壱:ファーストコンタクト
俺の名前は衛藤敦。この春大学を卒業後し、今は近所の書店に勤めている。とりあえず本が好きでこの業界を選んだが、今の御時世、本なんていう贅沢品はなかなか飛ぶようには売れてくれない。一時期、電子書籍の登場によって紙媒体の存在が危ぶまれていたが、実際は必ずしもこれの所為だけではない。その証拠に、市の図書館はいつでも超満員だ。だからと言ってやはり安泰なわけでもない。景気が悪くなると、必然的に贅沢品を前にした財布の紐はかたくなる。先行きは寧ろ厳しい。
俺の勤める書店は全国展開をしており、勤務先は地方の店舗である。大型書店と言って良いかはわからないが、比較的規模の大きな書店であり、専門書の扱いもあり、この片田舎においては恐らくダントツだろう。その為か、他の店に置いてないマニアックな商品がここにならあるかもと探しに訪れる客は意外と多い。だが、残念なことに、大体がマニアックな古書で、取り寄せすら不可能なことが多々ある。
そんな書店では、毎日色んな人との出会いが待っている。
**********
今日は平日で、店内の客足は疎らだった。俺はその時レジにいて、なかなか客も来ず、手持ち無沙汰で店内の様子を窺い見ていた。
レジからは新刊台と雑誌売り場、それに趣味実用書が見渡せるのだが、週刊誌を眺める30代くらいの女性や、ベビーカーを押す子連れの母親、新刊台を物色するビジネスマンらしき男、そして爺さんがパッと見でも確認できた。 最後に視界に入ったこの爺さんは、丁度俺の真正面、10m先の棚陰に立っていた。買う気があるかはさておき、とりあえず皆本やら雑誌を手にとっているにも関わらず、爺さんだけは何も手にしている様子がなかった。彼はしきりにレジの様子を窺っているらしかった。
悲しいことに本屋の万引きは時代が変われどなくならない。それどころか、時代が進むごとにその手口が巧みになり、そして動機なども多様化している。それでも万引き犯が、反抗前に見せる特有の怪しさはそう簡単には振り払えないらしい。この爺さんはどちらかと言えば、何となくと言うより、あからさまに怪しい部類に属するのだが、それに近しい空気感を出していた。
あれだけの怪しさを見せつけられれば、当然俺は爺に釘付けになる。だが、爺を観察していて気付いたのだが、爺は至って冷静であり、そわそわした素振りは全くなかった。それ以前に爺は本を手にしてすらいない。俺をガン見する爺と爺をガン見する俺は結果的に見つめ合っていたことになるのだが、爺はそれにすらうろたえていなかった。
爺の挙動は何かに似ている。そう、大型書店に稀にいる保安員だ。万引きしそうな人を客を装いながら監視するあれだ。
あれ、この店に保安員なんかいたっけ?そもそも爺は客じゃなくて俺しかいないレジを見ているわけだが。
その時、突然脇からわざとらしい咳払いが聞こえた。ハッと我にかえると、レジに客の列が出来ていた。慌てて会計をすると、1人目の客はにこりともせずにそれをひったくるようにして店を出て行った。だが、2、3人接客をするとまた暇になる。その隙に、さっき爺がいた場所に何気なく視線を運ぶと、爺はもういなくなっていた。