第三十話
途中で久々の他者視点が入りますよ、と。
青い海、青い空、そして青い魚。
今日も異世界は異世界です。
なんてね。
思わず現実逃避をしてしまった。
「…………なんていうか、ロマンはままならないね」
目の前でピチピチと跳ねる青い魚……いや、正確には青い魚人。メス。
想像していた人魚は人の上半身に魚な下半身だったけど、目の前の彼女はむしろ人型の魚?
あぁ、上手く説明できない。人が魚の全身タイツを着込んだ、みたいな?
確かに首はあるし、手は水かきが付いてるけど五本指で足は二本だけど魚だ。
それが網にかかってピチピチしてる。
衝撃なことに、食用らしいです。ちょっとうぇってなりました。ごめんなさい。
「内陸の人は、苦手な人が多いんですよね。だから、基本的には船乗りの食事になります」
とは、顔を真っ青にしていた俺に気を使ってくれた船員さんのお言葉。
見た目は少し人に似ているということだが、知能は驚く程低く、そして身は魚そのものなのだとか。なんだい、それ。
話をちゃんと聞くと、人魚は別にいるらしい。
青い魚さんは魚人ではなく、アオウマメシという名前だそうだ。そのネーミングセンスに物申すものはいなかったのかと突っ込みたかった。
そんな感じで、驚きはあるものの順調な船旅はすでに八日目。
出される食事は調理されているものなので気にしないことにした。深く考えるの、ヨクナイ。
心配していた船酔いも特になく、のんびりとした快適なものだ。ロウはちょっと不安そうにしているけど、具合が悪くなるってほどじゃない。
「よぉ、シン。暇なら手合わせしねぇか?」
外で風にあたって寛いでいたら、グラレルに見つかった。
どうやら街道を走っていたときはともかく、船の上ではどうしようもないらしく暇を持て余しているらしい。たまにこういった誘いをグラレルやラッセンから受ける。
俺もじっとしてても暇なので、軽く請け負うことにした。
船上は広く、またグラレルのような連中は結構多いらしいので鍛錬できるように広く動ける場所がある。
ただ、真剣を使うと船を傷つけてしまったりするのでいつもの鎖斧じゃないもので相対することになってしまうので俺は不利なのだが。
「よっし、はじめるぞ」
「いつでもどうぞ」
なのでやるのは武器なしの体術戦。いつでも武器が手元にあるとは限らないし、やっておいて損はない。
グラレルは体格もいいのでいい練習になるんだよね。
日に日にロウはでかくなるので、力もつけたいお年頃です。
合図も特になく、グラレルが先に飛び出す。
正面から襲ってくる熊みたいだ。地味に怖い。振り上げられた右腕、避けようとバックステップ……の途中で、パンチはフェイントと気づく。すでに回し蹴りの体制に入っているグラレル。避けるか受け止めるか、俺は避けを選択してしゃがみこむと同時に軸足を払う。
「ぬっ!?」
やや体制が崩れたものの踏みとどまり、上から肘鉄をもらいそうになる。
咄嗟に手のひらで受け止め払い、手首を掴んで捻り返す。普通なら弾こうとしたり踏みとどまろうとして痛い思いをすることになるんだけど、グラレルは体ごとひねりつつ蹴りを入れてきたので仕方なく手を離した。やりにくい。
間をおかずにジョブジョブストレートの三連発が襲ってくるものの、それは軽く避ける。
グラレルは打撃技が多いな。攻撃が読みやすい、かと思えばフェイントをかけてくるから油断できないけど。
大して俺は力に自信がないので、ちまちました攻撃が多い。一応、学校で柔道も習ったし友人とプロレスごっこもしたから関節技とかも出来る。極まるかは置いておいて。
何度も当たるんだけどガードされていてダメージにはならない。
俺の方はほとんど避けてる。いや、ガードしてもグラレルの攻撃が痛いんだよね。
対人戦はリッツとクィーツにしっかり教えてもらった。
相手を倒す戦い、相手を制する戦い、相手から逃げる戦い。相手と状況によって戦法も変わる。
今は命がかかっていないので正攻法。
正面からバカ正直に拳を繰り出す。簡単によけられ、顔面に向かってカンウンターパンチが迫ってくるが顔を反らすだけの最小限の動きで避けながら更に踏み込み、もう一発。
脇腹に拳が入ったが、腹筋がすごくてこっちの拳の方が痛いんじゃないかと思う。
ダメージも期待薄、と。なら……
「しっ!」
そのまま足を突き上げ、踵をグラレルの顎に直撃させる。
「ぐっ!?」
流石の反応。直撃したけど自ら上向くことで威力を消した、か?
一瞬体制を崩したものの、すぐに立て直し。
「なんのー!!」
「げ」
蹴り上げた方の足首を掴まれ、そのまま上に持ち上げられる。大人と子供のごっこ遊びのように軽々俺の体は持ち上がり、そのまま下へと叩きつけられてしまった。
「いって……っと。降参降参!」
背中を打ち付け痛みに泣きそうになる。さらに追い討ちをかけようと上から降ってくる拳に、慌てて降参の声を上げた。
顔面ギリギリで拳が止まる。俺の心臓も止まりそうだよ。
「俺の勝ちか」
「そうです。で、俺の負けです」
拳を引き嬉しそうに口角を上げるグラレル。
俺は負けたけど、あまり悔しくはない。多少は悔しいんだけどね。でも、この世界に来る前の俺の実力がなぁ……負けたことより、俺って成長したなぁという気持ちの方が大きくて。
「やっぱ惜しいな。仲間になんの、本気で考えねぇ?」
「やりたいことがあるんだってば。それに探索者とか俺には向いてないって何度も言ってるじゃないですか」
俺のセリフにくつくつと笑うグラレル。
断られるのが分かっていて言うのだ、この人は。
しばらく倒れたまま潮風を楽しむことにした俺に気づいたのか、彼は近くの木箱に腰を下ろした。
空の色はよく知るものと似ているけれど、果たしてどうであっただろう。違いすぎるものには違和感があるけど、もう小さな違いは思い出せない。
こんな風に少しづつ忘れていってしまうんだろう。この世界のことのほうが当たり前になるのだろう。
「どうした、家が恋しくなったか?」
大人しく空を見上げていることに何かを感じたのか、そんな言葉が落とされる。
視線は空に向けたまま、俺は「少しね」と素直に答えた。
家が恋しい、家族が恋しい、友達が恋しい、あの世界が恋しい。
こんなにも恋しいと思うもののあるあの場所で、俺は幸せだったのだと実感する。だからこそ、どうか……あの平穏が続けばいいと願う。俺がいなくなったあとでも。
◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇
先日、ラッセン達が崖に落ちた時。
スイと呼ばれている小動物が持ってきたシンのプレートに刻まれた身元保証人の名は聞き覚えのあるものだった。
フェーレ=ラ=クロイツ。バルレイク近辺の領主であり、シーディア公国貴族及び国の特務魔術師でもあるデロイドの重要人物だ。プレートを確認したのは俺とヴィルだけ。あまりにも予想外すぎる大物の名前にこの話題に触れることすら躊躇わせた。
シンとどういう繋がりがあるのか……
ぼーっと空を見上げて倒れているシンは、はっきり言って変わった奴だという印象だ。
クロイドであるということはこの際置いておいて尚変わっていると思う。
先ほどの手合わせもそうだ。
それなりに強い。
だが、温い。手を抜いているとか手加減しているというわけでもない。やる気がないわけではない。
意識の切り替えが出来ていない、とでも言うのか。
試合と死合では実力が変わるタイプ。
強い力を欲しているようには見えない。気迫も感じない。
それなのに、妙な違和感が残る。
これはただの勘だ。
だが、いざってときにはこの勘が命を救ってきたからこその無視できない違和感。
ロウとスイにも絶対に敵対してはならないと感じる事がある。
そんなシンと、デロイドの重要人物の接点とはなんだろうか。
身元保証人というものにその名が記されていたということは直属の部下かそれに近い何かと考えるのが妥当。だが、クロイドを?
少し迷って、大きく息をつく。
取りあえず聞いてみればいいのだ。こそこそ勘ぐるのは性に合わない。
「なぁ。お前のプレートに書かれてた名前の奴ってさ」
「ん~?」
のんびりとした相槌。
はぐらかすか嘘をつくのか。それとも、正直に話すのか。
「お前の身元保証人……」
そこまで言って、続けるのをためらった。
なんて聞けばいい?
しかし、俺の葛藤をよそにシンは上体を起こして俺に目を向ける。
「あぁ、これの?」
首から下げたプレートに指をかけ首をかしげる。
俺は頷いた。
「なんか、何に役立つかわかんないからってくれたんだよ。役立つことがあれば使いなさいって。フェーレはちょっと過保護なんだ」
なんだって?
か、軽くないか?
役に立つかわからないからくれた?
身元保証人だぞ。何かあったら身元保証人が責任を取らされる場合だってあるんだぞ。それなのに……過保護とか、どういうことだ。
あ、俺今混乱してるわ。
「ちょっと確認なんだけど」
「うん」
「フェーレ=ラ=クロイツが何者か、知ってるよな?」
恐る恐る尋ねる俺、対するシンはきょとんとした。
おいおいおい、まじか。まさか、知らないのか?
「えーっと、バルレイクの領主? あと、国の魔術師だっけ?」
随分とアバウトな回答ではあるが一応知っていたか。
だが、そうなるとますますどういう繋がりかわかんなくなるな。
「親しいのか?」
「んー、どうだろ? 俺はそう思ってるけど……フェーレはさ、迷子の俺を拾ってしばらく面倒見てくれてたんだよ。まぁ、フェーレの周りにいた多くの人は俺のこと嫌ってたみたいでさ。それで、わざわざみんなとは違う別館っていうか、別の建物で面倒見てもらったんだよ。そこならロウとスイも自由にさせてくれたし、俺はのんびり出来てた。フェーレ以外にも俺のこと面倒見てくれる人もいたしな」
「そうか……」
「実を言うと、俺の体術とかってフェーレの護衛やってる人に教えてもらったんだ」
「フェーレ=ラ=クロイツの護衛にだとっ!?」
「うん、まぁ。いろいろ教えてもらった」
へへへっと笑う様は子供のようだ。
見た目は実年齢よりもずっと若く、幼いとも言える。こういう表情は特にだ。
それだけに庇護欲をそそるというかなんというか。放っておけない気になるんだよなぁ。
「なるほどねぇ。だが、お前。フェーレ=ラ=クロイツはシーディア大陸でなくとも結構な有名人だ。いざってときはその名前を使えばいいが、それ以外の時はあんまり軽々しくその名前を出さないほうがいい」
「……そうなんだ?」
…………こいつ、ホント大丈夫かよ?
マジで一応何者か知ってるって程度なのな。護衛の奴、何でちゃんと教えておかねぇんだよ?
「まぁ貴族で領主ってだけでも普通の人間よりゃ知名度は高ぇけどな。フェーレ=ラ=クロイツは更に特務魔術師って称号を持ってる。ちなみに聞くが、特務魔術師が何か知ってるか?」
「…………立場的に領主だから王都常駐出来ないけど国の魔術師でもあるってこと、だっけ?」
なんだ、その雑な回答は。
間違っちゃいないが正しいとも言い難い。中途半端に教えて旅に出させるなよっ!!
頭を抱えた俺にシンがおろおろする。
深くため息をついたのは、まぁ、仕方ないだろ?
「簡単に言うなら、だ。特務魔術師は現在五名存在するが、その五人がシーディア公国にいる魔術師たちの頂点だ。国としては特例措置をとって本人たちにかなりの自由を与えてでも、国の所属にさせときたい連中ってことだ」
「ふむふむ……?」
あ、こいつ今イチわかってぇねな?
「で、フェーレ=ラ=クロイツは三番目とされている。要は、国で三番目に強い魔術師だってことだよ」
「へぇ~、フェーレってすげぇんだ?」
感動が薄い上に事の重大さがわかってねぇっ!?
「すごいんだよ、めちゃくちゃすごいんだよ、本来はっ!! クロイドルスにも特務魔術師は恐れられてるくらいなんだからな」
またもや「へぇ~」という、力の抜けるような感嘆の声。
本当にわかってんのか? いや、わかってねぇよな、絶対……
「とにかく。他国にも畏怖されるような存在ではあるが、逆によからぬ事を企む奴がお前とフェーレ=ラ=クロイツが知り合いだということを利用する可能性もあるから。あんまりペラペラしゃべならないほうがいい」
「そっかぁ。そういうきけんもあるんだな。うん、わかった。気をつけるよ」
…………軽いわっ!!
本っ当に気をつけろよ、マジで!!
グラレルさんは面倒見がいいというか、構いたがり。苦労人。独身(笑)
個人的には好きなキャラだからか、でしゃばってくるよ




