表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

最初の親鸞

チーコの証言は耳を疑うものだった。というより、それが現実だとしたら今まで俺はまるで狂人のような妄想に駆られていたということになる。

 チーコ曰く、

「まずノリさんが一番勘違いしていることは、葵さんの両親のせいでノリさんの両親が離婚したということです。元々、葵さんのお父さんとノリさんの両親は学生時代の頃からの知り合いでしたね?」

 そうだ。と俺はチーコに言った。だから幼稚園の時から葵としょっちゅう遊んでいたのだ。

「ノリさんはどうして、葵さんのお父さんがノリさんのお母さんに手を出したと思ったんですか?」

「部屋に写真があった。二人きりで写っている。それによく家に来てたし、なにより父さんがそういってたんだ」

「写真は友達だったから、あって当然なんです。葵さんのお父さんが来ていたのは、ノリさんのお母さん、つまり真理さんが、ノリさんのお父さん、透さんに暴力を振るわれていたからです」

「そんなはずはない……」

 俺は父親の思い出を記憶から引っ張り出して眺めた。少し気難しいところもあったが優しかった父さん。まさかそんな……。いつ……?思いだそうとすればするほど、優しい笑顔やかっこいい後姿だけが浮かんでくる。

「透さんは職場で同僚に裏切られクビになり、そのやり場のない怒りを真理さんにぶつけるようになっていたんです。そしてある日三人で話し合うことになりましたが、透さんと葵さんのお父さんがつかみ合いになり、止めに入った真理さんが怪我をして病院に」

「でも俺がクラスのやつらから嫌がらせを受けたのは、葵の母親が近所のやつらにふれまわったからだぞ」

「違います。そもそもノリ君はそれが原因でいじめられていたわけではありません。元々いじめられていたんです。その噂はいくつも吐かれた嘘の一つに過ぎません。適当に言ったクラスメイトの言葉を鵜呑みにしたのです。だから葵さんも止めようがなかった。ノリ君はずっと自分の思い通りにならない世界で、逃げ道を探していたんです。そしてこの離婚をきっかけに、それらをすべて言い訳に使うことにした。もともと仲間外れにされていたのはただノリ君が弱くて泣き虫で、何の特技もない弱い子供だったからです」

 轟音を立てて何かが崩れ落ちる。俺が元々仲間外れだった…?うそだろ。だってみんなと遊んでいたじゃないか。落としあいをやって、小学5年生を落とした。いや、落としたのは俺だったっけ?俺は見ていただけ……?

「うっ!」

 俺は食べていたものを吐いた。テーブルが汚れていく。下を向いたまま自分の荒い息を聞く。そんな馬鹿な。そんな馬鹿な。そんな馬鹿な!

「そんな馬鹿な……」

 頭痛と吐き気をこらえながら立ちあがった。ズボンについていた汁がぼたぼたと床に落ちる。

「ノリさん、落ち着いてください。大丈夫です。ほら、まずは深呼吸して」

「ちょっと考えさせてくれ」

 俺はチーコを置いて部屋へ向かう。足を踏み外しながら階段を上っていく。そんなはずないと呟きながら記憶を掘ってみる。ガラス玉のようなあいまいなものしか出てこない。本当に俺はそんな奴だったのか?ドアを閉め、うずくまった。下からチーコの声が聞こえる。もう誰の声も聞きたくなかった。雑音のない世界に行きたい。俺は再び耳を塞いだ。


やっぱり信じられない。

 考えに考えて出した結論がこれだった。チーコにそのことを伝えた。彼女は優しく笑って、今はそれでもいいと思います、と言った。その優しさが俺をさらに苦しめる。

「確かめる方法はないのか。言われただけじゃ、やっぱりな」

「ありますけど……やめましょう。昔がどうだって、今のノリ君はノリ君なんですから。ただ一応知ってほしかっただけです。でないと葵さんに会ってまた言い合いになったら困りますからね」

「葵はずっと知ってたのか。俺が勘違いしてると。それをわかっていてあいつはずっと黙っていたのか?」

「おそらく……」

「母さんも……?」

「……はい」

「なんてこった……」

 心の底から葵に謝罪したい。母さんにも。俺はまるで手のつけられない子供だったんだ。

「真実を確かめる方法を教えてくれ。俺はこのままじゃ、葵にも、母さんにも顔向けできない」

「今ノリ君は本当の記憶を意識の奥底に仕舞いこんで、自分で作った記憶を元の記憶の場所に居座らせています。無意識の底まで沈めた本当の記憶を引っ張りだせば全て思い出すでしょう。でも、それはとても危険なことなのです。嫌なことを一々覚えないために忘却は存在します。もし嫌なことを一気に引っ張り出したら、ノリ君の精神がもつかわかりません。心理学や催眠術の専門家が一緒にいても止めろといわれるでしょう……」

「頼むチーコ」

 俺はチーコをじっと見た。チーコが悩んでいるのが雰囲気でわかった。頼む、と俺はもう一度いった。沈黙。時計の進む音聞。そして、チーコはうなずいた。

「わかりました。おそらく、いちばん大きく歪められている記憶を引っ張りだせば、鎖を引っ張るように全て出てくるでしょう」

「いちばん大きな記憶?」

「それはお父さんの記憶です。ですから、確かめるためにはお父さんに会いにいくことがいいかと」

「怖いな」

 自分の中で、本能のようなものが、やめろやめろと騒いでいる。腕に鳥肌も立っている。

「もちろんあたしもついていきます。無理をしなくても、もう少し落ち着いてから行きましょう……」

「今から行く」

「そんな、無茶ですよ。ただでさえ今のノリ君は不安定で……」

 大丈夫だ、と俺はチーコを制した。着替えてくる、と言って部屋に戻る。服を着替えながら鏡を見る。見慣れた俺だ。しばらくろくに食べてなかったせいで頬がこけているが、確かに自分だ。大きいが一重の目に、泣きボクロ。俺は俺だ。何があろうと。その時自分の瞳の奥で何か影のようなものが動いたように見えた。頭上の飛行機が太陽を隠すような一瞬だった。不安をかき消すように俺は自分の顔をパンパンとたたき、チーコと共に、家を出た。


「夜に乗る電車ってなんだか不思議な感じがしますね。どこか別の世界に行ってしまいそうな気がします」チーコは寂しそうな、わくわくしているような、そんな調子。電車の中にはほとんど人はいない。疲れた顔の学生や、体を傾けて寝ているサラリーマンが僅かにいるだけだ。俺たちは父さんの実家へ向かっていた。筑豊というかなり田舎の町だ。昔は炭鉱で栄えていたらしいが、今はシャッターが下りた商店街しかないという。近づくにつれて街の明かりも減っていく。俺は膝の上に乗せた弁当箱の中のチーコに触れた。チーコから拒絶の信号はない。

「銀河鉄道の夜っていう童話を思い出すよ。あんまり覚えてないけど、主人公が鉄道に乗ったら宇宙に行っちまうんだ。それでその後、ええと、なんだっけ、なんかあんまりハッピーな終わり方じゃなかったような気が」

話しながら考える。本当に俺は大丈夫なのだろうか。元の場所に戻ってこられるのか。その不安が伝わったのか、チーコは明るい声で返事をする。

「大丈夫です。いざとなったら私が……」

 その時、ぱっと周りの世界が暗黒になった。トンネルに入ったのだ。轟々と地獄の底から響いてくるような音に我々は黙った。やがてトンネルをぬけてまた明かりが見えだした。しかし、俺の心の中にまでそれがくることはなかった。俺はチーコを見た。今は彼女だけが俺の存在を照らしてくれる灯りだ。


 木造の無人駅で降りた。タクシー一台とまっていない。ぽつんと離れたところにある緑色の光を発している公衆電話が不気味だ。

「鉄道会社はここを地図に載せ忘れたんじゃないだろうか」

「早く行きましょうノリ君。お父さんは近くのスーパーで働いているはずです」

「いなかったら?」

「実家に突入です」

 マジかよ、と返事をして民家のあるほうへ歩いていった。道路の脇は川になっていて、カエルの鳴き声が聞こえる。昔見た景色を思い出してきた。たしか母さんはあまり父さんの実家に行きたがらなくて、よく俺だけ泊まりに行った。あの頃は映画館だとかゲームセンターが近くにあったけど、おそらくもう潰れているのだろう。大型のショッピングモールが来たことにより商店街が悲鳴を上げ、不況が来て全てが崩れたのだ。

「見えました。あの店です」

 前方に目を凝らす。たしかにスーパーらしき明かりがあった。そこだけ離れ小島のように光っている。近づいてもよく見えないのは、おそらく節電のために電球が減らされているからだろう。町の中に取り残された大きな幽霊。

「どうします?」

チーコと俺は少し離れたところから中の様子をうかがっていた。

「一人で行く」

「あくまでも思い出すのが目的です。それができたらすぐに戻ってきてください。話しかけたりはしないほうが……」

「わかってる。心配ない」

チーコを裏の駐車場において、俺は店内へ突入した。


品ぞろえが悪すぎる。まず店に入って俺が思ったのはそこだ。棚のあちこちに隙間ができていて商品を買う気が起きない。カートもボロボロ。店内のチープなBGMを聞きながら俺はレジのほうに目をやる。

あれか?あれなのか?一人の男がレジに立っていた。胸から下げている名札を確認する。ああ、そうなのか。生え際の後退や顔のたるみにショックを受けた。いや、もともとあんなだったような気もする。そうだ。くそう、頭が痛い。足を引きずった老人がレジに品物を出した。父さんは濁った眼で機械的な動作を繰り返す。ああ、思いだしてきた。あの感じ。プライドが高く、それを守るために様々なものから自分を離していく逃亡者の目。


父さんはど田舎の潰れかけたスーパーでレジを打っていた。間違いない。店の名前は「スーパーキテレツ」。

俺にはこういう記憶もあった。父さんが俺のために毎月まとまったお金を送ってくれていると。だがこんなところで働いて誰かに金を送れるはずがなかった。そして母親が深夜まで働いている理由を思い出した。俺を避けていたわけじゃないんだ。

俺は耐えられなくなって店を出た。嘘に入った亀裂がどんどん広がる。歩くたびにひびの入ったステンドグラスが砕けていく。落ち着くために店の外にあるじゃんけんゲームの機械に100円玉を入れた。パーのボタンを押す。機械もパーを出した。俺のかっこよかった父さん。小さなガムが一つ出てきた。引き分け。誰もいない。孤独。自分が否定されたような気持になる。これ以上ここにいる意味はなかった。俺は別に誰も怨んだりはしていない。きっと父さんにも事情があったんだ。ああでもあれは……。深く考えるな!俺はガムを捨て、スーパーを後にした。

電車は見捨てられた町を後にする。車内には誰もいない。無機質な鉄の棒に俺はよりかかっている。

「気を落とさないでください。お父さんにもいろいろあったんです。それに、記憶の全てが嘘というわけではありません。昔の優しかったお父さんは嘘じゃないですし、これからいくらでも変わるチャンスはあります…………ノリ君?」

「なんか寒くなってきた。俺は、大丈夫か?お前は誰だ?いや、僕か?わからねえ。わかんない。はは。ああ。あーあ」

 再びトンネルに差し掛かると、突然すさまじい不安感が襲いかかってきて俺はそれに飲み込まれた。今までの記憶の全てが白日の下にさらされる。空が青い、黒い。確かに俺はいじめられていた。みんなが僕を見る。怖い怖い怖い。肌がゾわゾわする。教科書を隠された。どうして?僕は誰?なんで俺だけいつも損な役回りを押し付けられるんだ。俺はただの気が狂った猿。白痴だ。髪の毛を引っ張られる。やめて!女の子たちの前で僕を泣かせないで。ここはどこなんだ?先生が何か言う。全員嘘つきだ!チーコも、ママもパパも。ママって誰だよ。あれが本当に自分の母親だっけ。いやいやそうだろ普通に考えて。普通ってなんですか?なんで僕を放っておくんだよ。忙しかったからだろ。誰だ俺は。落ちつけ落ち着け。ってこれが落ち着いてられるわけないじゃん。ははははは。俺はただのいじめられっ子で、何もない人間で、何の価値もない。何の意味もない。生きてる意味なし。いーみなーいじゃーん。へへ。自意識過剰だったなあ僕。そうだよ全部僕が作った自作自演だよ。いじめられてでもあの輪の中にいたかった。それがどうした。だってそうしないとつらかったんだもん。しょうがないよね。僕が悪いんじゃない。僕のゲームを盗んだのは誰だ。みんな死ね。死ねしねしねしね。あ、星がきれい。あ、こけた。痛い痛い痛い。そうだね。草が生えてるね。食べたい食べたい食べたい食べたいうぎゃああああああああああああああ。

「ノリ君!しっかりしてください!ああ!自我の境界が融合し始めてます!まずいです!ノリ君!ちゃんと私を見てください!ノリ君!」

 うるせえなあこのハンバーグはよお。マジで心配しなくていいって。俺は大丈夫だぜ。はっは。そうだよ。俺は正常なんだよ。狂ってるのはあいつらのほうだ。そうだよね?うんうん。間違いないっス。保障するッス。お前誰だよ。僕は僕。あーわけわかんないわかんない。葵のやつも意味わかんねえし流惣とか誰だよ。あいつら全員俺を僕を利用しようとしてただけじゃん。僕は被害者。神は加害者。うん。やってらんないね全く。え?僕は正常ですよ。この状況を正常といわずして何というんですか?先生教えてくださいよ。僕に教えて。優しく教えて。だってみんな優しくないもんなあ。僕ばっかり仲間外れでさあ。たいしたことないくせによお!ぶっ殺してやりたいわ!ああ!やっちゃいてー。葵とやっときゃよかったよあのきむすめがあああああ。

「それ以上そっちへ行ったら戻ってこられなくなります!私の声を聞いて!ああ、もう私が介入するしか……。ノリ君!私を食べるんです!口に運んで!さあ早く!さあ!……もう!子供にもほどがありますよ!いきますよ、えいっ!」

 ちくしょおおおお、みんな僕を馬鹿にしやがって。今さら私を見て、じゃねえよ。僕はずっと好きだったのに僕はみんな好きだったのに。仲良くしたかったのに。なんでなんでなんでむぐうぅ!うごご!

 ぐにゃ~と視界が歪んだかと思うとそのまま黄色くなっていって、赤や黄色の光が眼の奥で炸裂した。連続でフラッシュがたかれるように赤と黒の画面がずごいスピードで流れていって、そして俺は宇宙を見た。しかし一瞬で消える。俺はその時確かに見た。こちらに向かって手を差し伸べてくる、輝く少女の姿を――。


「ノリ君!急いで!起きて!」

 また、チーコの声だ。俺はこの声に何度救われただろう。チーコ俺はお前が好きだ。

「ああ、僕は、いや俺は、あいたた……」

 床の上に俺は横たわっていた。汗びっしょりで、なぜか全身が痛い。

「ノリ君!早くしないと駅をすぎちゃいます!」

 妙にはっきりとチーコの声が聞こえる。モノラルからステレオに。リアルから現実へ。

「チーコ?どこだ?」

 弁当は空っぽ。電車は止まっている。

「ノリさんの頭の中です!」

「うっそお」

頭をさすさす。もちろん何も変わっていない。

「起き上って下さい!帰れなくなりますよ」

 目の前のドアは開いている。だがなぜか体が重くて動けない。全身が岩になってしまったようだ。起き上ろうとしてもすぐに息が切れる。無理に起きようとすると体がバラバラになりそうだった。だるい、きつい。インフルエンザと麻疹と肺炎と全身複雑骨折が一気にきたような。

「はやく!急いで!」

 俺は叫びながら立ちあがった。足を引きずりながら前に出す。いろいろなことが頭に浮かぶが、何も考えられない。苦しい。もうすべてを諦めて、床に寝そべりたい。でもそれはできない。銀色の手すりを掴む。

「ドアが閉まります!」

 俺は走り疲れた馬のように唾液を垂らしながらさらに足を踏み出した。いけそうじゃないか?というハイな気分ともう駄目だというロウな気分が一秒間に百回くらい入れ替わる。ピィィィィィとドアが閉まる音。俺は全身を投げだす。なんとか駅のホームに転げ落ちながらたどり着いた。と同時にドアが閉まる。電車は闇の中へ消えた。

「おい坊主!大丈夫か!」

駅員が心配してやってきた。はいと言って立ち上がる。もう体は軽い。明るい駅内へ向かう。もうここは俺の町だ。


 0時をまわって、やっと家に帰りついた。体は疲れていたが、頭は妙にはっきりしている。おそらくチーコがいるせいだろう。俺はシャワーを浴びながら、もしかして今俺はチーコと風呂に入っているのだろうかなどと考えていた。

「ノリ君。いやらしいことは考えないでください」

「お前まさか俺の思考が全部読めるのか?」

「ノリ君がこんなに年下好きだったとは……」

「おい、覗くな」

 どうやら今夜は眠れそうにない。風呂から上がった俺は今後のことについて考える。

「もうこんな時間だけど、やっぱり葵に電話しといたほうがいいのかね?」

「善は急げですよ。それに明日は祝日ですし、いいんじゃないですか?」

 携帯電話を開いて葵をコールした。呼び出し音がなるがなかなか出ない。

「寝てるかな、それとも、俺とはもう話したくないとか……」

 悲しい予感に胸が苦しくなる。もう笑顔で会えることはないのだろうか。その時、ブチッと電波がつながった音が聞こえた。

「もしもし?葵?俺だけど」

 電話の向こうではブワブワと風のような音しかしない。それとかすかな息づかい。

「……はぁッ……はぁッ、ノリ?」

「ああ、夜遅くにすまん。ってジョギング中?」

 葵はゼエゼエいっている。息遣いから察するに相当な走りこみだ。

「……大変ッ……なの……はぁッ……流惣院君が、先輩たちに呼び出されて……何されるかわかんないっ……」

 その声からはただならぬ緊張感が伝わってきた。

「どうした!流惣は、あいつは今どこにいるんだ」

「わかんないっ……はあ、今探してるけど。運転手の杉本さんが、流惣院君がいなくなったっていうから、あたしクラスの人に聞いたの。そしたら、先輩から呼び出されたって、学校に泥を塗った罰を与えるとかいわれたみたいで……でもどこにいるのかわかんなくて」

「わかった。俺も探す」

「おねがい。杉本さんは学校のほうへ行った。あたしは流惣院君の家の近く探してるけど……全然いなくて……心当たり、はぁはぁ、ない?」

「……ある……かも……」

「ほんとっ?どこっ?」

「正確にはわからない。けど今から行ってみる」

「どこ?あたしにも教え……」

 俺は携帯電話を切った。

「行くぞ、チーコ!」

「はい!」


 香椎公園へ近づいた時から、すでにその暴力的な気配は伝わってきていた。

「……んじゃねえぞこらあ!」という怒声がかすかに聞こえてくる。公園を囲むフェンスが見えた。公園の入り口には数台のバイクが置いてあり、真ん中では高等部の生徒と思われる男たちが五,六人ほど集まっていた。そしてその集団に一人対峙している少し体の小さい男。あれは間違いなく流惣だ。俺は武器を持ってこなかったことを激しく後悔した。とりあえず木の陰に隠れて様子をうかがう。このまま暴力沙汰にならずに済んでくれと祈りながら。

「土下座しろ土下座ぁ!」

「俺たちの顔にまで泥塗ったんだよお前は」

「知ってんだぜ、金で学校をひっかきまわしてたこと。みんな迷惑してんだよ!」

「俺たちはみんなを代表してお前に罰を与えようってわけだ」

 ガラの悪い奴らだ。高等部は金だけで入った落ちこぼれが何人かいる。彼らこそ学校の癌であるが、彼らもまたその親の金で学校に居座っている。

「さっきから黙りやがって、ふざけてんのか?ああ?」

 俺からは流惣の後ろ姿しか見えないが、おそらくあの涼しげな顔をしているのだろう。その証拠に、なに笑ってんだこら!と髪をオールバックにしたやつがわめいている。あいつはキンの兄じゃないか!

「まるで屑だね」流惣がそう言って、不良たちを挑発する。不良たちが、やんのか?などと言いながら流惣に近づいていく。流惣は勝てる自信があるのだろうか、と思っていると、流惣はズボンの後ろポケットに手を伸ばした。

「ノリ君!ナイフですよっ!あれ!止めなくちゃ」

流惣が後ろ手に隠し持っているのはなんとナイフだった。月夜に銀の刃がきらめく。不良たちには見えていない。流惣はその細く白い手で凶器を触りながら、ゆっくり前に出る。

「君たちみたいなのには本当の痛みを教えてあげないとね」

「よう!そうだぜお前ら、中学生相手に六人がかりとは、全くクズの中の屑!鼠の口の端に残ったごみ以下だな!」

 怒鳴りながら入り口のポールをかっこよく乗り越えて、奴らの前に躍り出た。ノープランだがしょうがない。こうでもしないと公園には血の池ができるだろう。子供たちだってそれは望んでない。俺に気付いた流惣が驚きの表情を見せる。

「お前、この前消火器持ってたやつだな……」

「ノリ、なんで君がここに……」

「キンの兄貴か。おい、キンが悲しがってるぞ!馬鹿なことはやめろ!」

「この前のお返しをしてやらねえとなぁ」

「まあまて、男だったら一対一の勝負をやろうぜ。だいたい、六人で一人をいじめたって……」

 という俺の言葉はまったく意味がなく、既に戦闘態勢に入った男たちは容赦なく襲いかかってきた。

「くそ!馬鹿共が。流惣、やるしかねえぞ!」

「君は下がれ!」

 俺は拳を握り締め、その渦の中へ、真一文字に切り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ