四話
大英博物館に来るとたくさんの観客を掻い潜り、エジプト展示や明らかにダイナミックな展示を巡った。
「節さん、あのねこちゃん可愛い。」
「うん、そうだね。」
僕ははしゃぐりえちゃんが何よりも可愛いよと思いながら一緒に巡る。りえちゃんは予想以上に喜んでくれているようでしきりに僕の方を見て笑ってくれた。僕は連れて来てよかったと思いながらこんな妖精みたいなりえちゃんを独り占め出来る喜びを噛み締めていた。
「りえちゃん、走ると危ないよ。」
僕はりえちゃんの右手を繋ぐとりえちゃんのペースに合わせて展示を見学した。
博物館を一通り堪能したので僕らは入り口付近のカフェでケーキを食べる事にした。僕はチーズケーキでリアちゃんはフルーツタルトを頼むと席に座った。
「何が一番良かった?」
「ミイラと大きな猫ちゃんが良かった。」
「そっか。」
僕はカメラでりえちゃんのケーキを姿を収めながら言った。
「節さん、さっきの女の人彼女さん?」
「さっきの?」
僕はりえちゃんの目の前なのに思わず舌打ちをしてしまった。ここに来る前、仕事で知り合った関係者と鉢合わせたのだ。彼女はここの博物館の案内を申し出てしばらく一緒にいたのだが、りえちゃんがいない隙に僕を誘って来たものだから不愉快この上なかった。
「あの人、綺麗だし優しかったから節さんの恋人じゃなかったの?」
「違うよ。僕、そういうの興味ない。」
僕はちまたで女嫌いで通っているらしく、こうした迷惑行為は稀であった。以前言い寄った女を怒鳴り散らした事で広まったのだが、僕にはどうでもよかった。りえちゃんがいれば僕にはなんて事もないし、りえちゃんに嫌われる方が辛い。なので、滅多にない誘いが来た上にりえちゃんに誤解させてしまった結果に対して苛立ってしまう。しばらくここにいるつもりだったが、りえちゃんとの時間を害されてここにいるのが嫌になったのでどこに行こうか考えているとりえちゃんの頬にクリームが付いているのを見つけた。
「クリーム付いてる。」
僕は指でりえちゃんの頬のクリームを掬って口に入れると甘ったるい味が口に広がる。
「りえちゃん、僕の図書館みたい?」
「見れるの?」
「外側からだけどね。りえちゃんに見てもらえると嬉しい。」
りえちゃんのマシュマロみたいな頬の味を味わい尽くし、僕の機嫌ら少し治った。
博物館を出てタクシーを拾い、現場の向かいのホテルの最上階のカフェに来た。窓側の席に案内してもらうと建設途中のコンクリート建築が眼下に見え、僕はりえちゃんに簡単な建物の説明をする。りえちゃんはとても真剣に聞いてくれるので説明にも熱が入る。
「この建物はイギリスでかなり古いものなんだ。工事に入るにも反対運動があって大変だったんだよ。何度も話し合ってようやくここまで来たんだ。」
僕は周辺住民の説得や僕を気に入らない建築家との闘いを話して聞かせる。りえちゃんは僕の事を「可哀想」など言ってくれて内心、嬉しくてたまらなかった。
「節さんはすごい人なんだね。」
「すごくないよ。僕はこの仕事が好きだからやってるだけ。」
僕は紅茶を飲みながら言った。
「そうだ。りえちゃんにあげたいものがあるんだ。」
僕はずっと持っていたネックレスをりえちゃんの首にかける。
「これ、私が欲しかったやつだ。どうしたの?」
「うん。りえちゃんがそれ欲しいって聞いたから退院祝いに買ったの。退院祝いっていうわりにか遅くなっちゃったけど。」
「ありがとう、すごく嬉しい。」
りえちゃんはプレゼントを喜んでくれたようで僕も頬を緩ませる。
「もう少しお話ししたら別の場所行こうか。」
「うん。」
今度は僕がりえちゃんのお話を聞いた。学校の話、お家での話、何もかもりえちゃんの話を聞いた。りえちゃんは知らない間に友達も増えて、習い事もして楽しそうだった。僕は内心、知らないりえちゃんがたくさんあってそれを知る他人が羨ましくて仕方がなかった。りえちゃんの事は何でも知っていなくては気が済まない僕にとって僕との時間以外に誰かと会うのはやはり嫌だ。
「あとね、教育実習の先生がすごくかっこよくて女の子にいつも囲まれてるんだよ。」
「そうなんだ。」
「私もわからない事聞いたらすごく優しく教えてくれたんだよ。」
「へぇ、そう。」
りえちゃんの口から男の事が出てくると僕は一層不機嫌になってしまう。大の大人がそんな事で機嫌を損ねるなんてどうかと思うが、りえちゃんの事になると感情がコントロール出来ない。
「ねぇ、りえちゃん。そろそろ行こうか。僕、もう一箇所行きたいとこあるんだ。」
「うん、分かった。」
僕は無理矢理りえちゃんの話を中断すると立ち上がり、ジャケットを羽織った。