第十八話
むしろ十七話後半という尺だが。
主人公、やってることが地味。
「がうがうっ!」
「ん? どしたー? ……うおっ!?」
ゴリゴリゴリ、と薬草をすり潰しているとロウが吠え出した。手を止めずに聞くと、突進された。
びっくりするじゃないか。ドキドキドキ……
「がう」
驚いて手を止めてロウを見た俺に、ロウはどこか満足げに鳴く。
「ん~? あ、時間、か?」
なんだろうと一瞬考えたが、木々の隙間から見える空へと目を向けた。
おぉ、太陽が高い。
「やっべ。ちょっとゆっくりしすぎたかも。ちょっと待ってて、すぐ片付ける」
思ったよりも薬作りに夢中になってしまっていたようだ。
いくら森の中で落ち着くとはいえ、こんな時間まで気づかぬとは不覚。
わざわざ時間のことを察してくれたロウにはあとでご褒美をあげなくちゃな。
なにがいいかな、やっぱり食いものだよなー
なんてことを考えつつ手元は動かしていく。
出来上がったのは傷薬と胃腸薬、鎮痛薬に解熱薬・睡眠薬・麻酔薬。他にもいろんな効能のある薬草を乾燥させて持ち歩けるようにしてある。
湿布・温湿布のようなものも作れるし、茶葉としても使えるやつもある。
当然、中には毒物になるようなものもあるけどね。
流石に飲み下すような薬は旅道中に売り歩くのは難しいとみて、売り物用としては軟膏型の傷薬を多めに作ってある。小さな箱はすでにいくつか購入しておいたのだ。
一応自分なりの金策だが、うまくいくんだろうかねぇ?
まさかこんな旅商人の真似事をする日が来るとは……人生って何が起こるかわからない。
「よし、と。準備オッケー。戻ろうか、ロウ」
待ってました、とばかりにロウは駆ける準備をする。
揺れるしっぽが早く乗れと言わんばかりに見えるのは目の錯覚だろうかね?
まぁいいや。
うんしょっと。成人が乗るにはロウは体躯が小さいけど、俺くらいの体重ならまったく問題がないとばかりに余裕の走りをする。
まぁ、まだ成長は続いているから乗る分についてはさらに問題はなくなっていくんだけどね。
あんまり大きくなりすぎると、街を歩くのに不便なんだよ。あと、突撃された時の俺の衝撃が半端なくなる。
大きくなるなとも言えないしねぇ……なるようになるしかないっか。
「街の近くまで来たらゆっくりね」
「がう!」
行け、と足でロウの腹に合図をすると森の中というのに全力ダッシュを始める。
おぉう……怖い怖い怖い……ジェットコースター並だよ。いや、ジェットコースターには安全ベルトがあるしコースは決まっているし、こんなにも視界が悪いわけでもない。でも、ロウの上は安全ベルトなんてないしコースはもちろん決まっているわけもないし、森だから木がいっぱいで枝とかもギリギリ横を通り過ぎたり頭を掠めそうになったりすごいスリルがあります。完全にロウを信頼してなきゃやってられないスピードだ。
いや、ほんとにね。
俺って逞しくなったと自画自賛だよ?
「はぁー……人間は慣れる生き物って言うけど……この怖さに慣れるって人間ってすごいよね」
思わず零した独り言は誰に聞かれることもなく。
嬉しそうに全力ダッシュでロウが森を抜け出した。
◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇
街に到着してすぐ。
どこからともなく、スイがいきなりぽすんっと頭に落ちてきた。
「きゅきゅ~」
「スイ……それさ、やめてほしいって言ってるよね?」
「きゅ?」
いきなり頭になにかが落ちてくる。
視界に入らないから驚くのだ、これ。俺の心臓に優しくない行動に度々注意を促しているのだがやめる気配がない。
むしろ俺が嫌がってるからわざとやっているような気もする。
ため息をこぼし、頭の上に乗ったままのスイを持ち上げて見ると口に何かを咥えていた。俺が渡した手紙ではないな。
「何持ってんの?」
よこせとばかりに引っ張ると簡単に渡してくる。
小さな袋だ。なんだろ?
俺の注意がそっちに向いた瞬間、スイは俺の手の中から脱出してロウの頭の上に乗ったようだ。
俺としても両手が空いたことになるのでありがたい。
袋を開けてみると、手紙とアクセサリー? が入っていた。
「ん~?」
取りあえず手紙を開いてみると、フェーレからの返事だった。
おぉ、スイは返事までもらってきたのか。
スイなら街から森の距離くらいなら俺の居場所が察知できるし、何で来ないんだろうとは思っていたが。
俺の短い手紙に合わせたのか、フェーレの手紙も簡単に書かれていた。
『まずは無事でなによりだ
お前なら少々の困難は乗り越えられるだろう、思うようにしなさい
恩返しのことは気にするな、私が勝手にやったことだ
だが、恩を感じているというのなら必ずまた来なさい
それから困ったことや助けて欲しいことがあっても来なさい
リディとメリサは元気でいることを知って喜んでいた
リッツは旅に出ることに賛成していたが、さみしそうにしていたぞ
クィーツは食事のことや健康についてやたらと心配していたのには笑ったぞ
私も実を言うと少し心配だ
故に贈り物をしようと思う
ひとつはお守りだ
高価なものではないので売って路銀にするなよ
もうひとつは証明書だ
お前の身元保証人、といったところだな
旅とは何が役に立つかわからん
調べ物があるのなら尚更だ、役に立つとわかれば躊躇わずに使いなさい
では、お前の旅路が良きものであることを祈っている』
うぅ、フェーレ……俺、泣きそうだよ?
初めて会ったこの世界の人間がフェーレであることが、本当に嬉しいと思う。
勝手な選択をしたことを咎めることもなく、手を貸そうとしてくれる。
アクセサリーと思った方をよく見てみる。
菱形にカットされた水晶のような透明の石? その中に、星が散りばめられるようにして赤や青、緑、黄、茶、水色の小さな宝石のようなものが入っていた。
高価なものであってもフェーレからもらったものを路銀にする予定はないからね。
それと一緒にプレートが付いていた。
こっちには文字が刻まれていて、俺の名とフェーレの名も書いてある。
それに、なんかよくわかんない模様。魔方陣っぽい。まぁ、これが身元を保証するなにかなんだろう。
紐がついていて、長さから首飾りとして使用できるみたいだ。早速首にかけてみる。
旅をするにあたって身につけていられるものというのは有難い。
しかも、証明書とか失くしそうなものがこうやって首飾りに一緒につけれるっていいね。
「スイ、お使いありがとう」
手紙を大事に鞄に仕舞い、ヴィルとの待ち合わせへと急ぐことにした。
子供の頃、大型犬に乗りたくて仕方がなかったんだよね。
ロウは犬じゃないけど、属性は犬。スイの属性が猫。
どうでもいいけど、ロウは虎の子供みたいに大きさの割には手足が太くてしっかりしております。