三話
朝食会場で落ち合うと僕は真っ先にりえちゃんの隣に座る。
「おはよう。」
僕は白のワンピースを着たりえちゃんに言った。
「節さん、おはよう。」
「昨日はどうしてたの?」
「昨日は大きな観覧車乗って、お母さんと先生がたくさん買い物してた。」
「そっか。楽しそうで良かった。」
僕はりえちゃんと朝から会えている喜びに打ち震えながら言った。
「昨日ロンドンアイから節ちゃんの仕事現場見たんだけど、随分大きな建物ね。」
「ええ、この辺りで一番な規模になる予定です。」
「節ちゃんどんどんキャリアアップしていくわね。将来どんなお嫁さん連れて来るのか楽しみじゃない、先生。」
「だめよ、雅美さん。この子は一度だって女の子連れてきた事ないのよ。お見合いさせようとしたら、相手を怒らせて大変だったんだから。」
母はため息をついて言った。
「僕はやりたくってやってる訳じゃないし、母さんが勝手にした事でしょ。僕、あの女に叩かれたし。」
「節、相手が気に入らないからってお願いだから愛想良く合わせてちょうだいよ。お友達の紹介だったから気まずくって大変だったんだから。」
「知らないよ。僕にそんな暇ない。」
「あなたは変な所があの人にそっくりね。早く結婚して私を安心させてよ。」
母は事あるか毎に僕に結婚という言葉を持ちかける。僕にはりえちゃんがいるからそんな気が全くないのにどうしてこうなのだろう。だが、そんな事を口に出したら間違いなく今のりえちゃんとの関係は崩れるし雅美さんは僕を不審者扱いするに決まっている。
「節さん結婚するの?」
「しないよ、りえちゃんは僕と結婚してくれるんでしょ。」
「りえちゃんをダシにしないの。りえちゃんが結婚できる歳になったら、あなたいいおじさんよ。」
「節ちゃん3高だから、私は大歓迎よ。ね、理恵子。」
雅美さんは僕の隣のりえちゃんを見て言った。すると、りえちゃんは恥ずかしそうに首を縦に振る。
「嬉しい。僕、りえちゃんがいるなら頑張れる。明日はたくさん遊ぼうね。」
僕はりえちゃんの頭を撫でながら、思わず口を滑らせて変な空気にならなかった事に安堵した。僕の言葉を冗談として流してくれただけでなく、りえちゃんの愛らしい顔を見れた。変な夢を見て気分が最悪だったが、これでかなり僕の心は満たされた。
仕事も順調に進み、誘いがあったものの真っ直ぐにホテルに帰ると4人で夕食を取る事が出来た。
「明日、またハロッズに行こうと思うんだけど先生どう?」
「いいわね。ちょうどうちのティーセットかけちゃって買い替えようと思っていたから、買っちゃいましょうか。」
母と雅美さんはワインを飲みながら明日の予定を話していた。りえちゃんは買い物という言葉に明らかに嫌そうな顔をしており、僕の隣でローストビーフを食べる。
「りえちゃんはどこか行きたいところある?」
「えっと、よく分かんない。」
「それなら、僕と明日遊びに行く?僕、行きたい所あるんだ。」
僕はりえちゃんに言った。
「節さんの行きたいところ。」
「うん。僕あんまり、買い物とか興味ないし大英博物館とか行きたいなって。」
「あら、明日はそうすると別行動になるのかしら。節がいるなら通訳頼もうと思ってたんだけど。」
「僕を便利に扱わないで。」
僕は通訳させようと考えていた母にイラついて言った。
「理恵子と一緒で節ちゃんの邪魔にならない?」
「全然そんな事ないです。りえちゃんはいい子なので。」
「それなら、理恵子をお願いしようかしら。先生、私達は2人で楽しみましょ。」
「そうね。節、りえちゃんに変な事するんじゃないわよ。」
「しないよ、そんな事。」
僕はりえちゃんの頬についたソースを拭って言った。
「明日、節さんと一緒?」
「うん、2人でデート。」
「理恵子、大好きな節さんに迷惑かけちゃダメよ。」
「分かってる、子供扱いしないで。」
りえちゃん柔らかい頬を膨らませて正美さんにムキになって言った。そのりえちゃんの顔はさくらんぼのようにピンクの頬を膨らませている。僕はその姿にとてもくるものがあり、部屋に戻るとさっそくおかずにしてしまった。
翌日、りえちゃんとのデートなので念入りに身だしなみを整えた。りえちゃんと2人きりなんて滅多にない事だし、僕にとって一大イベントである。意気揚々とりえちゃんと会うとりえちゃんもおめかししていた。
「りえちゃん、可愛い。」
僕は思わず持っていたカメラで写真を撮る。
「今日は理恵子をよろしくね。」
「任せて下さい。」
「節、ちゃんとりえちゃんの見てるのよ。」
「分かってるよ。母さん達もこれ以上羽目を外しすぎないでね。」
僕は昨日見たあの免税品の山を思い出して言った。
「じゃあ僕ら行くよ。夕方、昨日と同じレストランで待ち合わせね。」
僕はりえちゃんの柔い手を繋ぐとホテルの外へ出た。