風変わりなシンデレラと苦労性の魔法使い
昔むかし。ある所にシンデレラと呼ばれる女の子がいました。
女の子には血の繋がらないお母さんと三人のお姉さんがいました。
お父さんは今のお母さんと再婚してすぐに天国へと旅立ってしまい残されたシンデレラは血の繋がりのない家族とお父さんの残した屋敷で暮らしていました。
「シンデレラ!」
お屋敷に甲高い神経質そうな金きり声が響きます。
お屋敷の主である黒い喪服をまとったがりがりに痩せた婦人がぷるぷると震えながら見る先には綺麗に整頓された台所で楽しそうに料理をする一人の女の子の姿がありました。
淡い金色の髪は作業の邪魔にならないように綺麗に結い上げられており白い手は鍋をかき回すお玉をしっかりと握り締め、柔らかく誰もが見惚れる笑みが向けられているのは鍋の中でおいしそうな匂いをさせているビーフシチューに向けられていました。
彼女の名前はシンデレラ。
このお屋敷の御嬢様です。
「あら、義母さま」
丁度出来上がったシチューを竃からテーブルに移すとシンデレラは険しい顔で台所の入り口に立つ母親にニコヤカに笑いかけます。
「どうかされましたか?」
シンデレラは少々場の空気が読めません。
母親が明らかに様子がおかしいというのにその原因にはちっとも気付かないのです。
そんなシンデレラに継母は今日も口を酸っぱくして同じことを言います。
「シンデレラ!貴族の娘であるあなたが料理などしなくてもよろしいのです!貴方は偉大な旦那様の娘・・・血が繋がらないまでもわたくしもまた貴女を娘だと思っているのですよ」
「ええ、わたしもお母様のこともお姉さまたちのことも本当の家族だと思っていますわ」
にっこりと笑ってシンデレラはとても貴族の娘とは思えないほど質素な格好のままシチューを深皿に盛ります。
その姿はどう見ても召使です。
そんなシンデレラに継母は涙混じりに縋りつきます。
「貴女がそんな格好で料理などする必要はないのです!綺麗な服を着て娘らしくしても良いのです!」
厳しいところもあるが情が深い継母は互いに連れ子で再婚した亡き夫を心の底から愛していたし継子であるシンデレラも自分の二人の娘同様に愛してもいました。
だからこそシンデレラが質素な格好をして料理をするのを黙ってなどいられなかったのです。
「私達に遠慮などしないで貴女は貴女のしたようにすればいいのですよ」
そう涙ながらに訴えればあっけらかんとシンデレラも答えます。
「お母様。これがわたしのしたいことですわ。とっても自由にさせてもらって逆に心苦しいくらい」
にっこりと笑って見事な手際で本業の料理人も顔負けの立派な夕餉を作り終えてしまった娘に継母は今日も肩を落とすしかありませんでした。
「このままではいけないのです!」
力の限り力説した継母に両脇に座っていた姉二人もこれまた力強く頷きます。
左端に座った少々ふくよかなおっとりした姉はたれ目をますますたれさせながらハンカチで目元を覆いながら語ります。
「シンデレラったらぁ・・・新しいドレスを作るために生地を選ぶ時でも私達のことばかりでぇ・・・自分は一番地味な布しか選ばないしぃ・・・布だけ買ったら自分で作ってしまうしぃ・・・・」
ふくよかな姉の言葉に右端に座っていた痩せた姉は眉間に皺を寄せてきゅうと胸元で手を組みました。
「あの子は・・・一切我儘を言わないのよ・・・・それどころか私達やお母様のことばかり気にかけて自分のことは全部後回し・・・どころか全く構わないで毎日畑の世話をして料理をして・・・・暇があったら本を読んで料理研究をしてちっとも娘らしいことをしないのよ・・・少しは甘えてくれてもいいのに」
痩せた姉の言葉に継母とふくよかな姉は力の限り同意をします。
「「「あの子には幸せになって欲しい」」」
異口同音に紡がれるのは血の繋がらない・・・だけど誰よりも大切な家族の幸せを祈る言葉。
そしていかにシンデレラがいい娘なのかいかに幸せになるべきなのかを懇切丁寧に聞かされていた鮮やかな赤髪の若い魔法使いが心底つかれきったように溜息をつきました。
顔も知らない他人の妹や娘の自慢をされたらそれは疲れます。
彼は性格的に疲れていることも隠そうもしませんでした。
だから態度はものすごく悪いです。
「・・・・・で、あんたらは一体俺にどうしろと?」
街の外れに長い間住んでいる魔法使いは見た目はシンデレラと同い年に見えますが魔法使いは見た目と年齢が必ずしも一致するものではないのでこの魔法使いも実年齢はきっとかなり上なのでしょう。
魔法使いはがしがしと髪を掻き毟ると思いつめたような顔をした三人を胡散臭そうに順繰りに見ました。
徹夜で実験をしていてようやく眠った所をたたき起こされたのですから彼の不機嫌は仕方がないです。
しかし、継母達は魔法使いの都合を考えている余裕などありません。
シンデレラの幸せを願う三人はどうしても魔法使いの協力が必要なのです。
三人は魔法使いの不機嫌も無視して顔を見合わせると代表して継母が魔法使いにあることを依頼しました。
「赤髪の魔法使い殿。貴方に頼みたいことがあるのです」
ものすごく面倒くさそうな顔で魔法使いが継母と視線を合わせます。
「どうか、シンデレラの本当の望みを聞きだしてそれを叶えて欲しいのです」
「・・・・はぁ?なにそれ、なんで俺がそんな面倒なことを・・・・・・」
嫌だよと言いかけた魔法使いでしたが鬼気迫る形相で三人に詰め寄られその言葉を思わず飲み込んでしまいました。
正直、継母だけでも夢に見そうなのにそれが三人分となると迫力倍層です。
確実に一年ぐらいは夢の中に現われそうな恐怖です。
恐怖に慄く魔法使いを他所に三人は次々に好き勝手注文をつけてきます。
「どうかあの子の本当の願いを聞きだしてくださいぃ!」
「わたくし達ではダメなのです!あの子は遠慮して全く自分の願いを言おうとしない!」
「費用のことはご心配なく!金銭や手配は全て私たちが請負ますわ!」
「だからどうかどうか~~~~~!!」
「「「あの子の願いを聞きだして叶えてください!!」」」
この時のことを後に魔法使いは親しい友人に酒の席でこう漏らしています。
「あの時、俺は頷かなければ殺されていた」
青い顔で酒の入った器を持つ手も震えながらそう告白をすることになる魔法使いは結局、シンデレラの幸せを心から祈り暴走している女三人に勝てずに勢いと恐怖に負けてこの仕事を引き受けることになるのでした。
「ったく・・・・面倒な仕事だ」
ぽりぽりと面倒そうに頭を掻きながら魔法使いは手入れの行き届いた庭でシンデレラの姿を探していました。
うららかな昼下がり、貴族の娘なら庭でお茶会でもしていそうなものだが変わり者の姫君はこのような日には大抵庭の片隅に作った自分の畑の世話をしているというのです。
てくてくと適当に歩きながら魔法使いは無理矢理引き受けることになった依頼をどうしたものか悩んでいました。
魔法使いと一口に言っても色々と得意分野が違います。
物語に出てくる竜を召喚するような魔法使いもあれば薬などを作ることが得意な魔法使いもいるのです。
そして赤髪の魔法使いはどちらかといえば魔法薬を得意としていたので例えば宝石が欲しいとか服が欲しいとか言われたとしてもどうしようもないのです。
(まぁ、何か物が欲しいといわれたらあの三人に用意してもらえばいいか)
自分は上手くシンデレラの願いを聞き出せばいい。それを手配するのは依頼人だと思い直しました。
悩むのも馬鹿らしい。
そう思った時、魔法使いの足が止まりました。
よく整えられた庭の端。人が訪れそうにない片隅に突然現れた畑の間をひょこひょこと動く麦藁帽子に魔法使いは目的地に着いたことを悟りました。
(本当に畑の世話をしているよ・・生粋の御嬢様が・・・)
話には聞いていましたが実際に世話をしているところを見たことによって驚きがありました。
本当に変わり者なんだなぁ・・と思いながら近寄ろうとした魔法使いに気付いたのか麦藁帽子がかすかに揺れてその下に隠れていた顔が魔法使いの方を向き、顕になった瞬間、魔法使いは。
心臓を鷲づかみにされました。
バックに稲妻が走り、全身の血が沸騰するような錯覚を感じました。
麦藁帽子から零れ落ちるのは太陽の光を浴びてキラキラと輝く黄金色の髪。
白い肌は畑仕事をしていたためか泥に汚れているが不思議とそれは彼女の魅力を損ねるようには見えません。
幼さを残した顔には柔らかい笑み。
深い湖の底を思わせる青い瞳と目が合った瞬間魔法使いの心臓は大きく高鳴りました。
魔法使いの目には空の青さも見えず風のそよめきも聞こていません。近くに咲いた花の香りすら感じては居ないのです。
全ての五感は目の前のシンデレラに向けられそれ以外の全ては魔法使いにとってはどうでもいいものになっていました。
「あの?」
不思議そうに首を傾げるシンデレラに魔法使いは一目で恋に落ちてしまったのです。
「どうかされましたか?」
麦藁帽子を脱ぎ、シンデレラが魔法使いに近寄ります。
ふわりと柔らかそうな髪が風に吹かれ彼女の頬を撫でるのを軽く耳にかける動作すら魔法使いの目を引きます。
野良仕事用なのかズボンにシャッという質素な格好なのに魔法使いにはどんなに着飾ったお姫様よりも綺麗だと思えてしまい彼はその場に座り込みたいぐらいに動揺しました。
シンデレラから目が離せないのです。
彼女の姿が声が動作が・・・彼女の全てが愛しくてならない。
あの青い瞳を見てしまってから魔法使いの世界は一変してしまったのでした。
「あの~~?」
一向に何も言わずただ自分を凝視するだけの魔法使いに恐る恐る声を掛けてくるシンデレラの泥に汚れた腕を魔法使いはそっと宝物でも扱うように掴むと自分の方へと引き寄せます。
ぱちくりと目を瞬かせるシンデレラに魔法使いは自分でも信じられないぐらい甘くとろけた顔と声で彼女の名前を呼んでいました。
普段の彼の無愛想をしっている友人たちなら目を剥くような光景です。
「シンデレラ」
「は、はい!」
「・・・・俺のつま・・・・・」
魔法使い渾身の求婚は土煙を上げながら走りこんできた継母の投げた籠とふくよかな姉が窓から落とした分厚い辞書が命中したことといつの間にやら現れて冷静にシンデレラの耳と目をしっかりと塞いでいた痩せた姉によって木っ端微塵になかったことにされてしまいました。
そして姉と継母は異口同音に叫びます。
「「「解雇!!」」」
その言葉になにも知らないシンデレラだけが不思議そうに首を傾げていました。
もちろんそれで諦める魔法使いではありません。
足繁くシンデレラの下へと通い、姉継母の執拗な妨害と嫌がらせにも決して屈せずに熱心にシンデレラの気を引こうと努力してはシンデレラ自身の鈍感さに撃沈をしていました。
彼女の夢が料理人になることでそれを知った魔法使いが一計を案じ、お城の厨房で一日働けるように計らってシンデレラがとても喜んだり。
そこで出会った王子さまにお悩み相談室をしたシンデレラを慕ってなぜだか王位継承権を妹に譲渡してシンデレラの家の隣に引っ越してきたり、魔法使いの知り合いの結婚騒動に巻き込まれてしまったりと色々騒動が起こるのですが今宵のお話はこれまで。
ただ、物語らしくこの言葉で終りたいと思います。
「そうして彼らはいつまでも幸せにくらしましたとさ。おしまい」