる。外を見れば飛行機雲。どうやらこの町にも、太陽の季節がやってきたらしい。

                                  完。


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