このこねこのこ
―――愛で何ができる。
別れ際に彼が残したのは、そんな言葉。
間髪入れずに「子どもができるわ」と答えた私は、果たして間違っていたのか否か。
身も蓋もないと言われればそれまでだが、咄嗟に浮かんだ答えがそれだった。
喧嘩の原因は記憶にない。おそらく思い出せないほどくだらないことだったに違いない。ついでに言うなら、そんなくだらない話がどこでどうもつれて 〝愛〟 という単語に行き着いたのかなど見当もつかないが、とにかく。
私の答えに彼は一瞬呆気にとられ、次に呆れ、溜め息をついて踵を返した。
去っていく彼の背中を見つめながら私は、何か間違ったことでも言ったか? と完全に血がのぼった頭で自問自答を繰り返していた。
ちなみにその答えは今も謎のままだ。
……さて。
なぜ急にそんなことを思い出したのかと言えば、目の前に鎮座する段ボール箱に原因がある。
「なんてベタなシチュエーションなの」
雨の夕方。路肩に薄汚れたダンボール。 〝拾ってください〟 の張り紙ときたら、その中身が何なのかなど大方予想がつくだろう。
私の前には今、一匹の子猫が丸くなっている。
〝愛で何ができる〟 と彼は問い。
〝子どもができる〟 と私は答えた。
もしそれが真だったとして、そのあと一体どうなるか。
結果はこれだ。
愛は確かに子を作り、そして―――捨てた。
猫が一匹しか子どもを産まなかったとは考えにくい。おそらくこの子猫にも数匹の兄弟がいたはずだ。それがたった一匹でここにいるということは、おそらく。そういうことなのだろうと理解して、微かな嫌悪感を抱く。
捨てられたのが元から一匹だったのか。それともこの一匹だけが残ってしまったのか。
どちらにせよ。
「原因はその〝色〟 か……?」
万色にして無色。
漆黒の毛並みは今や濡れそぼり、みすぼらしい風体と化していたが。
私は躊躇無くその体を抱き上げた。
抵抗無くくったりと身を預けてくるところからしても、相当弱っているようだ。
握り締めた傘の色が透けて、その小さな体に映し出されている。
たかが体色一つで、なにが変わるというのだろう。
不審の目で腕の中の子猫を見る通行人の雲を抜けながら、どんな名前にしようかと私は考える。
後にヤマトと名づけられたこの黒猫は、我が家で数々の事件を引き起こすことになるのだが、それはまた別の話。
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