第二十三話
「たーびーはぁ道連れー、世ぉーは情け~」
「なんだ、その歌?」
おっと。
うっかり声に出して歌っていたらしい。ラッセンに突っ込まれてしまった。
「いや。なんとなく、ね」
あはは、と笑って誤魔化す。呆れを多分に含んだ視線に晒されるも気づかぬふりをする。
現在、なんというか。
まぁ。
遭難中……?
「あーもう、ついてねぇなぁ」
港町まであと少しという場所まで来て、魔物の襲撃を受けてしまったのだ。
とはいえ、サーラが魔法で、ファーラとグラッセンが弓で牽制し馬車をトップスピードで走らせすぐに脱出したけど。
ちなみに商会側の護衛もちゃんと仕事をしていた。
それはそれで良かったんだけど、馬が暴走したまま走っちゃって。
馬が落ち着く前に馬車の車輪の方に限界が来て、なんと馬車が一部解体。これはびっくりした。なんのドッキリかと……
その際に馬車から振り落とされた感じになったわけなんだよね。
一緒に落ちたのはラッセンだ。
ロウとスイは俺が落ちたので降りてきたという方が正しいだろう。
とっさの判断か、それともしがみついただけなのかロウの上にはサステナさんが乗っかってた。目も回していて、ほとんど意識もなかったがこの場合はよかったんじゃないだろうか。何故かというと、落ちた場所が平原じゃなかったからだ。
うん、はっきり言おう。
俺たち、谷底に落ちました。
馬車から転げて、谷底に落ちるまでに木が何本かあったので、風で身体を包み空気のクッションを作成。
木の枝に当たるたびにクッションが役割を果たしてなんとか全員無傷。
ぶっちゃけ、俺ひとりなら魔法で空を飛ぶことも不可能ではないし、土を柔らかくすれば地面に激突しても傷を負うこともないし、木を変形させて落ちないようにすることも出来る。だけど、この世界の魔法の常識は咄嗟にそんなことするのは難しいようなので、問題ないものを選択したつもりだ。
ラッセンもサステナさんも驚いていたけど、深くは追求せず無事を喜んだ。
それで今は、港町方面へ向けて足を進めつつ、どうにか街道に戻る手段を探している最中というわけだ。
「こっちで合ってんのかなぁ?」
「大丈夫だよ。方向感覚はいいほうだから」
木々に阻まれて、今はもう落ちた場所も見えない。
それでもこっちで合っているという感覚が確かにあった。
「皆心配してるかなー」
「だといいですね……」
サステナさんの顔色はあまり良くない。
普通で考えればあの高さから落ちたら死んでいるか、良くても骨折くらいはしているものだろう。この高さから落ちたらもう無理だ、と判断されていたとしたら俺たちの生存自体が危うくなる。街道に出れたとしても、食料や水の問題があるからだ。
それに、この場所でも街道に出てからも魔物や獣が生息している。
崖上で襲われたように、多少の魔物よけ効果がある俺がいても絶対ではないし、二人共もともと俺の体質は知らない。
どうやっても神経をすり減らしてしまうだろう。
「…………仕方ない。スイ」
「きゅ?」
「ヴィルは分かるね? えーっと……これでいいか。これ、ヴィルに渡してきて」
フェーレにもらったプレートをスイに持たせる。
俺の名前が入ってるので持ち主が誰かすぐにわかるだろう。一応、生きてるよアピールだけど、遺品に扱われたらどうしよう?
「きゅっ」
ふわり、と風が舞う。
単純な速さならロウの方が早いんだけど、サステナさんを乗せているし、別の魔物と間違われそうだし。
適役のスイは瞬きする間に風に乗って舞い上がり姿が見えなくなる。
「……うっわ。なにあいつ、早っ」
「あれは……風の魔術?」
ラッセンの素直な感想とサステナさんの感嘆。
「街道で待っていてくれるか、探しに来てくれるかしてくれるといいんですけど……ま、今はとりあえず進んじゃいましょう」
「おう……ホンットーに、お前は変な奴だな」
「え? 俺?」
再び歩き出したラッセンが深々とため息をつく。
「俺はグラレル程経験がないし、魔物のこともよくわかってない。今だって、怪我がほとんどないからか自分でも楽観的だとは思ってるよ。状況を考えれば、決して楽観出来ない事もわかってるのに」
へぇ。
ラッセンってもっと能天気な性格かと思った。
「今、俺のこと能天気なやつじゃなかったんだ、とか思わなかった?」
「おぉう、まさかの読心術!?」
「顔に書いてあったんだよっ」
あ、ちょっと拗ねた。
「ごめんごめん」
「……はぁー、いいよ。大抵の奴に能天気って思われてっから」
心の傷だったんだろうか。ごめん。
「シンは余裕があるよな。別に今の状況を理解してないわけじゃないだろ? 楽観してるんじゃなくて、最悪の状況であったとしてもどうにでも出来るっていう余裕だ」
「…………そ、そんなことはないよ?」
「さっき魔物に襲われた時も、恐怖や焦燥はなかった。護衛や俺たちを信頼してたわけでもない。いざとなったら自分で対処できたんだろ?」
うわ。
しっかり観察されてる。
うーん、どう答えたものか。
僅かにだけ思考し、はぁっと息をつく。そして、観念しました、と肩をすくめた。
「自ら進んで魔物を退治しようとは思わないけど、それなりに対処出来るだけの力を持っているとは自負しているよ。以前に、今みたいな予想外な状況で森に遭難したこともあるんだ。結構長期間、森の中で暮らしたよ。だからか、植物も生き物の気配も十分のこの場所に恐怖なんて感じようがないってのが正直な感想」
「……恐怖を、感じようがない?」
「食べ物も何もない荒野なら命の危機だけどね、ここには生き物がいる。ってことは、食べるものがあるってことだ。俺にとっては危機的状況には成りえないよ」
この世界に来たばかりの頃では、リョクやスイの庇護がなければとても生きていけなかっただろうけどね。
三年も森で生活をしていたなら寝ていても危機が近づいたら目が覚めるほどに野生の勘が発達した。
「まぁ、そういう意味では例えヴィルやグラレル達と合流できなくても街まで行ける自信はあるから安心してくれていいよ」
未だロウの背中に必死にしがみつき、なんと言っていいものかわからないというような顔をしたサステナさんに安心するような笑顔を見せて言う。
彼ははくはくと口を開けては閉め、結局は何も言わずに口を閉ざした。
だが、その目はラッセンへと向けられている。
それは「安心してもいいんでしょうか?」というような戸惑った視線であった。
「あー……具体的にどの程度強いのかわかんねぇからなぁ……俺よりも強いか?」
うわぁ。
答えにくい質問きたな。
「……多分、ね」
でも、正直に答えないと余計な不安を与えるだけだと正直に答える。
「グラレルとだったら?」
「……んー……そんなに戦っているところを見たわけじゃないからなぁ。対人戦はあんまり得意じゃないから試合だとわからない。殺し合いなら、多分勝てる」
人を相手に殺す、殺さないを考えるのは嫌だ。
食べていくために殺すわけでもない、無益なものだから。
魔物に関してもそう。襲ってくるから生きるためには倒す必要はある。
向こうの世界で特別な技能を持っていたわけでもない。
生き物を殺す、ということに何も感じずにいられるわけじゃない。
生きる、ということを明確に自覚したのはこの世界に来て必死で生きようと足掻きだしてからだ。
「グラレルにも勝てる自信あるのか。そりゃ、自負するだけのことはあるよな」
「ラッセンは俺の言葉を疑わないね」
「そういえばそうだな。なんか、シンは嘘を言ってないって気がしたから……」
結構簡単に信じた理由は曖昧でラッセンも首をかしげる。
あんまり頭が良さそうじゃないから、直感が働いたのだろうか?
「まぁ、そういうわけで。どんと構えてくれていいですよ、サステナさん」
彼は不安そうな顔から少し安堵したような表情に変わる。
気弱で頼りなさそうに見えるけど、彼は恐慌状態には陥らないし比較的落ち着いてるのは助かったというべきだろう。
ロウの上に大人しく乗っていてくれるのも。
さて。
日は傾いてきているし……出来れば日が沈む前に街道に出たいな。
出来れば休憩を挟みたいけど、川まで行くと回り道になりそうだし……
「あ」
「どうした?」
見覚えのある木、そしてそこになる実を見つけて声を上げるとラッセンが身構えた。
「あぁ、ごめん。大したことじゃないよ」
魔物でもいたと思ったんだろう。
紛らわしくてごめん。
「あの実、食べれるんだ。ちょっと取ってくる」
「え……おい?」
「よっと……少し元気がないね?」
この三年で木登りの達人になってしまったので、実のなっているところまですいすいっと登る。途中、木が少し元気がない気がしたので僅かに癒しの力を使った。
実を分けてもらう対価みたいなものだね。
「うん、美味そう」
五つもぎ取り、木から飛び降りる。
みんなその場で待っていてくれたようだ。
「うお!? 早っ!?」
木から落ちてくるような勢いで降りてきたので少し驚かせたようだ。
魔法を使ったならもっと早く戻ってこられるけど、今のでも十分に早い。まさに達人の域に達したと密かに思っております。
「はい。美味しいし、果汁が多いから喉の渇きを多少潤してくれるよ」
ラッセンとサステナさんに一つずつ手渡す。
ロウにも口元に持って行って齧らせた。一瞬で食べ終わった。
二人は食べようか迷っているようだったので、俺は一つ見本とばかりに齧る。
今の俺に皮を剥くという繊細な食べ方はない。
いや、フェーレにお世話になっているときはちゃんと調理したけどね。
ふわっと甘い香りがまず口内に広がり、継いでじゅるっと果汁が広がる。
梨に近い味だ。シャクシャクと歯ごたえもいい。
「真ん中に種があるから、それは捨ててね」
「……おう」
まずはラッセンが一口。
「……っ……うまい!?」
「でしょ?」
自分が美味しいと思ったものを美味しいと言われると嬉しいよね。
ラッセンの様子を見てサステナさんも一口。
「っ……!?」
何も言わずにもう一口。
「……」
シャクシャクシャクっと齧る音だけがしばらくあたりを支配する。
食べ終わったのはラッセンが先。
「はぁー、うまかった」
手についた果汁を舐め取りながら言う。
わずかばかり表情が明るくなった。
それはラッセンだけじゃない。サステナさんもだ。
美味い物って偉大だなぁ。
「よく知ってたな。いいもん食べれた、ありがとな」
「どういたしまして」
なんて書きつつ、作者は果物が苦手です←