虫飼い
夜の訪れは必ずしも良いものではない。
夜になると、わたしの中で小さな生き物が目を覚ます。
いつからだろうか、"それ"が起こるようになったのは。
最初は、ごく僅かな違和感だった。夜中にふと目が覚めると、なんだか寝付けない。体の中で、なにかがもぞもぞと動き回っている。けれど目に見えるものではない。ただ落ち着かなくて、脚を伸ばしたり、布団を蹴飛ばしたりして、何とかやり過ごしていた。
しかし違和感は日ごとに強まり、月の半分は安眠を覚えることがなくなった。夜が来るたびに、私は身構えるようになった。必ず"それ"がやって来るのだから。
虫が這いずっているのだ。
手足を、体の中を、皮膚の裏側を。
ぞわぞわとした感覚が、膝から太ももへ、あるいは足首から腰へと這い上がっていく。内臓の奥にまで潜り込むようで、吐き気を覚えることすらあった。寝返りを打っても、布団を押しのけても、"それ"は決して去らない。
最初のうちは、優しく手足を押して追い出そうとした。揉んだり撫でたりして、ここから出ていけ、と祈るように。しかし奴らは姿も見せず、ひたすら逃げ回るだけ。不快感だけを残し、全身を蝕む。
私は次第に、自らの腕を強く叩くようになった。バチッと音が鳴るほどの平手打ちを繰り返し、それでも収まらなければ壁を蹴り、殴りつけた。夜中に乾いた衝撃音が響く。けれど一瞬の痺れと痛みのあと、虫は再び戻ってくる。
気づけば、皮膚が裂け、血が滲み出るまで叩いていた。赤黒く滲んだ腕を見ても、虫は笑っているように這い回るだけ。肉の奥で、骨の隙間で、脳の底で。
私は悟った。
こいつらはわたしの外から来たのではない。ずっと昔から、わたしの中に棲みついていたのだ。夜が深まるたびに目を覚まし、体を支配しようとする。
だから、わたしは今夜も虫に襲われる。
きっと明日も、その次も。
いつか全身を食い荒らされ、わたし自身が虫になるその時まで。闇の中で、微かに蠢く感覚を感じながら、目を閉じる。足先、指先、胸の奥まで――奴らはもう、そこにいる。
夜はまだ長く、静かに、しかし確実に、わたしを待ち続ける。
あなたの中にも