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鼓動

 暗がりは、嫌というほどわたしを神経質にさせる。


 夜、布団に潜り込む。

 いつもなら、瞼の裏の闇に身を委ねれば、静かな眠りがやってくる。自分の心臓のリズムが、ほんの少し安心をくれるのだ。

 けれど最近は違った。胸の奥で、自分の心臓とは微妙にずれた、不規則で焦燥を帯びた鼓動が聞こえる。トクン…トクン…。


 最初は疲れや寝不足のせいだと思った。

 だが日を追うごとに、その音は大きくなり、耳元で跳ねるように響く。眠ろうとしても、胸の奥で「誰か」が息をしているかのような感覚に、恐怖がじわりと忍び寄る。


 ある晩、耳元で低い呼吸音が混ざった。最初は空耳だと思ったが、次第に規則を持ち、まるで別の“なにか”が横で呼吸しているようだった。布団を跳ねのけて起き上がるが、部屋には誰もいない。窓の外も静かだ。胸の鼓動だけが、ますます強く、ドクドクと響く。


 恐怖を押し殺し、鏡に目を向ける。

 鏡の中の自分は確かに自分だ。しかし影の揺れ方が微かにずれている。目が、ほんの一瞬、こちらを見た気がした。

 背中を冷たい汗が伝い、身体が硬直する。視覚は確かだと知っているのに、何かがそこにいる感覚に、心が締めつけられた。


 日々、異変は増していく。胸の鼓動は昼間でも時折聞こえ、歩いているときや本を読んでいるときも、別のリズムが脈打つ。ヒソヒソ…と、わたしを探るような息遣いも聞こえる気がした。

 寝室では物音が響き、家具の影が濃く揺れる。

 家族には言えない。誰かに話せば、きっと「気のせい」と笑われるだろう。孤独な恐怖は深まり、心を少しずつ蝕んでいく。


 そしてその夜――布団に入ると、鼓動は急に荒々しくなる。耳元で囁く声が聞こえ、手足を動かそうとしても思うように動かせない。胸の奥で、別の何かが自分を押さえ込むように脈打つ。


 突然、鼓動は止まった。それはわたしのものなのか、別の“なにか”のものなのか。

 全身の感覚が抜け、体を支えるものがないかのように浮遊する。部屋の色も形も歪み、影が揺れ、窓の外の闇がじっとこちらを覗き込む。息もできない。存在そのものが揺らぐ恐怖に、わたしは震えた。


 やがて夜は明ける。朝日がカーテン越しに差し込み、部屋はいつもの色に戻る。

 身体を動かせること、息を吸えること、光を感じること――すべてに安堵する。


 しかし胸の奥に残る微かな鼓動は、確かに消えてはいない。あの夜の感覚、あの不気味な存在感は、まだどこかに潜んでいる。鏡を覗くと、微かに影が揺れる。目が合った気がした。


 現実だったのか、夢だったのか。

 誰にも答えはわからない。

 ただ、次の夜が訪れるたびに、胸の奥の鼓動は、少しだけ、わたしを呼ぶように響く――。

 トットッ、トットッ……ドッドッドッドッドッドッドッ――。

それはあなたのものですか?

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