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B-23

LONG LONG LONG

作者: あQ

 大学生の時の話だ。当時僕は田舎のコンビニでアルバイトをしていた。客があまり来ないので楽だったが、店の予算の関係で一人で勤務しなければならない時もあり、そんな時は店内で流れる有線のボリュームを上げチャンネルを勝手に変えていた。 

 (B─23)

 ビートルズ専門チャンネルだ。わざわざ店の電話から104に電話して有線の会社の番号を聞きだし、有線の会社からこの番号を聞きだしたのだった。それにしても専門のチャンネルがあるとは、ビートルズの信奉者の多さがうかがえる。

 前のシフトの女の子が時間になったのであがり、店を出ていってしまうと、僕は早速事務室に入り、有線のデッキをいじった。店閉めまでのあと一時間(田舎なので夜11時に店が閉まる)、売り物の雑誌でも読みながら優雅にビートルズを聴ける。僕はウキウキしながらチャンネルを回した。すると店内からはジョージ・ハリソンの『I NEED YOU』が流れ始めた。僕の中ではこのシンプルな曲がジョージの中での一番のお気に入りだ。次いで『HERE COME THE SUN』。二つともキーがメジャーでシンプルな詩と曲が良い。大人に成るにつれて彼の良さが分かってきたものだ。

 しばらくの間、読書と曲で時間を潰していると、客が店に入った事を知らせるセンサーが鳴った。防犯カメラで店内を映したテレビを見ると、ラフな格好の若そうな男の姿が見えた。この時間帯に来る殆どの客と同様、何か買ってすぐ帰るだろうと高を括っていたが、この男は店内をぐるぐる巡り、いつまで経ってもレジに来ない。もしや万引きか、強盗か、と怪しく思い、事務所から出て「いらっしゃいませ」を言い、レジに立って男を観察した。男は商品を手に取っては置き、こちらをちらちら窺っているようだった。男と目が合う度に、強盗に変わって襲ってくるのではないかと疑った。深夜、殊に一人だとそんな被害妄想もよく起きる。

 男は漸くカップ麺の前の棚でじっと静止した。そしてそれらをよく吟味し、店のオリジナル商品で最も値段の安いカップ麺を手にすると、意を決したようにレジに向かってやってきた。僕は緊張しながら再度「いらっしゃいませ」を言うと、直ぐにその客の商品をレジに通し、値段を告げ、箸とカップ麺を袋に入れた。

 客が財布をほじくっている間、僕は伏せ目で男の容姿を確認した。皺だらけで汚らしく見える短パンにタンクトップといういでたちで、少し生意気そうな顔をしていた。

 「あっ…」

 男は眉間に皺を寄せ小さく一言吐いた。こんな安い商品なのに金が無いのか?情けない男だなぁ、と呆れ、いつまでも待たされている状況から緊張が緩み、天を仰いで苛立っていると、男はそれを察したのか慌てて古い紙幣を抜き出した。

(なんだ、あるじゃないか)

「五千円お預かりいたします」

 僕はレジに金額を入力し、それからお釣りをレジ内から引き出し男に渡した。男は釣りをもらった後でも何故か諦めのつかないような顔をして、レジ前に一瞬躊躇して止まった。そしてその気持ちを振り払うように直ぐに踵を返して立ち去った。気味の悪い客だなあと思いながらも事務的に「ありがとうございまいした」を言った。

 やっとまたサボれると溜息をついて事務室に戻ろうとした時、あの男に関して、はたと思い当たる節があった事に気が付いた。それはさっきの紙幣である。ここ最近、同じチェーン店のコンビニや他の店でも偽札の被害が出ていたのだ。その為、「偽札に注意」というお触れ書きを本部から聞いていたのだ。

 僕は慌ててレジを開け、さっきの紙幣を天上の蛍光灯にかざし、透かしをチェックした。しかし、そこには確かに人物が掘られていた。的外れの予想と偽札ではない安堵とで、複雑な心になりながら札をレジに戻そうとした時、

 「あっ…」

 僕は深く頷き合点した。札の裏面にボールペンで書いた筆跡があったのだ。 

(2002 4 14 祝上京 初めて稼いだ金)

子供っぽい、汚い字だった。

きっとこの紙幣は、あの男が自分の夢を叶えるために上京し、その夢で初めて稼いで手にした給料だったのだろう。そしてそれに記念、と同時にこの時の感動を忘れるなという戒めから、この紙幣に年月日とメッセージを書き入れたのだ。しかし男は時が経っても思うような成果を出せず、夢破れて地元に帰り、貧しい生活を送っていたが、食う物に困った。そして、とうとうあの紙幣をこの店で使ってしまったのだ。それはまるで自分の夢に決別するかのように、という勝手な妄想を僕はした。


静かすぎてかえって有線の存在を思い出した。音が聞こえないのかと思ったがそうではなかった。ジョージの「LONG LONG LONG」だった。静かで繊細で、クワイエット・ビートルズのいかにもジョージらしい、しんみりした曲だ。しかし音のボリュームが全体的に低すぎる(「ホワイトアルバム」中の最もハードな「HELTER SKELTER」の後だとなおさら消極的に感じる)。僕はこの曲を気に入っているが、音量を上げないとよく聞こえないのが残念だ。これはまるでジョンとポールに挟まれたジョージの性質を象徴しているかのようでもある。映画「I AM SAM」で知的障害者の主人公が言う。

 「ジョージは自分に才能がないと思っていたんだ」

 才能と努力、才能と運。

 さっき店に来た男には何が欠けていたのだろう。その後、有線は鍵盤を叩き付けてプレスリー風の声を聞かせるポールの「LADY MADONNA」に移り、いつ聞いてもぶったまげるジョンの「TOMMOROW NEVER KNOWS」に変わった。 

ジョージのバラードの良さはボリュームをあげなければ分からない。

                                  (完)

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