第二十一話
ひとまずの目的地である港町ボリックまでには、いくつかの街や村が存在する。
大抵馬車で一日も進めばどこかの街か村には着く状態なので、基本的にここらの旅道中には宿にさほど困らないで済む。
一日目、二日目は王都に近いだけありそれなりに街の規模も大きい場所で困ることもなかったが、三日目は村という規模だった。
一応宿はあるが、全員の寝床は足りない。
よくあることらしく、まずは心得ているとばかりに護衛は馬車に戻った。
街では馬車を停泊させておく場所があったりするものだが、この村には特にそういった設備もなく。どのみち見張りも必要だったそうだ。
商会の人間も同様に馬車で寝ると早々に決まった。
最悪の場合、野宿なども出来る様にしてあるだけあってその辺りは手際がいい。
残るは客の俺たち八人。
空いている部屋は三部屋。
無理矢理全員泊まれることは不可能ではないが……一応全て一人部屋となっているので、ベットは三つという計算。
「サーラとファーラは二人でひと部屋、これは出来れば了承してもらいたい」
グラレルがまず切り出す。
女性だし、宿の方がいいだろうからね。妥当なところだと思う。
ヴィル達も頷いた。
「俺とラッセンは必要ない」
彼らは探索者メンバーだそうだ。
俺的冒険者業である。古代文明や遺跡調査をする連中もいるが、彼らの場合はその土地その土地で異変がないかを調査するタイプ。場合によっては魔獣を駆逐するなどといった仕事内容も請け負うらしい。
調査に向かう場所によっては何日も野宿を強いられるわけなので特に部屋で寝たいという要望はないそうだ。
それを言ってしまえばサーラとファーラもそうなのだが、そこは女性ということでね。
「俺もいいよ。ヴィルとサステナさんで使いなよ?」
「いえ、しかし……」
「俺はお前と一緒でも構わねぇぞ?」
サステナさんとヴィルが口を挟むが、多分グラレルや護衛を含めた商会の人よりも俺は野宿に慣れているよ……言わないけど!
別にヴィルと一緒なのが嫌なわけでも気を使うわけでもないんだけどね。
まぁ、いい大人の男が狭い部屋にいるのはどうかって感じだし。
「いえいえ。俺はロウがいますからね。久々にロウを枕に寝るのも悪くないです」
多少寒くても、ロウがいればもふもふとあったかいんだぜっ!!
ただし、暑い時はあのもふもふが恨めしくなったりする。
「外で寝るのも旅の醍醐味ですしね~」
「はぁ……正直なところ、私は外で寝るのは苦手ですので有難いのですが……」
サステナさんが戸惑いつつも言う。
うむ、正直でよろしいのではないでしょうか。
「そういうわけだから、俺は外ね。あの二人も外でいいって言ってるし、残りはヴィルが使いなよ。一応、商人なんだからさ」
ヴィルはしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめて「わかった」と観念した。
今までいろんな経験をしてきたヴィルは、普通の商人に比べて屈強だし、根性が据わっている。
それでも基本は商人であり、荒事は得意ではない。それくらいを見抜けるくらいには親しくなっているつもりだ。
「じゃ、明日の朝な。寝坊すんなよ」
「うっさい! 大丈夫よ!!」
ラッセンとファーラが戯れるのを横目に宿を出る。
馬車は宿のすぐそばに止めてあり、商人達はその横の敷地にテントを張っていた。
こういう小さな村ではよくある光景なのだそうだ。
「お前はどうするんだ? テントなんて持っちゃいねぇように見えたが?」
グラレルが後ろから声をかけてきた。
多少の警戒心は持ったままであるが、基本的に面倒見がいいタイプなのかもしれない。
「ん~……雨が降ってるわけでもないし、ロウを枕にするつもりだけど」
「……寝袋くらいは持っているのか?」
「あー……ないけど。そういうのなくて平気なタイプだし」
というより平気にならなきゃやってらんない環境だったんだよ。
あ、ちょっと悲しくなるな。
「……貸そうか?」
「んにゃ、平気平気。本当にね、俺、そういうの大丈夫なんだ」
ひらひらっと手を振って申し出を断る。
テントなんて張り方知らないし、寝袋での寝方なんてもんも知らん。あれは入って寝るだけだろうけど、窮屈そうだし。
「…………この大陸は、クロイドに厳しい」
「ん?」
「言いたくなければ言わなくていい。お前は、デロイドが嫌いか?」
「…………嫌だなって思う人もいたけど、優しい人にもたくさん出会ったからね。デロイドだから嫌い、クロイドだから好き。俺はそんな風に簡単に思うことはできないな」
「そうか。ならばいい」
どこの世界に行ってもきっとあるのであろう差別問題。
多くの人がそれを忌避しながらも、優劣を望んでしまうが故に生まれる歪。
「難しいね」
「がう?」
隣に来たロウが首を傾げる。
森の中は弱肉強食、わかりやすい構図だった。
人の社会でもそれは同じだ。
同じであるけど、強者の基準が違う。力が強いもの、頭が切れるもの、財力を持つもの。
「……今日はお星様を見ながら寝ようか」
「がう」
馬車の後ろ、商人たちのテントからやや離れた場所で寝転ぶ。
ロウはお腹あたりを枕にしてくれ、丸まって眠る。
子供の頃は気になった獣臭は、今や俺に落ち着きを与えるまでになった。
昔とは違う夜空。
三年の間に見慣れてしまった空。
戻る方法も分からず、戻りたいという思いも薄れ。
時折恋しく、懐かしくたまらなくなるけれど……
今、手を伸ばせば届くロウやスイの方が、今の俺には大切で。
「きゅ」
微かに含まれる殺気。
それに反応して意識が浮上する。俺の胸の上ではすでに臨戦態勢となったスイ。
ロウも意識は起きているようだ。
体に力が入っている。
ゆっくり起き上がり、気配の元を探る。
こちらには殺気が届いていない。向けられている先は、商人たちのテントか。
考えられるのは単純に賊。
村は比較的だが閉鎖的な傾向がある。
被害に遭うのが旅人ならば関わりたくないと思う確率は高い。
街のような規模でもないから、捜査もおざなりになる可能性は高かった。賊にとっては都合のいい場所。
ミルドにいる間、賊の情報も耳にしていた。
けれど、今までそういった手合いには出会っていない。
ちょっと緊張。
当然ながら、生死が掛かっている場面だ。
そして、直接死へと繋がるかもしれない暴力への恐怖。暴力を振るうかもしれない恐怖。
そう。
森での生活で、自分が死ぬかもしない恐怖は体験している。
獣も殺してきた。けれど、人は今まで誰も手にかけていない。
慎重に移動を開始する。
馬車に隠れて、商人たちのテントをまず確認。テントのすぐ近くに人影有り。三人、か。
身振り手振りで会話をしているようだ。
「……スイ。グラレルを起こしてきて」
小声で指示を出す。
スイは逆らうこともなく移動を開始する。こういう時は頼もしいね。
一人、テントの側に残り、二人は馬車内へと移動する。
荷物が目当てらしい。
テント近くのやつは手にナイフを持ってる。
三人だけなら倒すのは容易。だが、他にもいれば面倒だな。
もう少し周りを注意深く探る。
この殺気が気にかかる。ただの物取りなら、殺気など振りまかずに取るもの取って逃げればいい。
なのにこれでは殺すのが目的のようだ。
「…………っ!?」
テントの側に残った奴が、俺のいる場所とは反対側に向かって軽く手を上げる。
その向こうには影が二つ。
この二人、だ。
さっきからのこの殺気。
コソ泥ではないな。
隠密には気配を消す能力が欠ける。
って、俺はいつの間にそんなことがわかっちゃうようになったんだか……あ、へこみそう。
隠しもせずに手には刃物。
どっちも片手に剣を携えている。それも抜き身。
今にもそれを振り上げて誰かを殺しそうな気配だ……
手遅れになる前に出るしかないか。
「……ロウ、行け!」
剣を抜いている状態だ、危険かもしれないと判断しロウに目配せする。
俺の意図を感じ取りすぐさまロウが走り出した。
剣を持った二人に一直線。
「……がうがうがうっ」
「なっ……!?」
「……ちっ……」
突然走ってきたロウに驚く三人。
そのままロウは一人へと飛びかかる。
「うわっ!? な、何なんだこいつ……!!」
「このクソ犬が……」
飛びつかれた奴は剣を振り回すが、逆にそれが仲間からの助けを邪魔することになる。
案外こいつら弱そうだな。
そんなことを思いつつも牽制用に短剣を彼らの足元めがけて投擲。
トス トス
と、軽い音ではあるが何かが飛んできたのはわかるだろう。
案の定、奴らは驚き声を大きくして叫んだ。
「だ、誰だっ!?」
…………いや。お前らこそ誰やねん。
騒ぎを聞いて慌てて馬車から出てくる二人。
その二人の足をめがけて鎖鞭を走らせる。ほとんど鎖なので結構な痛さなんだ、これが。すぐには走れないくらいにはね。
「ぐっ!?」
うまくスネに当たったらしく、二人の動きが一瞬石像のように止まる。
戦場では一瞬の動きが命取り、ってね!
走りよりまずは一人の顔面を殴り、続けざまにもう一人の腹に蹴りを入れ吹き飛ばす。
「て……めぇ……」
殴られたほうが目を釣り上げて剣を引き抜いたが、遅いよ。
振り向きざまにすでに短剣を投擲。
その短剣は見事、奴の太ももに突き刺さる。
「ぐぁ」
「悪いね」
怯んだ隙にもう一度鎖を振るう。
今度は顔面、鼻っ柱に直撃。ぶひっていう感じの呻きは聞かなかったことにしてあげよう。
ぐらりと体が後ろに倒れていくのを見届けてから、もうひとりの方へ視線を向ける。
「…………」
ロウの方は騒ぎを聞いて飛び起きてきたらしい商人と護衛にすでに三人囲まれていた。一人はすでに地面に伏している。
で、もうひとりの方の後方には、スイを肩に乗せたグラレルとラッセンが臨戦態勢で対峙していた。
「おとなしくしたほうが身のためだぜ?」
グラレルの忠告に、残った一人も観念したようだ。
大人しくお縄になった。
ふぅー。
どうやら収まりそうか。被害も比較的少なそう、と。