第二十四話
そろそろ日が暮れる。
街道はまだ先で、木々が多いこの辺りを動き回るのにはそろそろ限界が近い。
別に夜は歩いてはいけないってわけじゃない。
ただ、あまり慣れていない人にはお勧めできないのだ。
「……今日はもう休もうか?」
辺りは既に薄暗く、足元もよく見えなくなってきている。
木の根に足を引っ掛けたり、夜行性の小さな生き物を警戒してそう声をかけた。
休むのに丁度いい場所に出たというのも理由の一つだ。
木と木の間が少し大きく開いていて、倒木がひとつ。腰掛けるにはいい。
「……そうだな。無理して動くのも良くねぇか」
ラッセンも本心は足を止めたくはないだろう。
慣れない場所で野営など不安に苛まれるというものだ。ただ、やはり夜に動く危険性も知っている。
サステナさんは口を挟まない。
商売に関してならばともかく、こういったことについては完全に俺たち二人にお任せという状態だ。
内心は相当怖い思いをしているだろうに、年長者という矜持かどうかはわからないができる限り騒がず静かにしている。
「どうする? 火はおこしたほうがいいか?」
「そうだね。その方がまだ安全かも」
最果ての森では火を怖がるやつって少なかったので、俺はあんまり焚き火みたいなのはしなかったな。
普通獣って火を怖がると思ってたのに、魔法万歳なこの世界の獣は実際のところどうなんだろうね?
もっとも、人は灯りがあると安心するだろうし、暖も取れるからやっといて損はないだろう。
薪がわりに枝をひょいひょいっと拾い上げ、倒木の近くに集めていく。
「ラッセンは魔術使えるの?」
「あんまり。体からちょっとバチッとやるくらいなら出来るんだけど、放れるとダメなんだ。剣に雷を纏わせたりってことはするくらい」
「ふーん。ちなみにサステナさんは?」
「いえ、私にはそういう力は全くなくて」
あ。落ち込んでしまった。
「そっかぁー、じゃ、俺が火をつける係りだね」
「え?」
「えーっと……確か、一番簡単なのは……炎弾?」
集めた薪に火を放つ。
一番簡単なはずの火の玉は薪の中に突っ込み、やがてゆっくりと燃え上がってきた。
「よし、成功!」
「おぉっ!?」
「うわぁっ!?」
俺の満足気な声と同時、二人の驚きの声。
「バッ・・・・・・おま、いきなり魔術で火を起こすとか……っ!?」
「え?」
あれ?
もしかしてまずかったですか?
「せめて一言ほしかったです」
驚いたのか胸を手で抑えるサステナさん。
まさかそんなに驚かれるとは……なんでだ?
不思議そうな顔でもしていたのか、ラッセンが大きくため息をついてから説明してくれた。
なんとなくラッセンに呆れられているというのは腑に落ちないけども。
「あのな、魔術なんて威力の高いもんぶっ放なして周りに被害が及んだらどうするよ?」
「あー……」
そりゃ威力は小さくすればいいとか言いそうになったのを飲み込む。
俺はライターの火みたいなのから家一件くらい燃やせそうな規模の火まで威力調節はお手の物だ。だけど、拳大からサッカーボールくらいまでの大きさの火の玉を生み出す魔術が一般に炎弾と呼ばれる。そう決まってしまっているのだ。
火種になる程度の火だけを、という発想はあまりないということになる。
「ちょっとコツがあって、上手くできる自信はあったんだ。でも、驚かせたのは謝るよ。ごめん」
やばいな。
どんどん化けの皮が剥がれていく。
もうちょっとしっかり魔術を勉強すればよかったかなー
「まだ視界良好のうちに食べれるものでも採ってくるよ。ラッセンはサステナさんと火をよろしく」
「あぁ……そだな。頼む」
おや、素直。
それなりに信頼されていると思ってもいいのかな?
近くから果物や食べれる野草を採取、途中水筒に魔術で出した水をこっそり足してから戻る。
ロウには小型の獣を三匹と蛇を一匹狩ってきてもらった。
基本的に動物は好きな方であったが、所詮自分の命は惜しい。
最初は抵抗もあったが、今や普通に生きるための狩りに躊躇いはない。
獣から鳥類・爬虫類・昆虫類となんでも御座れだ。いや、ホント俺は逞しくなったな……
持って帰ればラッセンが雑ではあるけど肉を切り分けて焼いてくれた。
ちなみに切り分ける際は血の匂いがするので場所を移動する。これは鉄則。
サステナさんは肉の臭みが気になったようなので、香草と一緒に食べるように勧める。それでもやはり苦手なようで、あまり食べなかった。精神的な疲労もあってのことだろうけど、体力を考えるとなぁ……
まぁ、余った分は明日用にするか。
一応香草と一緒に草にくるんで、匂いがあまりしないようにはしておくけど……鼻の利くヤツもいるからなぁ。
出来れば食べきってしまったほうがいいんだけど……捨てるわけにも、ね。
火の番は俺とラッセンが交代ですることになった。
サステナさんもするとは言ってくれたんだけど、慣れないうちは精神的に辛いだろうと思ったので断った。それに、彼では異常を感じるのは難しそうだという理由もある。
もっとも危険な気配がすればロウも起きるだろうけどね。
先にラッセンが休み、途中で交代だ。
どうせ暇になるので、ご飯を食べ終えたあと近くを散策して薬草を採取しておいた。ゆっくりと薬でも調合しておこうと思う。
火の番なんて実を言うとすごく新鮮だ。
調合に集中しすぎて薪をくべるのをうっかり忘れそうだなぁ。
最近、すっかり魔法が便利で気を抜きすぎてるんだろうか……うっかり寝ちゃわないようにだけ最低限頑張ろうっと。