表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界の森の王  作者: 唯愛
旅立ち~思わぬ障害~
8/38

第八話



 勉強、勉強。日々勉強。

 おかげで、言語取得力はなかなかなものだと思うのです。


 向こうの世界にいる時は、何年も勉強した英語なんてほとんどわからなかったというのに。

 人間、やる気で大分変わるものですねぇ……



 ……などと独白して現実から目をそらしてみたが、気になって無理だった。


「…………」


 目の前には、俺と大して変わらない年齢だと思われる女の子が途方にくれていた。

 ちなみに、俺も途方にくれている。


 声をかけた方がいいのか、否か。


 まずは事の顛末のおさらい。



 現在、この離れにはリッツもクィーツも不在。

 つまり、俺とロウとスイだけ。


 普段、こちら側に来るのはリッツとクィーツ。たまに、リディさんっていう女の人も付いてくる時があるくらい。

 他の人も来ることはあるけど、俺が部屋にいるときか離れから出ている時しか出入りしていないみたいで顔は合わせていないので知らない。



 まぁ、つまり俺とロウ、スイしかいない時に他の人が来ることなんてあり得なかったわけだ。

 つい今しがたまでは。


 

 俺がキッチンでおやつを作成中、入口付近が急に騒がしくなったので覗きに行ったんだ。


 そしたら、何人もの使用人服を着た人たちが、一人の女の子を無理矢理この屋敷の中に放り込んで来た。

 うん、あれは多分無理やりだと思うよ。早口の上、怒鳴り声みたいな感じだったので正確に聞き取れていないけど、お前にはぴったりの場所、とか、怖い思いをすればいい、みたいなことを言ってた感じ。


 女の子も反抗したり反論したりしてたみたいだけど、多勢に無勢。

 結局力技で屋敷の中に放り込まれ、フラついた隙に入口の扉は無情にも閉められてしまったわけだ。


 放り込まれた女の子は、しばらく扉を叩いて「出して」とか「こんなことしてどうなるか分かっているのか」とか叫んでいたけど、とうとう疲れたようで今は項垂れて扉を見つめている。



 ここで、俺の推測。


 俺、この屋敷の使用人に怖がられてるらしい。

 俺たちしかいないのを分かっていて女の子を放り込んだ……ということは、女の子は使用人にいじめられている状態。

 女の子は出たがっている……つまり、俺は怖がられている?


 さて、ここで問題。

 俺がここで声をかけるのは、どうだろう?


 答え、逃げられる、怖がられる、怯えられる、攻撃される。このどれか。



 …………ここは、気づかない振りをしたほうがこの女の子のためじゃないだろうか?



「がうぅ?」


「…………ひっ」



 そっとキッチンへ戻ろうと踵を返すと、ロウの鳴き声と、女の子の小さな悲鳴が聞こえた。


 しまった。悩んでいる間に、ロウが気になって来てしまったようだ。

 今となってはロウは俺の大事な友人であり家族であるので、怖いとか思うことはないけど。


 この世界に来る前だったらロウは見ただけで恐怖の対象だったかも。

 大きいし、凛々しい顔つきだからな。口を開ければ牙は鋭いし。

 まだ子供だけど、体格は大人と変わらないから一見しただけならそれなりに風格が漂っているようにも見える。


 余程の動物好きじゃなきゃ、女の子には怖い生き物に見えるのではないかと。



 つまり、今。

 ロウを間近で見てしまった女の子は、怖がっているのではないかと……うん。扉に体をへばりつけて、震えてるね。

 

「……あ、う……こな、来ないで……」


「がう?」


 ロウは興味深そうに女の子に近づいていく。

 俺のせいか、わりと人懐っこい奴になってしまったようだ。反省。


 近づいてきたロウに、更に怯えてしまった女の子。

 このまま見ているのもなぁ……仕方ない。


「ロウ。おいで」


「がう!」


 女の子に近づきすぎる前に、こちらへと呼び寄せる。

 俺に呼ばれたロウは若干勢い良すぎで向かってきた……嫌な予感。


「がうがうっ!」


 退屈していたらしいロウは、俺が遊んでくれると思ったのかそのまま突進。

 数メートル手前から跳躍して、そのまま俺に飛びついてきた。

 その勢いのまま、俺の体を前足で突き飛ばす。


「ぬぉわっ!? あぶな、どんな勢いだよっ!?」

 

 しかし甘いな!

 ほぼ毎日、ロウと遊んできた俺は勢いに押されて二、三歩よろめいたが倒れずに受け止めきる。

 森で鍛えた足腰の強度を舐めんなよっ!!


「ロウ、遊ぶのはちょっと待ってな」


 がしがしっと首周りを撫で、少しだけ大人しくしていてもらう。


「がう~」


 不満そうにしつつも、俺の意思を汲み取ってその場に座り込むロウ。

 うん、えらいえらい。


 さて、と。

 女の子の方へ視線を向けると、震えた手を胸の前で組み、けれど気丈にこちらを見つめていた。


 できるだけ優しく、穏やかに、怖がらせないようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「大丈夫?」


 びくり、としたけどそれ以上の反応はない。


「この子、怖くない。大丈夫、いい子。俺、怖くない。言葉、よくわからない、それだけ。大丈夫、怖くない」


「…………」


 まだこちらを警戒しているようだったけど、怯えがマシになったような気がする。

 よしよし。


「フェーレ、恩人。好き。だから、フェーレ、困る。俺、しない。君、傷つける、しない」


 こんなもの、かな?

 震えは止まったみたいだし。


 俺は出来るだけ爽やかに見えるように笑いかけてからキッチンへと戻った。

 下手に招くと怯えられて逆効果になろうような気がしたからだ。


 落ち着けば向こうから来るかもしれないし、どうにかしてこの屋敷から出るかもしれないし。


 俺が勝手に出たりしないように、一応入口には鍵がかけられる。

 それでもまぁ、監禁されているわけでもないので窓とかは普通に空くしどうとでも出られる。ずっと閉じ込められているわけではなく、たまに外出したりもしているからいちいち出ようと思ったことはないけどね。


「がう!」


 美味しそうな匂いにたまらなくなったのか、ロウが俺の足元をはしゃぐようにしてぐるぐる回る。


「はいはい、もう出来るよ」


 この前、リッツと一緒に街へ出たときに買ったドーナツみたいなのを今作っている。

 外はカリっと、中はふわっと。

 街で売ってたやつは、砂糖がかかってたんだけど俺はそのままのほうが好きなんだよね。

 だから市販のじゃなくて、わざわざ作ってみているわけなんだけど。


「はい、出来上がりっと。あ、こら。ロウ、まだ熱いから待てって」


「がぅ~……」


「ちょっとだけだって。ちゃんと食べさせてやるから」


 そんな恨みがましい目で見るなよぉ~、火傷したらどうするんだ。


「きゅきゅっ!」


「あ! こら、スイ!!」


 どこから沸いてきたのかというタイミングでスイがドーナツ(仮)に齧り付いた。


「きゅっ!?」


 しかし、出来たてあつあつ。

 熱すぎたのか、ぴょんっと体を跳ねさせると、俺に抗議のつもりかカマイタチを見舞ってきた。

 鋭い風の刃が襲いかかってくるものの、かなり威力は弱めているらしくチリッと痛む程度で傷すらも残さない。それでも、勝手に食べて勝手に熱くて驚いただけだというのに、いきなり俺に攻撃してくるとは……


「ス~イ~? てめぇ、何しやがるっ!? つーか、勝手に食べるんじゃない!」


「くきゅ!? きゅきゅ!」


 ぴょーんっと上手いこと俺の手から逃れるように跳ぶと、ドーナツ(仮)を口に咥えたまま逃走した。

 あんにゃろう、と悔しさに拳を握りしめていると。


「がう」


 ぱくり、と。

 ロウまで食べやがった。


「あっ!?」


「がふ、はふ、がう」


 ばくばくばくっと。

 ちょっと熱そうにしつつも、上手いこと冷ましながら食べている。


「……まったく、もう」


 これで、きちんと食事の時は大人しくしているのだからタチの悪い。

 もういいや、俺も食べよっと。


 怒る気力もなくなり、俺の分のおやつをテーブルへと持って行く、と。


「あ」


「……っ!?」


 さっきの女の子が覗き込んでいた。


 目が合って思い切り後ずさりされたけど、俺はめげないもん。


「おやつ、一緒、食べる?」


 手に持っていたおやつの乗った皿を見えるように上げながら言う。

 女の子は戸惑っている。


「お茶は? 飲む? 俺、お茶いれる、出来る。座る?」


「……いい」


 おっと、首を横に振られた。

 誘いを断られてしまったよ……まぁ、仕方ないか。あんまり強引にしてもだめだし、いい言葉は思いつかないし。お茶入れてこようっと。


 お茶の用意をしていると、おやつを食べ終えたロウが興味深そうに女の子をじっと見ていた。

 さっきみたいに近づいたりはしない。

 ん~……確かにロウって怖いけど、こう、触ってみたいっていう感じだよなぁ。女の子も怖くないってわかると触りたくなる、かなぁ?

 クィーツなんか、無言でずっとロウをわしわしと撫でてるもんな。


「んっと。なかなかいい感じ、かな?」


 茶葉にお湯を注いで、蒸し時間。

 この時、どれくらい蒸すかで味が全然変わってしまう。手早く飲みたい俺としては、ちょっと面倒なお茶だ。


 一応、コップ二つにお茶を入れてみた。

 飲むかどうかはわからないけど、礼儀としてというか。


「お茶、入れた。座る?」


 俺が席に着いたのを見ると、


「……」


 黙ったままであったが、おずおずっと近づいてくる。

 手負いの獣に餌付けしている時と似ていて、ちょっと微笑ましい。


「俺、シン。君は?」


「…………メリサ」


「メリサ? メリサ。よろしく。こんにちは」


「……うん、こんにちは」


 おぉ、ちゃんと会話になってきた。


「がうっ」


 気になったのか、ロウは俺の下までやってくる。

 ん、自分も紹介しろってことかな?


「メリサ、この子、ロウ。いい子。怖くない。触る?」


「う」


 じっとメリサの目がロウを捉える。

 恐怖と好奇心が入り混じったような表情。


「ふふ。怖い? ロウ、子供。撫でられるの、好き。でも、体、大人。力、強い。だから、慣れたら、撫でる、してあげて?」


「う、うん。慣れたら、ね」


 じぃーっとロウを見ている間に、俺はおやつを口に放り込む。

 大分冷めてきてたけど、まぁ中はほどよくふわっと温かい。素人にしてはなかなかいい出来。


 ずずっとお茶を飲む。

 緑茶じゃないので音を立てて飲むのは行儀が悪いのかもしれないが、熱いのでそうなってしまう。

 俺は猫舌なのだ。


 さて。

 思わず招き入れてしまったが、言葉が不自由な上、女の子と話すことなんて何も思いつかない。

 前の世界で女の子とはどんな会話をしてたっけ?


「……あなたは、人なの?」


 うん?

 今、俺のことを人なのかって聞いた?

 聞き間違いでなく?


 それはどういう……って、そっか。もしかして見た目、かな?


「俺、人。みんな、色、違う。けど、人、一緒」


 向こうの世界と同じような原理で、肌の色が違うのかどうかは分からないからなぁ。

 黒髪の人とか黒目の人は何人かいた。

 ちなみにメリサは黒髪に青い瞳をしていた。


「……クロイド、なの?」


「くろいど?」


 なにそれ?


「……クロイドを知らないの? デロイドは?」


 はい?

 くろいど、に、でろいど。黒井戸? でろ井戸? んなわけないか。むむぅ、知らない単語が出てきたぞっと。


「本当に、言葉がわからないのね……どこから、来たの?」


 どこから。

 地球から。日本から。そう答えても、きっとわからないだろう。

 ずっとずっと、遠くから来た。

 そう答えそうになって、けど……俺はその言葉を飲み込んだ。それはきっと彼女の欲しい答えじゃないだろう。


 ここにいる間に、少し考えたことがある。


 バカ正直に本当のことを話すことだけがいい方向に進むとは思わない。

 元の世界に帰りたいと思ったのは一度や二度ではない。

 けれど、外に出て帰る方法を探そうとは思わなかった。


 思ったのは、森のこと。


 薄情かもしれないけれど、今の俺の帰る場所はあの森なのだ。


 だから、彼女にはこう答える。


「……森から来た。俺、ロウ、スイ。森の民」


「森の民?」


「森を助ける、だから旅する。人の街、行く。森を助ける、方法探す」


「……森を助けるために、森からデロイドの街に来たの?」


 でろいどの街?

 あ、さっきのくろいど、とか、でろいど、ってのは町の名前だったのかな。


「でろいどの街? ここ? なら、そう」


 頷くとメリサは驚いた顔をした。

 あれ?

 なんかマズイこと言ったかな?


「メリサ?」


 俺が呼ぶと、はっとしたような顔をして……しゅんっとした。

 えぇ?

 ごめん、なんでそうなるのかわからないよ?


「えっと……シン? あのね、私……ごめんね」


「ごめん?」


 えっと、謝罪されてる?

 ますます分からない。


「がう?」


 メリサがしゅんっとしたのが俺のせいかと思ったのか、俺を嗜めるように鳴くロウ。

 いやいや、誤解だよ?

 

「あのね……」


 更に何かを言おうとしたけど、入口の方から勢いよく扉が開いた音がした。

 焦っているらしく、バタバタとした音が聞こえる。女の人の走り方だな。誰かを探しているような声も聞こえた。


 もしかして、メリサを探しに来たのかな?

 随分慌ててるふうだったので、ちょっと風を操って扉を開いてみた。


「どうしたのー?」


 気づいた客人、もとい、メリサを探しに来たであろう人はリディで、俺に気づくと慌ててやってきた。


「シン! ここに……っと、メリサ!?」


 で、俺のすぐ近くにいたメリサにも気づく。


「リディさん……あの、私……」


「メリサ! よかった、心配したのよ。大丈夫なの?」


 息を切らしながらもメリサに駆け寄り、怪我がないか確かめるように頬を撫で、手を握る。

 メリサは申し訳ないような、けれど心配されたのが嬉しいような複雑な表情。


「リディ、お茶飲む?」


「え? えぇっと……」


「お茶入れる、うまくなった。メリサ、まだ飲んでない。新しいの入れる、任せて」


 リディはちょっと落ち着かせたほうがいいだろうし、俺はお邪魔っぽいのでそう言ってそそくさとその場をあとにする。


「ロウ、おいで」


「がう」



シン達は、お許しがあれば裏庭を使用可能です。ロウは犬ではないのですが、散歩は好きですので頻繁に外には出てたりする。

街に出るときは、シンはフード付きの上着を来て肌の色を隠すようにしています。デロイドの街でもクロイドが皆無というわけではないのでそこまで神経質にならなくてもよかったりするのですが、リッツ達はわりと過保護です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ