二話
よろしくお願いします。
仕事を終わらせて日本に帰ると真っ先にりえちゃんの家へと向かった。夕暮れの道を歩いていると僕は真っ赤なランドセルを背負ったりえちゃんを見つける。
「りえちゃん。」
僕の声に驚いたりえちゃんは肩をびくつかせて振り向いた。
「こんにちは。」
「うん。倒れたって聞いたけどもう大丈夫?」
「はい、平気です。」
りえちゃんは笑って言った。
「これからりえちゃんの家に行くつもりだったんだけど、一緒に行ってもいい?」
「いいよ。」
僕はりえちゃんの隣を歩いて手を繋ごうとするが、跳ね除けられてしまう。
「どうしたの?」
「私もう、子供じゃない。」
「前まで手を繋いでいたじゃない。」
僕はりえちゃんに拒絶されたような気がして悲しくなっていた。
「だって、節さんすごい建築家だしそれに見合うようになるには私も大人にならないとと思って。」
「そんな事ない。りえちゃんは可愛いし、いい子だし僕は好き。」
僕はりえちゃんの柔らかくて温かい手を握る。
「大人になんてそのうちなれるし、りえちゃんはそのままでいい。」
「でも、お母さんが節さんいい男だから近いうちお嫁さん連れて来るんじゃないかって言ってて。」
「そんな事絶対ない。」
僕ははっきりとりえちゃんに言った。
「今はそれどころじゃないし、仕事が忙しいんだ。それなのに結婚なんて考えられない。」
確かにそう言った話も出てくるが、僕にとって今大切なのは建築の仕事だ。女だってりえちゃん以外魅力を感じないし、まとわりついてくる女は嫌いだ。
「りえちゃん、チョコ好き?お土産でチョコ買ってきたんだ。」
「本当ですか。」
ようやく顔が明るくなったりえちゃんに僕は安堵すると一緒に夕暮れの道を歩いた。
6月に入り、僕は再び8月にイギリスへ向かう事になっていたのでりえちゃんを誘って一緒に行こうと計画していた。その話をうちに来ていた雅美さんにその話をすると喜んで乗ってくれた。
「絹枝さんだけじゃなくて、私と理恵子も本当に一緒に行っていいの?」
「ええ、せっかくですので。」
「節ったら、今回の仕事みんなに見て欲しいみたいで張り切ってるの。」
母はどこか誇らしげに雅美さんに言った。
「理恵子も聞いたらとっても喜ぶわ。節ちゃん、ありがとね。」
「僕もとても楽しみです。」
僕は必要とはいえ、余計な2人がいるもののりえちゃんと旅行出来るのが楽しみでどこに連れて行こうかシュミレーションした。
夏休みになり、僕ら4人はイギリスに向けて出発した。初めて乗る飛行機にりえちゃんは緊張しており、僕の中に愛おしさが込み上げてくる。
「りえちゃんは僕の隣ね。」
僕は窓側にりえちゃんを座らせると滑走路に興味津々といった様子である。
「節さん、飛行機怖くない。」
「怖くないよ。僕の手握ってる?」
僕はりえちゃんのシートベルトを付けると少し震えた手を握る。
「今日のりえちゃん可愛いね。そのワンピースすごく似合ってる。」
「節さんが青が好きだって言ってたから着てみたの。」
「僕の為に着てくれたんだ。」
僕はりえちゃんが僕の好みを考慮して服を選んでくれていた事に喜びを隠せない。今のりえちゃんは僕の見たどんな存在よりも愛おしいと断言できた。
「仕事あるけど、終わったらたくさん遊ぼうね。」
僕はりえちゃんとどこに行こうか2人で計画を立てながらイギリスへと旅立った。
イギリスに着くと僕は仕事の為にりえちゃん達と別れた。クライアントとの話し合いは中々平行線のまま続き、僕の神経をすり減らした。おまけに会食なんてものもあるから、僕は否が応でも参加せざるを得ない。確かに有意義な話も出来たし、悪くはないと感じるものの僕はこういった場が苦手だ。
「帰りたい。」
僕はりえちゃんの顔を思い浮かべながら愛想笑いを浮かべてクライアントや来客と話し夜が更けた。
ホテルに行けたの夜の11時過ぎだった。色んなお誘いをかわして部屋に入るとりえちゃんのいる隣の部屋との境の壁に耳をくっつける。無理だとは思うがせめてりえちゃんの寝息を聞きたいという馬鹿な願望が僕を動かす。
「会いたいな、早く朝になってりえちゃんの顔を見て一緒にいたいな。」
僕は余程疲れているようでそのままベッドの上で横たわるとすぐに眠りに落ちた。
携帯のアラームで目を覚ますと僕は最悪な気分で朝を迎えた。眠れたには眠れたが、見た夢の胸糞悪さに僕の心はささくれ出す。大きくなったりえちゃんが僕に恋人だと男を連れてくるのだ。見た事のないくらい綺麗な笑顔のりえちゃんが僕ではない知らない男を見ている。僕がどんなに言ってもりえちゃんは言う事を聞かないし、男を包丁で刺し殺しても全く効果がない。
「りえちゃんに変な虫付かないように今から見守ってないと。」
僕は起き上がるとシャワーを浴びて身支度を整えてりえちゃんに会いに部屋を出た。