弐:セカンドアタック
爺が、いない……!!だが、思い直して慄然とする。そうか、きっと爺は妖精か何かだったのだろう。そう、座敷童的な。童と呼ぶには些か年を取りすぎていなくもないが、子供はいつか大人になるものだ。現代的な服装だったのも、きっと長らく人間界に住んでお洒落を覚えたとかそんなところだろう。細かいことは不思議と気にしなかった。結局、俺の頭の中では大した熟慮も経ず、爺は店の妖精だという適当な結論に達した。因みに、座敷童は妖精ではない。
やがて交代の時間がきて、レジから解放された俺はいそいそと売り場に出る。やはりレジでじっとしているより、棚と向き合っている方が性に合っているようだ。もしかしたらストレスが幻覚を映していたのかもしれない。つまるところ俺は、すっかり爺のことなど忘れて品出しに没頭し始めたのである。
だが、そうした安寧は長くは続かなかった。品出しの途中、何やら並々ならない視線を感じてふと前を見上げると、遠目に例の爺の姿が見えた。妖精とは何と警戒心が強いのだろう。やはり10mくらい離れた所からこちらの様子を窺っている。遠目なのに凄い眼力である。
俺は思わず息をのんだ。忘れかけていた衝撃が舞い戻ってくる。やはり幻覚などではなかったのだ。爺は存在した。未知のものと対峙している確信に、俺は震えた。だが、次の瞬間にはある使命感に支配されていた。捕まえなければならない。何故かはわからないが本能がそう言っていた。
あんなに警戒しているのだ、声を出しては益々驚かせて逃げられてしまう。まずは落ち着いて深呼吸をする。それから息をひそめて、ゆっくり一歩。俺は足を前に踏み出した。それは幼い頃に体験した虫取りにどこか似ている。するとどうだろう。俺の緊張が伝わったのか、爺も張り詰めた表情になる。俺が足を踏み出すのに合わせて、ゆっくりと一歩後退した。俺と爺の距離は変わらない。相変わらず10m保ったまま対峙する。
「………………」
「………………」
俺はまた一歩前に進み出た。だが、そうすればやはり爺もまた後ろに退がる。おかしい。
「………………」
だが俺は一つ失念していた。虫取りは虫に気配を察せられる前に捕まえるが、今の場合で言うと、捕獲対象である爺は既に俺の存在に気づいている。それに、スピード勝負に踏み切るには間隔も開きすぎていた。せめて間隔をつめなければ話にもならない。だが、俺が近づけば爺は遠ざかってしまう。ならばどうしたら良いだろうか。
「衛藤君、何をぼーっとしているのかな」
「あ、岡田さん。ちょうど良かった。一つお聞きしたいのですが、警戒心の強い生き物を捕獲する場合、どういう手段が有効だと思いますか」
「は?正面が駄目なら気取られないように後ろから周りこめばいいんじゃないか。そんなことより仕事をしたまえ」 そうか。俺はまたも失念していた。正面からが駄目なら後ろを狙えばいい。実に単純なことだった。ここは書店だ。本棚が作る死角はたくさんある。思わず俺は口元がにやけた。爺攻略は間近に思えた。
因みに、岡田さんは俺の上司だ。何故だかわからないが、最近目をつけられている。