第十二話
前話に、お金の単位「エルツ」を追加修正しております。
「宿泊料だけですが、一泊一万エルツ。銀板貨一枚になります。お食事のサービスはございませんが、一階奥に隣のお食事処さんに続く扉がございますのですぐに食べることは可能です。営業時間は朝の五時から晩の二時までですね」
三件目に訪れた宿屋さんの受付は、俺とあまり変わりない年齢の女性。
向こうの世界を思い出す接客だな。
この世界には高層ビルなどはないけれど、ファンタジーゲームっぽい中世ヨーロッパよりは現代よりだと思う。
電子機器はないけど魔工機器はわりと広く使われている。
魔工機器は、簡単に言えば電力が魔素で出来た機械……になるのかな?
パソコンっぽいものやコピー機っぽいものの他に、現代機器に似たものが多数存在している。ただし、構造は全然違うが。
それはともかく。
宿屋というよりもプチホテルだ。この世界では、このような対応が通常運転らしい。
もしくは王都だからか?
「え~っと、動物がいるんですが一緒に泊まれますか?」
受付には女性が一人。
営業スマイルを浮かべて説明してくれている。
「動物ですか。どのような?」
「大型の……犬、です。連れてきましょうか?」
「そうですね、お願いします」
おぉ、もしかしたらいけるかも?
一件目は店内に入っただけでも怒られたから、一応外で待機させていたロウを呼びに行く。
スイのことも報告したほうがいいんだろうなぁ。
「ロウ、おいで」
「がうっ」
外だからじゃれつかずに、ちゃんと大人しく付いてくる。
そういえば首輪とかって付けた方がいいとかあるんだろうか?
「すみません、こいつなんですけど」
受付の女性がじっとロウを見る。今はロウも大人しくしてるので怖くもないだろう。
「躾は問題ありませんか? 人に向かって吠える、噛むなどの行為があるようでしたら特別措置が必要になります。また、何らかの問題行動が見受けられた場合には賠償金をお支払いいただくことになります。躾に問題がないようでしたら大型の動物ですので、宿泊料は一泊二万エルツとさせていただきますが?」
「躾は大丈夫ですが、問題があった場合はお支払いは了承できます。あと、すみません。こいつも、なんですが」
頷き、今度は上着のポケットからスイを引っ張り出す。
嫌がっているが無理矢理出して見せると、スイが「きゅ!」と威嚇した。この馬鹿。
思わずぎゅっとスイを握り締めると、そのままポケットに戻す。
ポケットに入れた頃にスイに手を噛まれたが、今更その程度の痛みは平気だ。表情を変えずに受付のお嬢さんの言葉を待ってみた。
「問題ありません。こちらも、なにかあった場合は賠償金をお支払いいただくことにご了承いただけるのなら二万エルツのままとさせていただきます」
「おぉ! やった! では、宿泊でお願いします。えっと……取りあえず三日で六万。銀貨一枚と銀板貨一枚でいいのかな?」
「はい……では、確かにお預かりいたしました。お部屋へとご案内させていただきますのでご記帳いただき、しばらくお待ちください」
お金を確認すると、そう言って彼女は手元にある端末を操作する。
ううむ、不思議端末。
何かを打ち込むこともなく、手のひらをかざしているだけだがこれで動くんだよなぁ。
ちらりと横目で見つつ、差し出された用紙に名前を書き込んでいく。この世界の文字も大分慣れたものだ。
名前はシン=モリノと書いてみた。
改名したいほど深樹という名前が嫌なわけではないが、昔に女のような名前だとからかわれてしまってからなんとなく名乗りたくない心理が働いてしまう。
というか、親はこの名前をネタとして付けたんじゃないかと疑っているわけだが……
しばらく待っていると、受付の横の扉から別の女性が出てきて「それではご案内させていただきます」と言われたので、歩き出した彼女に付いていくことにした。
ロウも後を付いてくる。
一階をそのまま進み、突き当たりから二つ目。
案内してくれた人はそこの扉を開け、俺を中へ入るように促す。ここが部屋か。
「部屋の中であれば動物を放していても構いませんが、外では放さぬようお願い致します。また、隣の食堂は動物を連れての来店は不可となっております。こちらが鍵になりまして、外出の際は受付の者に預けていただくか失くさぬようにお気をつけください。また、貴重品は自己管理くださいませ。盗難等がございましても当店は不干渉とさせていただきます」
「わかりました、気をつけます」
「では、ごゆっくりどうぞ」
一礼して去っていく。
なんというか……うん。宿屋じゃなくて、プチホテルと称した俺は悪くない。
さてさて。
先ほどの一連のやり取りで、こっちの世界の言葉に大分順応しているのが証明された。
一安心だ。
部屋は泊まるだけで二万円相当。高い。
ベット、机、タンスといった簡素な備え付け家具。トイレと浴室。
綺麗にしてあるし、部屋自体は問題ない。が、高い気がする。相場はこんなもので合っているのかな?
このへんは追々わかってくることだろうからいいか。お金払っちゃったし。
これで三日間の宿の確保は完了。
次は、お金を稼ぐ方法……かな?
「人の世じゃ、気ままに旅も出来ないねぇ」
いざとなったら野宿して、自力で食べ物を確保していけば何とかなるとはいえ、今はまだ諦めたくはないものだ。
荷物は特にないし、早速仕事探しに行くか。
どうやらハローワークのような、仕事斡旋所? そんな感じのところがある。
魔法とかあるし魔物とかいるしで、こう、よくある冒険者とかあるのかと思ってたんだが、そんな商売はないらしい。がっかりだ。
ただし、仕事斡旋所はフリードと呼ばれ、そこで冒険者業に似た仕事を取り扱っている。
一度詳しく話を聞いて、出来そうならここで仕事を取るつもりでいるわけだ。
貴重品を置いているわけでもないので、受付に鍵を預けることにした。ついでに、受付の人にフリードの場所と行き方を教わっておく。
「ロウ、はぐれるなよ?」
「がう」
宿でお留守番してもらおうかとも思ったけど、それはそれで心配だったので一緒だ。
大人しく俺の後ろを付いてくる。
「ん……あれ、だな?」
教えてもらった道を進んだ先、石造りの建物に楯の上に剣と槍が交錯した絵柄の看板が見えた。
あれがフリードの目印らしい。
半分期待、半分不安を胸に入口の扉を開く。
「…………おぉ」
ぎ、銀行のようだ……
窓口が用途ごとにずらっと分かれて並べられて、その前に待合席のように椅子が並べられている。
窓口カウンターには透明の仕切りが設けられていて、こっち側から向こうへ行けないようにもなっていた。いや、この場合は暴力などといったものを回避するためのものか?
あれ?
こんなものなのか、なんかファンタジーっぽさが……いやいや。あれはゲーム、こっちは現実。
切り替え切り替え!
えっと新規入会とかは……あっちか。
「すみません、初めて来たんですが」
手の空いているっぽい窓口の人に聞いてみる。
中年のおじさんだ。
こっちをちらっと見たかと思ったら、眉をしかめられてしまいました。なんですと?
「ちっ」
な……舌打ちまで!?
「あの?」
「クロイドのガキが何の用だ?」
「……仕事をしたいんですが、どのようなものがあるかも分からないので教えていただきたいのですが」
中年のおじさんは態度悪く、あからさまな差別を披露してくれたがぐっと堪えて聞いてみた。
クロイドとデロイドの因縁をあまり把握していない俺ではそれほど怒れなかったというのもある。おじさんの態度に腹はたったけどね。
「クロイドのガキに仕事なんざ出来んのかね? 娼館にでも行って、もの好きにでも拾われりゃ一生暮らせるぜ?」
「ガキにそんなもん勧めんでください」
「……ふん、じゃまずは系統だ。ちょっと待ってろ」
嫌そうな顔をしつつ、職務は全うしてくれるようだ。
事務的に手続きをされるより俺としては嫌ながらもこういう人のほうがやりやすいな。
中年のおじさんが晶石を持ってきた。
まぁ、液晶モニターのようなもので、大学ノートくらいの大きさのそれには『初めての職業選択』と書かれていた。
この世界はリモコンやマウスで扱わずに魔素を使う。
おじさんはそれを自分と俺とが見えるように置くと、手をかざして操作し始めた。
『初めての職業選択』から画面が『職業系統』に変更される。
「ここに書かれているとおり、まずは自分の希望する職業系統を選択する。まずは大きく分けて『労力』『販売』『製造』『奉仕』『混合』だな」
労力は労働力。主に力仕事。
販売はそのまま物品販売などと書かれている。店番をまかされたりってことだろうか?
製造もそのまま物品製造だ。工場勤務ってことか? あ、この世界には魔道具とかあるからそっち系もあるのかも。
奉仕はサービス業みたいだ。お屋敷の使用人なんかはこれに当たるらしい。
混合はこの四つの内、二つ以上の意味を持つ仕事と書かれている。なんて曖昧な……
「まぁ、進んでいけばどういった職があるか書かれている。お前が出来るかどうかは別にして、とりあえず見てみることだ。決まったら呼べ」
それだけ言って、晶石を置いて奥へひっこむ。
おーい、使い方の説明をしていけー
うーん、これって魔素を使って動くんだろ?
ってことは、手のひらに集めて……えっと、こう?
見よう見まねでやってみると、案外簡単に出来た。
説明がないわけだ……
ま、ひと通り見てみるかな。
◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇
シンが行方不明になった。
王都にあるお屋敷に一緒に来ていたはずなのに、シンだけが居なくなるなんて絶対におかしい。
同じ馬車に乗っていた人達は、口を揃えてシンが王都の珍しさにはしゃいで勝手に街中に降りて行ったと言った。
そんなことあるわけない。
きっとみんなでシンを無理矢理降ろして、街に置いてきちゃったんだ!
一緒の馬車に乗っていればよかった。
ぎゅっと後悔が押し寄せてきて、思わず唇を噛んでしまう。
ミルドのお屋敷にも常駐の使用人はいるので、バルレイクからは数人しか一緒に来ていない。
私はリディさんがこっちへ来るから一緒に付いて来ただけのようなものなので勝手はできないのだけれど、それでもシンと親しい位置にいる使用人といえばリッツさんとクィーツさんを除けば私とリディさんだけだ。
今頃、迷子になってるんじゃないだろうか?
乗ってきた馬車の手入れをしていると、外からリッツさんが戻ってくるのが見えた。
思わず作業を中断して、リッツさんへ駆け寄る。
「リッツさん! シンは?」
けれど、リッツさんは首を横に振った。
あぁ……やっぱりまだ見つからないんだ。
「メリサ、大丈夫だよ。シンは賢いし、あれで強いからね。心配いらないよ?」
「でも……」
「ロウもスイも一緒みたいだし。まぁ、戸惑ってはいるだろうけど言葉も文字もほぼ大丈夫だしね。シンだって立派な男の子なんだから、あんまり心配しすぎるとかわいそうだよ?」
ぽんぽんっと軽く頭を撫でてくれるリッツさん。
薄情……だとは思わない。リッツさんはとてもシンを可愛がっていたし、今も顔は笑っているけどいつもほどにこにこしていないもの。
「メリサは屋敷の中で、シンが戻ってくるのを待ってて。外には探しに行ってはダメだよ? いいね?」
「……はい」
王都の表通りは治安がいいけれど、裏通りはそうでもない。
用事はほぼ表通りの店で済むからいいけど、人探しとなると裏通りに入ってしまうことを危惧してリッツさんは私に念押しする。
それに、私自身が屋敷の人にあまり良く思われていないから、外に出てしまってはこれ幸いと何をされるかわからないというものもある。
フェーレ様はお優しいけれど、フェーレ様を取り巻く環境は少し冷たい。
王都のお屋敷の人達は、上層階級至上主義の人がいて、私やリッツさんへの風当たりが非常に強い。
バルレイクはまだマシだから普段はそちらにいる。
……もしかしたら、お屋敷にいるよりも外にいるほうがシンにとってはいいのかもしれない。
街の傾向としては、バルレイクよりも王都のほうが遥かにクロイドに対しての目は軽い。これは優しいというわけではなく、単に珍しくないというだけのことで厳しい環境であることに変わりはなかったりする。
辛い思いをしていなければいい。
どうか、あの優しい人が無事でいますように。
晶石はまぁ、タッチパネルやiPad的なものを思ってくれれば。
操作方法については作者にも不明。不思議技術で通しますよー