幕間 癒しの娘の歩む道
ぐしゃり、と。
踏みにじられた音がした。
「出て行け」
静かな声であったけれど、そこには確かな怒りと憎しみが込められている声でもあった。
その男の声は低く、掠れていた。
「……私は……」
女はどこか虚ろに視線を彷徨わせながら言葉を紡ごうとした……けれど。
「出て行け」
再度、同じ言葉が男からもたらされる。
「…………っ……」
女は一度目を瞑る。そうして次に目を開けた時には、覚悟を決めたようにして踵を返した。
男は去っていく女の背を憎々しく視界の端に収める。
小さく毒づくようにして男は言葉をこぼした。
「……魔族などに慈悲を貰うくらいなら……死んだほうがマシだ」
今しがた踏みにじったばかりの薬を、もう一度丹念に靴の底で踏みにじる。
この薬はあの女が持ってきたものだ。
男も、男の家族も。
死に瀕していたがついに女の差し伸べる手を掴むことなく、薬を使うこともなく。
数日の後に、誰もが永き眠りについた。
同じようなことが、何度もあった。
それでも女は、薬を作っては人に渡し続けた。
手を差し伸べ続けた。
時に理不尽な扱いを受け、暴力も受けた。命の危険とてあった。
それでも、薬を作り続けた。
魔族と畏怖され、忌避されても。
女と侮られ、蔑まれても。
祖国では癒しの娘と呼ばれる薬師であった。
多くの人を癒す自分を誇ってくれる人がいた。その人が、人を癒す者であることを望んでくれた。
だから。
どれほど踏みにじられようとも、人を癒し続けると決めたのだ。
ふと、思い出す。
人を癒す者であることを望んでくれた人のことを。
彼との初めての出会いは、ささやかな日常の中だった。
「やぁ、君が癒しの娘かな? 薬がほしいのだけれど……売ってもらえるかい?」
「勿論お薬はお売りいたしますが……なんですか、その癒しの娘って?」
「おや? 知らないの? 君のことだよ。とても効能の高い薬を処方してくれるって評判だよ?」
「は? ありがとう、ございます?」
「ふふ、変な顔だけど大丈夫? でも確かに、本人を前に癒しの娘って呼ぶのもおかしいね。よかったら名前を教えてくれる?」
「……セレナディーラ、と申します」
日常の中で出会い、掛け替えのない人になった。
そして失った。
それでも残ったものがある。
思い出などという形も曖昧なモノだったとしても。
彼女はひたすらに歩み続け、癒し続け、やがて後の人々にこう呼ばれるようになる。
癒しの巫女、と。
最初の癒しの巫女の話。
前回の幕間の癒しの娘でもある。癒しの娘ではなく巫女になったのは、娘って年齢じゃなくなったからってだけのオチ。