第十六話
食べた料理はヴィルの言うとおり、美味しかった。
おすすめは日によって違うらしい。食へのこだわりがそれほどでもない俺にとってはお手軽メニューだ。
客層も男ばかりであったけど、活気があって嫌いじゃない。
つまり俺的には非常にいい店であったという感想に落ち着く。
食事中はそれなりに適当な話題であったが、食事が終了するとまたヴィルは真剣な表情に戻った。
どうやらお酒には強いようである。
「ところでシン」
「うん?」
ヴィルはお酒。俺は食後のデザートである果物を手にしている。
料理は美味しかったが、果物になると素材の善し悪しになるので最果ての森で採ったモノの方が断然美味しかったのは余談。
「明日も同じような仕事をするのか?」
「ん……うーん」
考えてませんでした。
よく考えればそうだよね。今までみたいに気楽すぎるのも問題か。
「一応、またフリードに出向く予定だけど?」
「しばらくはミルドにいるって言ってたな? 先立つものがねぇのか? 一人ならさっさと諸島かクロイドルスに行ったほうがいい。稼ぎも、お前ならそっちのほうがいいだろうしな」
「そうだなぁ~……」
ヴィルの言葉はもっともだ。
なんせ、このあたりじゃ俺はクロイドとして見下されがち。嫌われがち。
森のことを調べるにしても、今の俺じゃこの町は不利だろうし、それなら身動きの取りやすい場所から手がかりを得る方が手っ取り早いのか。
お金は、まぁ一応あるし。
「ここから諸島に行くのに必要なお金ってどれくら……」
「おいおいおいっ!? なんでこんな場所にクロイドなんかがいやがるんだよっ!?」
手持ちのお金でも大丈夫なのか確認しようとしたときである。
店に入ってきた男が大声で言ったのは。
俺が店の入口付近にいる男に目を向けると、ばっちり目が合う。
蔑まれました。
蔑みの目で見られましたよ? どうやら彼の言うクロイドは俺のようである。
「ちっ! どうりで空気が悪いと思ったぜ!! クロイドなんぞが紛れ込むからよぉ!!」
周りのお客さんの反応は様々。
迷惑そうな人、同じように俺を蔑みの目で見る人、呆れている人……などなど。
こんな堂々と避難してくる人は、俺にとっちゃ珍しい。果物も一口で食べれるし、このまま穏便に逃走しても問題ない。
「オイ、ガキ。有り金全部置いて出て行きな。そしたら見逃してやるからよ?」
「……」
あれ?
翻訳間違った?
「びびってんじゃねぇ! さっさと金出せってんだっ!?」
男がずんずん近づいてきて、俺たちの座るテーブルに勢いよく手をつく。
飲み物はほとんどなかったので溢れることもなかったが、こんな態度を取られれば俺とて面白くないもの。
いらっとするが……ここは穏便に済ませるのがいいだろうなぁ。
「落ち着いてください、すぐどきますよ。すいません、お勘定お願いします!」
「あ?」
「ごふっ」
「……二人分で千二百エルツだ」
おぉ、安いっ!?
えぇっと、鉄貨幣が千エルツで、銅が百だったよな。
千二百エルツ分の貨幣をお店の人に渡し、向かいで酒を飲み……あれ、ヴィルがむせこんでる。
「大丈夫か?」
「げほげほっ……あぁ、けほっ……大丈夫……」
「じゃ、出よう。お待たせしてすみませんね、どうぞ?」
「お、おいこら! このガキ……!? って、どこ行きやがるっ!?」
「どうやらお邪魔のようですので、さっさと退散させていただきます。では失礼」
何だかよくわからん文句を言ってくる男に席を譲ると、さっさと店の外へ向かう。
ヴィルも問題なくあとに続いて店を出てきた。
ああいうの、まともに相手にするだけ無駄無駄ってね。
「くくくっ、お前の対応すげぇーな!」
「そうかな?」
「あぁ。思わず吹き出しそうなって、酒が器官に入って苦しい思いをしたけど、面白かったから許す」
「……えっと、ありがと? あと、勝手に出ちゃってごめん」
「いいって。躊躇わずに出たからこそ余計な諍いは避けられたわけだし」
からからと陽気に笑うヴィルに、さっきまでのちょっと腹立たしい気持ちが凪いでいく。
へへへ。やっぱ楽しいな、この感じ。
フェーレの屋敷にいるのとまた違った安心感。
「折角だから二軒目に誘いてぇところだが、遠慮しておくのが正解だろうな。こればっかりは仕方ねぇ」
お酒が好きだったら行ったかもしれないけど、そこまで飲めないし、酒の入った状態だとさっきみたいな奴がまた絡んできそうだ。
この街は俺に不利だから、何か問題が起きた場合は俺が嫌な思いをする可能性の方が高い。
そう考えれば二軒目はやはり遠慮せざるを得ないわけだ。
「数日、ミルドで過ごしてさっさと移動しようかなって思うよ。取りあえず明日からしばらくフリードに顔出すなりして日銭を稼いでみる」
「おう。そうだな、それがいいかもな」
すぐに移動しないのは、王都でもう少し勉強をするためだ。
主に一般常識を。
翌日、再度フリードに出向き仕事探し。
今度は街中での仕事を選ぶ。やはり力仕事で、荷物の積み替え作業だ。
この仕事ははっきり言って失敗だった。
どうやら依頼主がクロイド嫌いらしく扱いは最悪と言ってよかった。しかも、作業中も何かモノを盗むのではないかという視線に晒されうんざりした。
ま、下手に監視を怠って言いがかりをつけられるよりはマシだったと思うことにしよう。
賃金については平等であったかどうかの判断はつかなかった。
数日、転々と街中での仕事をいくつかこなしていく中で扱いに差をつけるとつけないとでは半々といったところ。
バルレイクほどあからさまな態度をとる人はほとんどいなかったのは良かったと言うべきか。
なるほど、ヴィルがあんなにも心配するわけである。
手に入れる賃金と宿や食事での出費はほぼ拮抗している有様。
むしろ、若干出費の方が多い。
現状でそうなるのなら、今後はさらに生活が厳しくなること必須である。なぜなら、現状の出費に日用品はほぼ含んでいないからだ。
もっとも、そんなにも出費が多いのはロウとスイの食費云々も計算にいれているからであって俺ひとりなら拮抗を維持できるだろう。
それでも貯蓄は厳しい状況となる。
この結果は早々に旅立ちを決意させるに十分だった。
「取りあえずは、この大陸を出る方法か。諸島に行くにしてもクロイドルスに行くにしても船だし……やっぱ行き先は近い方の諸島かなぁ」
本日の仕事終わり。
フリードにて給金をもらい、ついでに資料室に寄ってみることになった。
というのも、実はここには閲覧無料の資料室が併設されていたのを先ほど教えてもらったのだ。
利用者はあまりいないらしく、説明は受けていなかった。
学校の図書室よりもずっと狭いけど、俺にとってはこの世界の貴重な資料集。無料での閲覧、ありがとうございます!
受付で地図を見せろ、船はどんなものだ、時間は、スピードはなどといろいろ質問していたら自分で調べて来いと追い出された結果ではあるけど……
並べられている本は、職業に関する専門的なものが半分以上。
いろいろ読みあさりたいのをぐっと堪えて、一般的な地図を広げてみる。
世界地図は一応フェーレのところで習得済みだ。今回は目的地を決めるために広げただけに過ぎない。
「んー……やっぱり諸島が先かな。行くならまずはパパルパ……って読むのかな。うん、ここだろうな」
シーディア寄りでの諸島有数の街、パパルパ。
ここを目的地としよう。
どういうところか、旅立ちの報告ついでにヴィルにも聞いておこうかな。
船の運賃は一応大丈夫だ。
船酔いが心配なところだけど、こればっかりはどうしようもないしな。
フェーレには挨拶していったほうがいいかな?
今生の別れってわけでもないし、このまま物言わぬまま行方知れずになった方が迷惑かけなくて済みそうな気がするんだよなぁ。
でも、心配するかもしれないし……
「うーーーーーん」
手紙とかにしようかなぁ。
もしかしたら屋敷の人に捨てられちゃうかもしれないけど、それはまぁその時ってことで。
うん。何もしないよりはマシだよね。
あ。
この世界って手紙をどう書くんだっけ?
住所なんて知らないから、直接屋敷に手紙を放り込むとして……やばい。書き方とかあるのかな?
これもヴィルに聞いてからにしたほうが……あー、でもどこに出すのかとか突っ込まれそうだよな。
「困ったなぁ……」
けど。
随分と人間らしい悩みだな、とも思う。
少し前まで手紙を書く相手すらいなかった生活をしてたんだよな。なんだかそれが無性におかしくなる。
手紙、かぁ……
向こうの世界に、元気でやってるってことくらいは伝えられたらいいのにな、なんて。
思わず脳裏によぎる思考を振り払う。
「よし! まずはヴィルに会って、それから考えよう!」