背骨に迫る
自分の体ほど信じられないものはない。
始まりは、些細な腰の違和感だった。動くたびにどこか重く、チクリと鉛筆でつつかれたような痛みが走る。でも、それ以上気にかけることなく、わたしはいつも通りの日常を送っていた。
ある夜、体が異様に重く感じた。まるで見えない誰かが、わたしの上に乗っているようだ。首だけであたりを見回しても何もいない。しかし視線を変えるたび、背中にすうっと冷たいものが這い上がる。耳元で囁かれた気もした。「お前になりにきた」と。夢か現実かも分からないまま、意識は薄れていく。
翌朝、起き上がろうとすると異変に気付いた。足が、動かない。腰から下の感覚が消え、まるでマネキンの下半身を無理やり取り付けたかのような違和感。布団をめくっても、確かにわたしの体の一部なのに、意志では動かせない。
数週間後、ようやく動けるようになったが、左半身には鈍い痺れが残る。じりじりと体の内側で何かが蠢くようで、膝は床に擦れ、足取りはおぼつかない。椅子から立ち上がるときも、手すりを握る指先は頼りなく、握力も徐々に失われていた。
いつもの部屋にいても、視界の端が揺れ、床の軋む音が異常に大きく響く。後ろから、微かだが確実に近づく足音。わたしの呼吸に合わせて、ゆっくりと距離を詰めてくる。存在の気配は重く、まるで体の内部にまで食い込んでくるかのようだ。
体を動かそうとしても、足はぐにゃぐにゃと崩れ、膝を強く打つ。ジーンとした感覚が体中を走り、床を擦る音だけが増幅される。振り返ろうとしても、黒い影が目の端にちらつき、視線を逸らすこともできない。まるで背後の誰かが、わたしの体を支配しているかのようだ。
わたしは何度も転び、上半身の力だけで椅子にへたり込む。迫る足音と、床に擦れる感触に押され、逃げようとしても体は裏切る。背中に這う冷たさと、何かが侵入してくる感覚――その圧迫に、息を整えることしかできなかった。
そして、気づいた。それはもう、私の中にいるのかもしれない。
わたしがわたしでなくなる