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下りてくる気配

 古い家は、それだけで恐怖を掻き立てるのに充分だ。


 子どものころからおばあちゃんの家に泊まるのが少し怖かった。

 二階建ての古い木造の家。昼間は陽射しが差し込み、縁側から眺める庭は穏やかそのものなのに、夜になるとまるで別の家のように思えるのだ。


 ある夏休み、私は親に連れられて泊まりに行った。おばあちゃんの家では、決まって一階の和室に布団を並べて寝る。古い畳と、線香の匂い。


 天井の梁は太く、障子越しにオレンジ色の豆電球の灯りがぼんやりと差し込んでいた。静かなはずの夜、最初にそれが聞こえたのは寝入ったばかりのときだった。


 ――ギシ、ギシ。


 階段を下りる音。

 古い家だから木が軋むのは自然だと、最初は思った。だが、音は階段を下りきると、畳を踏む気配に変わり、やがて私の布団のすぐ脇まで近づいてきた。


 そして、ふいに。

 足音は、布団にくるまっている私の上を踏むように通り抜けた。ぐぐっ、と軽く体に触れた感触があり、息を止める。


 心臓が暴れるのを抑えるために、目を固く閉じた。足音はそのまま部屋を抜け、また階段を上っていった。


 それは一度きりではなかった。おばあちゃんの家に泊まるたび、夜になると同じように誰かが下りてきて、私をまたいで通り過ぎ、戻っていく。不思議に思っておばあちゃんに聞いたこともあったが、「古い家だからね」と笑って流されるだけだった。


 けれど、ある夜。

 それは通り過ぎずに、私の枕元で止まった。


 気配が重たく覆いかぶさる。

 布団の隙間から目だけをわずかに開けると、豆球の橙色の灯りに、ぼんやりとした人影が映った。


 人がこちらを覗き込むような、輪郭だけの影。誰の顔かまでは見えない。けれど確かに、そこにいる。心臓がうるさい程バクバクと音を立てる。


 ぞわぞわと背中に寒気が走り、足先から徐々に体の感覚が抜けていくのを感じる。息ができないほど怖かった。動けばすぐに触れられてしまいそうで、金縛りにかかったみたいに体が固まった。


 だが、震える頭の奥でふとよぎった。

 二階には、少し前に亡くなったおじいちゃんの部屋がある。もしかして――あの足音は、孫の私の様子を見に来たおじいちゃんだったのかもしれない。そう思うと、恐怖は少しだけ和らぎ、私はいつの間にか眠りに落ちていた。


 後日、何気なく親におばあちゃんの家の夜のことを話した。

「そういえば、夜になるといつも何かの音がなるんだよ。僕の上を通ってさ」

 わたしが笑いながら言うと、親は少し驚いた顔をした。


「……お前も聞いたのか。昔からなんだよな。あの家、夜になると“誰か”が通ってたんだ。俺も子どもの頃、何度も……。あれ、今もいるんだな」


 親の言葉に返事ができなかった。

 あの夜、確かに影は私を覗き込んでいた。おじいちゃんの優しさなのか、それとも別の何かだったのか。答えはわからない。


 ギシ、ギシ――


 ただ一つ、今も思う。

 おばあちゃんの家に泊まると、夜ごとに階段を下りてくる“誰か”は、きっとまだ歩き続けているのだ、と。

今も、きっと

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