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臆病なノラネコの手当の仕方


時間はお昼休みまで進む。


「つにい凛にも恋人が!?」


「バカなこといってるとおかず全部攫うわよ」


私と琴音は屋上のベンチに座りながら昼食をとっていた。

なぜ琴音がこんなことを喋り始めたのかというと、私が昨日の帰りに体験したことを話したのが事の発端だ。


「まあ、その人をわざわざ探し出したところで何ができるって訳でもないし」


「でも気になってるんじゃ?」


「別にそこまで気になってる訳じゃないよ」


おかずのひとつを琴音の弁当に投げ入れ、琴音のおかずを横から攫う。


「ただなんであの時間帯に学校に向かっていたのか気になっただけ」


「あっ、から揚げ…」


「んー、食後の紅茶は美味でござるな」


少しふくれっ面の琴音が私を睨みつけるが、それを無視して紅茶のペットボトルに口を付けた。


「凛のバカ…」


「明日のお昼は琴音の好きなおかず作ってきてあげるから機嫌直しなさいよ」


「ホント!?やったぁー!」


まあ、あげるとは一言も言ってないのだけどね。

喜ぶ琴音を尻目に悪巧みしていると、ふと目線の先にある貯水タンクで何かが動いたように見えた。


「何見てるの?」


「静かに」


ボトルの口を閉め、私は眼を凝らしながら貯水タンクの影を見つめた。

そこにいたのは人間だった。多分男子だと思う。

勉強のし過ぎで視力が落ちた私は制服までしか分からなかった。


「幸薄そうな顔だなぁ」


「琴音そこまで見えるの?」


「うしし、目がいいからねー。あっ、落ちる」


「え?」


したり顔の琴音から貯水タンクの方へと視線を戻す。

タンクの影にいた男子は、いつの間にか屋上の入り口の前に倒れていた。


「落ちたってあんた…!」


私はお弁当をベンチに置いて急いでその男子の元へ駆けた。


「ちょっと大丈夫!?」


「ぅ……?」


男子の頭を膝に置いて状態確認。

息はしているし見た目は大丈夫そうだ。


「てか君、昨日の…」


ぐぅー。

代わりに返事をしたのは彼のお腹だった。

とりあえず何か飲むもの…。


「琴音、私の紅茶投げて!」


「ほいっ!」


琴音の投げたペットボトルは綺麗に放物線を描き、私の手に収まった。


「おーい?意識はあるかい?」


飲みかけの紅茶を彼の口元へと持っていく。

というかこの子私より色白だ。

まるでお人形さんさんみたい。


「っ!んぐっんぐっ…ぷはぁ!」


一口目を飲むやいなや、私の手から紅茶を奪い、起き上がって綺麗に飲み干した。


「いい飲みっぷりだこと」


「…誰?」


彼は警戒した目で私の顔を見る。

声を聞いた時、私は一瞬耳を疑った。

抽象的でいてか弱く、その容姿と相まって女の子の声に聞こえたのだ。


「その紅茶の持ち主」


「……」


彼は私とボトルを交互に見つめ、やがて彼はポケットから何かを取り出して私に差し出した。


「お金?」


私の掌に置かれたのは丁度ジュース一本分のお金だった。


「これのお礼」


「いいよ。お金貰うために飲ませたわけじゃないし」


「…借りは作らない主義だから」


仕方なく小銭をスカートのポケットに仕舞う。

なんか無愛想な子だなぁ。


「っ…!」


青年は立ち上がろうとしたが、わき腹を押さえてその場に座り込んだ。


「痛むの?」


「…平、気…ッ…」


「ダメよ。ほら、肩に捕まって」


無理矢理彼の腕を掴み、自分の肩に回す。

ゆっくりと歩きながら琴音のいるベンチまで移動し、隣に座らせた。


「どこが痛むの?」


「……」


なぜか押し黙る彼は、ずっとわき腹を押さえたまま下を見ていた。


「わき腹ね」


私はやれやれと思いつつ、とりあえず負傷した箇所の確認をしようと彼の制服に手を掛けた。


「…めて…」


「えっ、ちょ!」


彼は小さく身体を震わせ、泣いていたのだ。

私は慌ててハンカチを取り出し、彼の涙を拭いた。


「あー、凛が泣かしたー」


「そ、そうだけど、違うわよ!もしかしてどこか傷に触った?大丈夫?」


「やめて…やめて…」


まるで何かに怯えるように、同じことしか言ってくれない。

これは手に負えないと判断した私は、琴音に後片付けを頼み、彼を保健室まで連れて行くことにした。





「失礼しまーす」


保健室につくと、彼を適当な椅子に座らせ、先生を探した。


「またタバコ吸ってるし」


保健室の外にあるテラスで、タバコをふかしている女医が目に入った。

この保険医は、見かける度にテラスに出てタバコを吸っている気がする。

以前琴音が体育の授業で捻挫をしたときもそうだった。


「先生、怪我人ですよ」


「ん?ああ、少し待っていてくれ」


茶髪のポニーテールを揺らして振り向いた先生は、テラスから部屋の中を覗きタバコを灰皿に投げ入れた。

先生が私の前を通り過ぎると、タバコと香水が混ざった匂いが私の鼻腔をかすめた。


「なんだアカネ。今度は何をやらかしたんだ?」


「貯水タンクのとこから落ちてわき腹を怪我したみたいなんです」


「んー?わき腹を怪我したぁ?」


先生は胸ポケットからメガネを取り出し、彼の制服をまくってみせた。


「っ…」


その傷を見て、私は息を飲んだ。

彼のわき腹の傷は、落下して出来たものではなかった。

先生の目つきが鋭くなる。


「お前…また実家に帰ったのか?」


彼の身体には沢山の痣が広がっていた。

殴られた、打撲の跡。


「……」


先生の問いに、彼は間を置いて頷いた。


「あれほどやめておけと言ったのに…大馬鹿者が」


叱りながらも棚の救急箱から湿布を取り出し、適当な大きさに切り始める。


「ああそうだ、凛、といったか?」


「え?あ、はい」


なんで私の名前を…。

不思議がっていると、先生はニヤりとした顔をこちらに向けた。


「琴音の友達だろう。あの子の話によく出てくるんだよ」


「あ、そうなんですか」


琴音もよく保健室を利用するようだ。

多分授業をサボってお昼寝でもしにきているのだろうか。


「コイツのことは他言無用で頼む」


「虐待、ですか?」


しまったと思ったのはハッとして自分の口を手で押さえたときだ。

あまり詮索していい話ではないのだろうけど、私の好奇心が咄嗟に口走っていた。


「まあ、想像の通りだ」


「…分かりました。この事は誰にも言いません」


包帯で上半身をぐるぐると巻かれ、彼は時折苦痛に顔を歪めていた。


「アカネ、家は?」


「……」


首を横に振る彼はどこか悲しそうな顔をしていた。

包帯を巻き終わった先生は救急箱を片付け、足を組みながら彼に向き直った。


「実家にも帰れない、住むところも無い…これからどうするんだ、アカネ」


彼は痛むわき腹を押さえながらゆっくりと立ち上がり、何もいわず保健室から出て行ってしまった。


「まったく…相変わらず頑固なヤツだ…」


「あ、あのっ」


「ん?どした?」


「彼、住む家がないってどういうことなんですか?」


「さっきも言っただろうが、あいつはあの傷のせいで実家に帰ることも出来ない。そして実家以外に住む場所もない」


じゃあ彼はどこで寝泊りしているのだろうか。

まさか学校の中でという訳にもいくまい。


「下世話な話だがな…――」


私は先生の言葉を聞くと同時に、彼の後を追いかけていた。

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