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恋愛・ヒューマンドラマ

ドラマチックなことは何もない人生だわ、と公爵令嬢本人だけがそう言っている

作者: 二角ゆう

数ある中から手に取っていただきありがとうございます。

深夜にコメディを書こうとしたら、恋愛に落ち着きました。

「俺はアンナ・クレモイアとの婚約を破棄する!」


 そう声が響き渡る瞬間、学園のカフェテリアは静まり返った。


 お昼休みの喧騒に包まれていた学園の食堂。私が一歩踏み込んだ、まさにそのときだった。


 婚約破棄──そう口にした伯爵子息のルドルフ。そして隣にいる私。


 目の前には凍りついた表情の令嬢、アンナ・クレイモア様。


 ⋯⋯あら?  どうやら私、何かの誤解を受けているようで。


「えっ、私じゃありませんわよ?」


 周囲の視線が一斉に私へと注がれる。 たまたま隣に立っていただけなのに、なぜか“浮気相手”のポジションにされかかっている。


 違う、違う。私は交換留学から帰ってきたばかりなの。


 困惑しながら後ずさった瞬間、ドンと後ろの誰かにぶつかった。


「痛っ」


 慌てて振り向くと口を尖らせて睨みつけてくる真の浮気相手らしい令嬢。


 その首から崩れ落ちる派手な装飾のネックレス。音を立てて床へと落ちた。


「あぁっ、私のネックレス!」


「まぁ、ごめんなさいね」


 嘆く令嬢に素直に謝る私。


 慌てて膝をついてそのネックレスを拾い上げる。ちらりとそれを見るとどこか違和感を覚える。


 地金の銀色の部分が茶色に変色しているなんて⋯⋯それに──。


「壊れたネックレスの代金は弁償いたしますわ。このネックレス、錆ついている部分があるようですけど、プラチナではありませんの? それに、この色石はルビーではございませんわね」


 さらさらと説明し始めると、ぽかんと口を開けた令嬢。私は首を傾げてさらに続ける。


「色と輝きが違うのでレッドスピネル当たりでしょうか? カットがやや粗いようですが、どこの宝石屋をご利用なさいましたか?

 思い出がありますなら、これを同じ形で仕上げますが──」


 私は申し訳なさそうに令嬢を見つめる。すると、令嬢が見たのは伯爵子息。尻もちついたことは忘れたように勢いよく立ち上がると、伯爵子息に迫る。


「これ、本物ではありませんの?」


「い、いや⋯⋯そうだ、とても高かったから」


 一歩下がりながら目線を外す伯爵子息の声はだんだんと小さくなる。


 えぇ、これ全部本物だったら、伯爵子息のお小遣いでは買えませんものね。


「ひどいわ、真実の愛だって言っていたのに」


「お、俺は今でもミリアを愛している」


 私は怒られてもいないのに両手を揃えて伏し目がちにした。


 私のせいで真実の愛が壊れてしまった。真実の愛って繊細なのね。


 伯爵子息の奥から顔を出した元婚約者。


「ルドルフ様、この件はしっかりと両親にも伝えさせていただきます。詳しい話は追ってご連絡いたしますわ」


「アッアンナ⋯⋯誤解なんだ」


 唇を噛み締めて固い表情のアンナを見て、私もルドルフに告げる。


「ルドルフ様の婚約破棄宣言はしっかりとお聞きしましたわ。ネックレス一つで真実の愛が壊れてしまうなんて驚きですわ。あぁ、真実の愛もまがい物でしたけどね」


 あぁ、ごめんなさい。私言葉が過ぎましたわ。


 完全に修羅場へと変貌を遂げた私たちに、周りは好奇の目に変わった。


「アンナ様、必要があれば私も証人になりますからお伝え下さい」


 私の言葉に目をいきいきとさせるアンナ。両手で手を強く握られて感謝された。


 びっくりしたが私は微笑み返した。


 今日はなんて波乱の一日なんでしょう。


 婚約破棄に修羅場まで、と言っても私のことではありませんが。


 そう思っていたのは幕開けにすぎなかった。


 ───────────────


 その日の午後──。


 お昼を取ったあと、散歩がてら庭園を散歩中にある人物が視界に入ってくる。


 あれは第二王子と誰?


 第二王子はカトリーヌ様と婚約しているはず。王子の目の前で頬を赤らめている令嬢は⋯⋯。


 バレないように後ろへ下がると木の枝を踏んでしまった。


 パキン、と木の大きな亀裂音が空気を揺らす。


「誰だ」


 第二王子の声が上がる。私は逃げるのを諦めてドレスを整え凛と立つと王子がこちらに来るのを待つ。


 顔を歪め苛立ちが伝わる顔のまま私に近づく。


「リ、リディア嬢ではないか」


「ジュリアン王子にご挨拶申し上げます」


 王子は私が誰か分かると、途端に落ち着かない態度になる。


「私は道を間違えただけですので、どうぞ続けてください」


 第二王子は人生の道を間違えたようですけどね。


「違うんだ、これはただ話していただけで他意はない」


「私にご説明は入りませんわ。ただ、カトリーヌ様は幼少の頃からカーテシーやマナー、自国の歴史や貴族の名前だけではなく他国のと関係も深く学び、その関係構築に心血を注いでいます。

 ジュリアン様がカトリーヌ様を本当に想っておられるのであれば、他の方へお譲りになるべきかと存じますわ。彼女は王妃になるのに相応しいお方です。友人として彼女が幸せになるのが、私の願いでございます」


 一時の感情とその償いを天秤にかけられない王子なんかカトリーヌ様の隣にいてほしくないわ。


 怒りに任せて口に出た言葉を飲み込むのは、あまりにも遅かった。


 第2王子は私の言葉に鋭い目で睨みつけたが、そこまで愚かではなかったようだ。


「リディア嬢、恥を忍んで聞くが、この先何が最善であろうか?」


「最善はジュリアン様がよく考えて出した答えに正直に誠心誠意を持って行動していただくことではないでしょうか」


 第二王子は視線を外して何かを考えているようだ。


 沈黙。


「リディア嬢、時間を取らせて済まなかった。自分なりに考えてみる」


「こちらこそ出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした」


 カトリーヌ様、傷が浅いと良いのですが⋯⋯。


 私は王子と別れて庭園を歩き始めた。


 なんだか少し疲れたわ。まさか第二王子が他の令嬢に気持ちを浮つかせるなんて思わなかったわ。


 ───────────────


 しばらくして庭園の噴水近く──。


 先客がいた。


 令嬢を三人の魅力的な男子生徒たちが取り囲んでいる。


 あの真ん中にいる彼女は先ほど第二王子といた令嬢ではないか。


 私は後ろにいるシェリーに誰なのか聞いた。


「輪の中心におりますのはクラリーチェ嬢、平民の方です。その隣がレオンハルト公爵子息でその隣がシルヴェス様。そしてダリウス様──」


 シェリーの説明によると“冷静”、“陽気”、“無口”の公爵子息の方たちのようだ。それから“武人”の方もいるみたいだけど、今のところ不在。


 それにしてもあの方の引き寄せの力はすごいものね。


 そこに後ろから足音が聞こえる。振り返ると、大きな体躯。筋肉のある上半身にこの方が武人かと予想がつく。


 私はその人と目が合うとお辞儀をした。


「あなたがダリオ様でしょうか? 私はリディアと申します」


「はい、お初にお目にかかります、リディア様」


「あなたもクラリーチェ令嬢に?」


 それを聞いた武人は気まずそうに頭の後ろを掻いた。


「⋯⋯今までずっとそうだと思っていましたが、なぜか一時の胸の高鳴りに思えてきました」


 目を大きくして私は武人を覗き込む。


「まぁ、それはどうしてですの?」


 武人は初々しい笑顔をこちらに向ける。


「リディア様を見たら、ふと幼馴染の顔が浮かびました。今は彼女に会いたくて仕方ありません」


 なんだかお心の中が忙しいようね。


「まぁ、うまくいくといいですわね」


 私がそう返すと、遠くからクラリーチェ令嬢の声。


「ダリオ、遅かったじゃない」


 ダリオはクラリーチェの方へ駆けて寄ると、勢いよく頭を下げた。


「クラリーチェ嬢、私は会いたい人がおりますのでこれで失礼いたします」


 こちらに向き直った武人の顔は輝いていた。


 クラリーチェの瞳は私をじっと見つめている。


「あなたは先ほどの⋯⋯! ダリオまで返してしまったあなたはどちら様でしょうか?」


 はっきりと苛立ちの含んだ声。


 たぶらかされたジュリアンが悪いのだが、つい聞いてしまった。


「私はリディアと申します。ジュリアン様に近づいて何をなさるおつもりだったのかしら?」


「それはリディア様が知る必要はございません。あなたたちもそう思いません?」


 それを聞いた他の公爵子息は静かに聞いている。


 それを不思議に思ったクラリーチェが3人を交互に見ている。


「私も同じ公爵家ですので、お気になさらず。シルヴェス様、レオンハルト様、ダリウス様」


 それぞれ冷静、陽気、無口の公爵子息の方々に挨拶する。その横で血の気の無くなったクラリーチェの姿。


 彼らはなぜかダリオと同じように私と目が合うとはっとしたように見開いた。


「王太子のセイラン様の婚約者でいて、未来の王太子妃でありますから、気軽にお声がけなど出来ません」とシルヴェス。


「リディア様、オルヴァンスへのご留学はいかがでしたか?」とレオンハルト。


「妹がお世話になっております」とダリウス。


「あら、セレナ様のお兄様でございましたか」


 驚いて手を口に当てた。


 そうそう、クラリーチェ嬢は大丈夫だろうか?


 クラリーチェはなんだかムッとしたり、青ざめたりと忙しい。


 彼女はさぞかしドラマチックな人生を歩んでいるんでしょうね。


「こんなところでお邪魔いたしました。私は失礼いたしますわ」


「いえ、私どもももう帰るところでしたので」


 レオンハルトの一声で、シルヴェスもダリウスもクラリーチェに挨拶をするとさっさと離れていってしまった。


「な⋯⋯」


 クラリーチェは口をぱくぱくと動かし顔を真っ赤にしている。その彼女を見ているのは私、ただ一人。


 まぁ、私があなたのハーレムを壊してしまったのかしら?


 ───────────────


 王城のティールーム──。


「と、言うことがありまして」


 私は嬉しそうに今日あった出来事をセイランに伝える。


「リディア、それは大変な一日だったね」


 優しい笑みをこちらに向けてくるセイラン。


「それにしてもカトリーヌ嬢がいるのに“恐妻家”のジュリアンもよくやるよ」


 ジュリアンとカトリーヌが仲が良いのは公然の周知だった。そしてこのまま二人は結婚すると思われているのだが、ジュリアンは“恐妻家”と言われている。


「でもカトリーヌ様はあんなにお優しいのに“恐妻家”だなんて。ジュリアン様もちゃんと反省してほしいですわ」


 私は今日の出来事を思い出す。


 はぁ、皆はなんてドラマチックな人生を歩んでいるのだろうか。人生をかけた大恋愛に修羅場、他にもたくさんのドラマがあるんでしょうね⋯⋯。

 私は恋敵もいなければ、意地悪な姉妹も、過干渉な兄弟もおりませんから。


「あんなにドラマチックな人生だなんて、すごいですわね」


 目の前のこんなに素敵な王子は頭も良くて、浮ついた話の一つもない。


「リディアはドラマチックに憧れているの?」


 セイランは目を覗き込んでくる。


「いえ、他人の芝生は外から見ているだけで良いですわ」


 それをセイランは意味ありげな目で見つめてきた。


 ───────────────


(セイラン王子side)


 澄んだ強い目の魅力的なリディア。

 その目は初めて出会った8年前も同じだったな。


 セイランの記憶は8年前まで遡る。


 8年前──。


 セイランは王城で許婚としてリディアを紹介された。


 金糸のような繊細な髪は二つに結ばれてふんわりと揺れている。年相応の上品なピンクのドレス。


 僕と目が合ったリディアは目を伏せて優雅なカーテシー。


 まるで母の元へとやって来る貴族の夫人たちのようなお手本のよう。


 見た目の可愛さに似つかわしくない姿を心に留める。


『二人で歓談していらっしゃい』


 母に促されて、庭園に誘い、近くのベンチで話し始めた。


 僕は子どもながらに愛想を良く、話を合わせてくる人を嫌と言うほど会ってきた。


 それは同じような年の令嬢も同じだった。


 あらかじめ覚えてきた僕の好みを披露し、『気が合いますね』と言うので、僕はいじわるに『そう良く言われますが、好みは真逆なんですけどね』と返すと、令嬢は求刑を言い渡された罪人のような絶望した目をした。


「セイラン様はどんな令嬢がお好みですの?」


 可愛らしいリディアは首を傾げている。それは目の前の相手を理解しようとする目。


「僕は活発な子が好きだな」


 いつもこう言うと目の前の令嬢の顔色が変わる。


 僕はリディアの顔をじっと見ていた。


「あまりにも抽象的で分かりませんわ。具体的に走り回っているタイプなのか趣味がボートなのか、色んな活動をしているのか」


 他の令嬢にはない返答。思わず身を乗り出す。


「⋯⋯今、興味あることは?」


 リディアはきょとんとしながら思い出す。


「政治と経済。それから語学に興味がありますわ。セイラン様は何に興味ございますの?」


 リディアの口から出る言葉は間違いなく僕の言葉を受けて考えて返ってきたものだ。


 僕はリディアに興味を持った。


 リディアはどんな人が好きなんだろう。


 その言葉が、口から出るのを抑えて無理やり飲み込んだ。


「王政学と演劇」


「まぁ、それはどんなところですの?」


 リディアは少し僕に近づいた。心が変な鳴り方をする。


 リディアの反応がほしくていつしか僕のほうが話に夢中になってしまった。


 妙に大人びた彼女が気になってお忍びで屋敷に行くとダンスのレッスンをしているのを見つけた。窓の外からそっと部屋の様子を伺う。


「リディア様、今のところは少しテンポ良くお願いします。それではもう一度いきましょう」


「ちょっと待ちなさい」


 リディアの母親が入ってきた。


 リディアは母親を見ると肩を強張らせた。


「今のところは何がいけなかったかしら?」


 怒った口調ではない。だが、絶対的な物言いに空気がぴんと張り詰める。窓の外にいた俺まで息を潜める。


「2小節半で入るところを2小節と少しで入ってしまいました」

「それから?」

「それから足捌きが良くありませんでした」

「ちゃんと悪かったところを言いなさい」

「⋯⋯申し訳ありませんでした。足先に力が入っておりませんでしたので、左右に揺れてキレがありませんでした」


 それを聞いた母親はふうと息を吐いて肩を揺らした。


「ちゃんと分かっていたようね。間違いは2回までよ。それまでにちゃんと直しなさい」

「はい、お母さま」


 リディアは背筋を伸ばした綺麗なお辞儀をすると母親は部屋を出ていった。


 あれが噂のスパルタの夫人。リディアの家門は厳しいことで有名だった。有望であればあるほど厳しく育てられる。


 リディアはまさにその対象だった。


 凛としたリディアの姿。


 セイランはリディアの様子に目が離せなくなった。そして母親がいなくなると、途端に変わる彼女にこちらも顔を歪める。


 リディアは唇を噛み身体を震わせていた。


 悔しくないはずがないじゃないか。涙こそは流さないが、内心は悔しさでいっぱいだろう。


 その小さな手がぎゅっと握られているのを見て、僕だけはリディアを甘やかしたいと強く心に感じた。


 それからリディアの隣に立っても恥ずかしくないよう一層努力を重ねた。


 そして俺の一心不乱に知識と経験を取り込もうとする姿を見た家庭教師も宰相も父も褒めてくれた。だが、褒められる度に“あの小さな手を握りしめるリディアの姿”を思い出していた──。


 ───────────────


 セイランは私を腕の中へと引き入れた。


「おかえり、リディア」


 腕の中に納まった私は胸を大きく鳴らした。そしてどきどきと鳴りやまない音に落ち着こうと深呼吸をする。


 昨日留学から帰ってきたことを言っているのね。


「セイラン、ただいま」


「それにしても俺は君がまともな人で本当に良かったと思っているよ。でも、退屈させているなら悪い気がするなぁ」


「あっあの、セイラン様──」


 近い、息が当たるほどの距離は反則ですわ。


 私は火が出るほど顔を真っ赤にしてセイランから目を背けようとする。


「これからは僕だけを見て欲しいな」


「今は、セイラン様しか、見えません!」


 セイランは顔をそのまま私の耳元へと近づけた。


「今は? ずっと僕のことで頭をいっぱいにしてよ。可愛いリディア」


 私は頭が真っ白になって何も考えられなくなった。


 ずっとセイランは恋愛の免疫のない私を待っていたのだ。


 私は血が逆流したように身体が熱く、心臓が痛い。


 胸を抑えてセイランを見るとまた胸の高鳴りを感じた。私はセイランの意外な一面に興味津々だった。


 ───────────────


 あの日から色んなことがあった。


 伯爵子息のルドルフに婚約破棄されたアンナとはあれから仲良くなった。その後、王室の騎士団長と出会ったそうだ。


 アンナはその人が気になるらしく、朝稽古にどんな差し入れを持っていこうかと相談された。帽子の端から熱のこもった視線を騎士団長に向けるアンナが想像できる。


 ルドルフはと言うと、伯爵から大目玉を食らって、学園では静かにしている。なぜか私を見ると逃げていく。私、他人ですのに。


 ミリア嬢は学園で浮いているようだ。しかし、そんな中、熱心に声をかける平民の男子学生がいるようだ。はじめは突っぱねていたようだが、最近は二人が話している姿を見かけるようになった。


 王子は傷が浅かったのか、カトリーヌとはヨリを戻せそうな様子。

 カトリーヌが王子から全部を聞いて、残りの人生をかけて償うと謝罪されたよう。それも別の令嬢と会ったのはあの日だけだったらしいので、許したようだ。

 カトリーヌも一時期違う人が気になったこともあったようで、それは内緒だけど。


 それからクラリーチェ令嬢の取り巻きの公爵子息も社交界シーズンとなり、レオンハルト様は舞踏会で知り合った侯爵令嬢と大恋愛をしているようで、同じ爵位じゃないが、両親を説得しているところらしい。


 シルヴェス様は両家で決まった人と縁談を進めている。


 セレナ様のお兄様のダリウス様はまだ決まった相手はいないようだ。


 ダリオ様は幼馴染の方と順調らしい。


 そしてなんと、学園から姿を消したクラリーチェから手紙をもらったのだ。


 手紙の冒頭部分には初対面の印象を憎まれ口で書かれたところから始まっている。


 罵られるかと思っていたが、手紙を読み進めるとなんと感謝の手紙だった。


 あのまま身の丈に合わない貴族社会に巻き込まれなくて良かったと。


 意外なことに多くの人の心をかき乱したことを後悔しているらしい。


 今は辺境の地にひっそりと暮らしているらしい。そこに気になる青年がいるそうだ。


 私はクラリーチェの取り巻きの公爵子息の方たちの目の覚めるような顔を思い出す。


 クラリーチェ嬢もなにか付き物でも落ちたのかしら。


 私は大きく首を傾げる。


 いつもそうだ。

 周りはドラマチックな日常に溢れている。私はそこに少しだけ関わっただけなのに、こうして感謝の手紙をよくもらうのだ。


 そこへ、ここで私を覗き込こんでくる最愛の人。


「一体誰の手紙を読んでいるんだい?」


「この前会ったクラリーチェ嬢からの手紙ですわ。学園をお辞めになった人なんですけれど」


 それにしても、これはどういう意味なんだろう。


「ねぇ、セイラン。クラリーチェは、私のことを『フラグ折りの名人』と書いてあるのですけれど、これはどういう意味でしょう?」


「それはね、君が他の人に芽吹いた悪い芽を摘んであげてるって意味だよ」


「そうなんですの」


「そして俺以外の男との恋の芽は全部詰み取ってあげるから安心してね」


「それは⋯⋯ありがとうございます?」


 私が戸惑っていると、セイランは真剣な目で言った。


「リディア、君は誰よりも理性的で、聡明で、美しい。⋯⋯だけど、とびきり鈍感だ」


「えっ?」


「だから、僕がどれだけ君を愛しているか、ちゃんと、伝え続けていくよ」


 そのまま、セイランは優しく私を抱きしめた。


 心臓が高鳴って、耳まで赤くなる。

 ──ああ、これはきっと、


 愛、ですわ。


 ───────────────


 今日も小鳥がさえずる、のどかな日です。


 婚約破棄に修羅場、浮気騒動、乙女の逆ハーレムのような騎士との恋。

 それらは、すべて“他人のイベント”で、私はほんの少し立ち会っただけ。


 すべては他人事だと思っていたのに。


 穏やかな日常。けれど最近、セイランの溺愛ぶりが激しすぎて──。


 ドラマチックどころではありませんの!!


 ⋯⋯嬉しいけれど、心臓が持ちませんわ。


 私はドラマチックなことは何もない人生だわと思っていたけど、この先の人生はロマンチックで溢れることになった。

お読みいただきありがとうございました。

お話によく出てくるベタなシーンに出くわしたリディアにそれぞれさっくりと刺してもらうのが書いていて楽しかったです。

ここまでフラグを折っていく彼女は【ドラマチックフラグ折り】スキルでも持っているんじゃないでしょうか。

その確固たる努力の上に立つ凛とした姿のリディアですがは恋愛耐性のないところにセイランが全力で攻めてくるシーンも書けて良かったです。


誤字脱字がありましたら、どうぞご連絡お願いします!→いつも報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ヒロインの鈍感さが可愛らしくてホッコリさせて頂きました。素敵な作品に巡り合わせていただき、ありがとうございます!
うんうん! やっぱ ドラマチックより、ロマンチックがいいよね〜 すごい可愛い公爵令嬢様でした!
す、すごい…! 恋の熱を一瞬で覚ましてくるの、つよい!! 最初は必要な恋の熱だけど、ある程度まで進んだら冷静になったほうがいいよ…な場合、あるよね。
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