第二十九話
「ただい……ま?」
「っ……シーーーンーーー!!」
宿に戻ったら、青ざめたヴィルに両肩をがしっと掴まれがんがん揺すられました。
いや、ナニこの状況!?
「シン! おま……なに一人でふらっと外出てんの!? ここはまだ諸島じゃないんだぞ、自分がクロイドって忘れたの!?」
「いや、まぁ忘れてたのは忘れてたけど」
「そんなこったろうと思ったよ!!」
いやぁ、そんな涙目になられても……ってか、この状況はつまり俺を心配してたってことなのかな?
「どうやら本当に友人のようだな」
宿屋に入ってわりとすぐにヴィルがやって来たため、まだ入口近辺にいたレナさんがほっとしたように言った。
もしかして悪い人だと怪しまれていたのか?
ヴィルが突然の登場を果たした彼女を見て小声で聞いてくる。
「……だれだ?」
「レナさんといって、ちょっとガラの悪い人に絡まれてたところを助けてもらって街も案内してくれたりしました」
「……ガラの悪い人に絡まれたぁ?」
「あぁ。この街にいる奴隷商共にな。逃げた奴隷と思われて連行されそうになっていたぞ」
あ。わざとガラの悪い人なんてぼかしたのに!
「はぁ!? シン、お前大丈夫だったのか!?」
「ちゃんとここにいるでしょ? 大丈夫だよ」
そう言ったのにヴィルは渋い顔をした。
まあ……俺もそこまで馬鹿じゃないからね。言いたいことはわかるよ。
「大丈夫だって、ヴィル。こういっちゃ何だけど、俺はヴィルよりも強いよ?」
「そうかもしれねぇけど……けどだな!」
「うん。心配かけてごめん。ちゃんと声かけてでるべきだった。反省してる。あと、心配してくれてありがとう」
なんかずっと心配かけてる気がするな。
でも、改めてやはり嬉しい。いい人にばかり出会っている気がする。
「お、おう……なんにもないのなら別にいいんだがよ。あーっと、レナさん、だったか? いろいろ良くしてもらったらしくてどうも」
発言が完全に俺の保護者になってるよ、ヴィル。
おっかしいなぁ。
俺、そんなに童顔じゃないのに。子供っぽく振舞ってるつもりもないのに。
「構わん。聞けば諸島に行くという。私もだ、船でも宜しくしてくれればいい。では私も一度戻ろう。また後でな」
レナさんはそう言って颯爽と出ていく。
最後までクールだったな。後で船で会うからというのもあるんだろうけど。
「がう!」
「ロウ。お前も心配してた?」
「がうがう」
「うん、平気平気。ん? もしかして置いていったの怒ってるの? う~ん、でもさ、街中だからさ。ごめんって」
飛びかかってきたロウを撫で回し会話。
本当は何を言ってるのかわかんないから、全然違うこと言ってる可能性もあるんだけど、それはまぁ仕方なしとして。
先にお昼ご飯を食べてから船に乗るらしい。
そういえば船酔いとか……俺、大丈夫かな?
フェリーくらいにしか乗ったことないぞ?
……食べ過ぎない程度にしておこう。馬車とか大丈夫だったから、船も大丈夫だと思いたい。
「あれ、シン帰ってきてたんだ?」
荷物をまとめて、宿の食堂に行くとさっきはいなかったラッセンがいた。
どうやらラッセン達も町に出ていたようだ。
「うん。無事に戻って来れたよ」
「あー……もしかして面倒な奴に絡まれた?」
「まあ。親切な人に助けてもらったから事なきを得たよ。ラッセンは何か買い物してきたの?」
「俺はどっちかっつーと荷物持ちだよ。女には逆らわない方が世の中は平和なんだそーだ」
なるほど。
覚えておくようにしよう。
俺が苦笑したと同時に食堂にファーラが顔を出したので慌てて笑を引っ込める。
「あれー? シン、無事に戻ってきたんだ?」
「……何だかその言い方だと、無事に戻ってきちゃダメだったみたいに聞こえるんだけど?」
「そう?」
王都にいた時はクロイドであることはそれほど重要じゃなかったような気がするんだけどな。田舎の方が偏見が強いっていうやつか?
でも、この街は港町。
諸島やクロイドルスから人が良く来るだろうに……
ちょうどヴィルも戻ってきたのでそのことを聞いてみると、ある事実が判明した。とういうか、公然の秘密とでも言うか……つまり常識でもある。
王都でもそうだったが、基本的にこの大陸にいるクロイドは二種類。
権力者か奴隷だ。
身なりがよかったり護衛を連れていたりするクロイドは権力者。
その他は大抵が奴隷という認識であり、この町は仕入れた奴隷が届く町でもある。
……この町では、奴隷の方が見る機会が多いのだという。
そして、脱走する奴隷も少ないがいることはいる。身なりがあまりよくなければ、イコール奴隷と思われるのが普通なのだ。
船に乗ってしまえば一安心……というわけにもいかないならしい。
大丈夫だとは思うが、稀に諸島を経由地点としてのクロイドルス直便がある。奴隷は大抵この便に乗せられていて、諸島で降りることは叶わない。仮にこの便に乗ってしまえば、そのまま奴隷堕ち決定である。また、その逆もある。デロイドがクロイドに捕まったらそれは奴隷堕ち決定にもなりかねない。
……嫌な世界である。
クロイドもデロイドも平等である諸島だが、若者は都会や夢に憧れそれぞれの大陸に向かうものが多いという。力なくその大陸に埋まる者、力を得てその大陸で驕る者。様々な理由はあるだろうが戻ってこないものも少なくはない。
安住を求めて来る者と出ていくものはそれなりに拮抗していて人口の増加はあまりないのが実情らしい。
かくゆう俺も諸島に留まるつもりがないだが。
昼過ぎに商会の人達に連れられて船に向かう。
現代のような旅船には及ばないものの、それなりに立派な中型船だ。
そして、午前中に街中を移動している時にもちらっと見たけど、海だ。
俺の知ってる海よりもずっと青いなぁー
リゾートの海みたいに透明度が高い。あぁ、こういう場所なら人魚とか出ても不思議はないかも。
「シンは海を見るのは初めてか?」
「うん。なんか、壮大だね」
本当は初めてではないのだが、自分の経歴を考えると初めてでないとおかしい。それに、この世界の海という意味では初めてだ。屁理屈だろうけど、完全な嘘じゃない。
それにしても、本当に綺麗な海だな。
「今は穏やかだが、嵐の時の海は怖いぞ。気をつけろよ」
泳ぎはあまり得意ではないので、神妙に頷いておく。
海に落ちたらロウは助けに来てくれそうだけど、スイは上空から俺を馬鹿にしそうだな。
「さて、乗り込むか。船の揺れは最初気になるかもしれねぇが、そのうち慣れるさ」
ぽんっと肩をたたいて船に乗るよう促してくるヴィル。
頷いてからロウを連れて乗船する。
俺たちが乗り込んでまもなく、早速出航のようだ。見送り人もいないし、あっさりとしたものである。
確かに揺れるけど、それほど気にならない程度の揺れだ。
これくらいなら酔わずに済む……かな?
まずは割り当てられた各人の部屋に案内されるようだ。
にしても、この世界の技術はよくわからないなぁ。船内に入る手前に晶石が置いてあり、それに魔力を当てると案内図が出る仕組みになっている。
まずはそこで自分の部屋を確認。
あと、食事は船内の食堂があるそうなのだが、ひとり一日三食とおやつ一食までと制限がある。
食事は食堂で受け取る仕様なのだが、その際に部屋のキーを差し出すと何回目の食事かなどがわかる仕様であるらしい。面倒ではあるが、規則には従わなくてはならないだろう。
長旅での食料問題はいろいろあるんだな。
ちなみに部屋のキーは海に落としたり失くしたりしないよう、腕輪として装着可能だ。
ちょっと銭湯のロッカーキーみたいだな、なんて思ったりもしたがあれよりもよほど頑丈で見目もいい。
船上から離れていく陸を見る。
あっという間に小さくなっていく陸地。風の魔法のおかげなのか、かなりのスピードで進んでいた。
「…………」
リョクの森から随分と離れたところまで来たな。
「がうぅ?」
じっと遠くを見つめていたことに何か感じたのか、ロウが足元に擦り寄る。
長年、リョクですらどうすることも出来なかった。もちろん、動けなかったという最大の理由はあるけれど……俺が動いたからって何かが解決すると決まっているわけではないけれど。たとえ、何もわからなくても、変わらなくとも。
「大丈夫……俺には、ロウとスイがいてくれるから」
ロウをゆっくりと撫でながら、このぬくもりに安堵する。
今までいた大陸、シーディア大陸っていうんだよ。クロイドルス大陸の名前は結構出てたけど、シーディア大陸はほとんど単語として出てないから作者もすっかり忘れていました←
ちなみに諸島の正式名称はメルトル諸島、らしいっす




