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3 彼は悪夢の住民に愛を囁く


 出発してから何時間も経ち、さすがに無言が辛くなってきたので、車のハンドルを握りながら、ユリシャは魔法についてヒューイに何度も質問をしてみた。しかし、彼はまるでユリシャのことが見えないかの如くずっと正面を向きながら、まるで車の運転を教える教官のような不遜な態度で腕を組み、ムスッとした顔で無視を貫き通していた。そして、お喋りに付き合ってもらえない彼のことは諦めて、ユリシャも話しかけるのを止めたら、また車の中に沈黙が訪れた。

 一方、ヒューイは昼間から全速力で走り、上位魔法を何回も連続して使ったせいで、とても疲れていた。チラリとユリシャの方に鋭い視線を向けると、真剣に安全運転に取り組んでる様子が見えるので、彼は安心して目を閉じた。

「ねぇ!一人で寝ないでよ!」とユリシャの非難する声が聞こえたが、更に無視を重ねて顔をユリシャの方とは逆に向けた。


 隣からすーっという寝息が聞こえてきた。

(ほんとに寝ちゃった……)

 話す相手がいなくなって暇になったユリシャは今後のことを考える。

 先ほどまで荷台に一緒に座っていた兵士は敬礼の姿勢のまま、あの場に置いてきた。きっと兵士が仲間と連絡を取るまで時間ができたはずだから、すぐには追いかけてはこないと思うが油断はできない。

 とりあえずジーヒス機械都市に行こうと行ったのは、ユリシャが知ってる中で一番大きい都市だったからだ。彼女はその地に行ったことはなかったが、お屋敷で働いていたときに、ガドルの書斎にあった大きな地図の中で、一番大きく記されているのを知っている。是非、見てみたいという願望混じりに言ったものだった。

 あっさりと行き先が決まったのはいいものの、ユリシャの頭の中のざっくりとした地図では、ジーヒス機械都市のある北の方向が今、車を走らせているこの街道で合っているのかは正直、自信はない。

(お屋敷が西で、バタジュールがそれよりも東だから……多分、合ってるはず……)

 最初に北がこっちで合っているかをヒューイに聞いてみたものの「さぁ」という言葉で一蹴されてしまったため、とりあえず北だと思う方に進んでみたのだった。


 そのまま車を無言で運転していると、夕陽が差し込んできて眩しかったのか、隣の助手席で寝ていたヒューイがもぞもぞと「尻痛って……」と言いながら起きてきた。

 すぐに夜の帳が下りてきて、ユリシャの疲れは頂点に達し「そろそろ私も寝たいから運転代わってよ」と言うと、ヒューイは「嫌だ」と言う。てっきり車の荷台で寝泊まりするのかと思い「じゃあ森の中で車停めて寝ようよ」と助手席のヒューイの方を振り向くと「俺はふかふかのベッドがいい」とまるで貴族のように仰った。

 また兵士に見つかるんじゃないかとユリシャはビクビクとしながら、次の次のそのまた次にある寂れた村で夜を過ごすことにする。


 車を停めて、ユリシャが外に出るとヒューイはそそくさと荷台の方に行き、シャウラと呼ばれている死体の手を引きながら、愛おしそうな顔を見せて「あいつの運転どうだった?」と聞いていた。もちろんシャウラは何も言わずにアイスブルーの瞳は虚空を見つめて死体のような顔をしている。

 ヒューイがシャウラの手を引きながら、村の入口の近くにあった宿屋の方向に歩いていくのをユリシャはついていく。ヒューイは自分とシャウラの分の部屋を借り「宿代は自分で払え」とユリシャにピシャリと言って、そのまま階段を登ろうとした。ふと、何かを思いついた顔でユリシャの方を振り向き、ニヤリとした表情で「おい、小間使い。酒とタバコ買ってこい」と命令した。

 ユリシャは「はぁ?」と言ってから、あんた何言ってんの? と次に言おうとした瞬間、ユリシャの身体は勝手に宿の外に飛び出して、酒とタバコがありそうな飲み屋の扉を開けていた。ユリシャの口が勝手に自分の知らないタバコと酒の銘柄を唱えると店にいた店員が商品をテーブルの上に並べた。(まさか!)とユリシャが思ったのも束の間で、どんなにユリシャが抵抗しても自分の身体が自分の財布から金を出す。

 酒とタバコを持ってヒューイの泊まっている部屋の扉を開けると、シャウラの髪の毛を梳かしていたヒューイが「遅かったな」と言った。ユリシャの身体は自動的に酒とタバコを近くにあったサイドテーブルに乗せるが、ユリシャの口は自分の意志で「私のお金返してよ!」と叫んだ。

「俺に対する迷惑料だろ?」と言いながら、ヒューイが買ってきたタバコの箱の封を開けて、タバコを咥えるとどこからともなく現れた青い火が勝手にタバコの先端に灯り、彼は大きくタバコを吸う。

 ユリシャはヒューイにすごくムカムカしたが、自在に魔法を操るその姿に見惚れていると、「さっさと出てけ」の一言で部屋の外に足は勝手に歩いていく。彼女はこの怒りをぶつけるように宿屋から飛び出して、車の荷台で寝ることにした。

 ユリシャに相棒はいないので「何あいつ! 死体とおしゃべりしちゃって……すごい変態じゃん!」と荷台の天井に話しかけたが、特に返事はなかった。最初はヒューイの態度に腹が立って目が覚めていたユリシャだが、走り回って疲れた身体は、ゆっくりと微睡んでいき、いつの間にか夢の中に落ちていった。


   ◆


 イ……ヒュー……ヒューイ……

 遠くから自分を呼んでいる声がする。

 目の前は暗闇で何も見えずにいた。

 よく耳を澄ませると、何度も呼ぶ声は懐かしいような気がする女性の声だった。

 声のする方へ向かって行く。

 手で周りを探ってみたが壁らしきものがなく、ゆっくりと進んでいく。

 呼んでいる声の持ち主が誰なのかを全く思い出せない……。

 きっと、すごく大事な人だと思ったのに。

 ヒューイ……ここよ……ヒューイ……

 声が近づいてくる。

 けれども暗闇の中で、声の主の姿を見ることが出来ずに周りを見渡したが、そこがどこなのか、浮いているのか立っているかもわからなかった。

 私のこと忘れちゃったの……思い出して……思い出してよ……

 声の方向に必死に手を動かして、声の主人に触れようとするが、両手は空を掴むばかりだった。

 いきなり手に硬いながらぶにっとしたものを触れた。

 手で輪郭をなぞっていくと、

 なにか蜘蛛の糸がついて丸いとこもあるようなずっしりと重い何か。

 突然、世界がガラリと変わり、真っ暗闇の世界に満点の星が煌めいた。

 近くで大きなお月様が微笑むようにヒューイの手元を照らしてる。

 手に持っていたのは、白銀の髪を持つ女性の首だった。


 忘れたくない。

 忘れさせない。


 私をずっと愛し続けて。


 だらりと垂れた舌が動き彼女はそう言った。


   ◆


「ぅああっ……!」

 突然の自分の出した声でヒューイは目を覚ました。背中にはぐっしょりと汗をかいていて、白いシャツが張りつき不快感を醸し出している。どうやら悪夢にうなされて、叫んだ自分の声に驚いて起きたらしい。

 ヒューイはなんとも言えないもやもやした気持ちから、ベッドの横のサイドテーブルに置いてある、酒が入ったコップを手探りで見つけ、煽るように呑んだ。

 ヒューイのベッドの隣には美しい少女が眠っている。先ほどのヒューイの大きな声にも全く気づかないように固く目を閉ざしていた。少女は美しい白銀の髪を背中の真ん中まで伸ばして、長いまつ毛もまた白銀で血の気のない頬と唇はさながらお人形のようであった。そんな女性の横顔をみているとだんだんと気持ちが落ち着いてきて、先ほどの悪夢で聞いた声が誰だったかを思い出した。

「ごめんな、シャウラ。声、忘れるわけないのにな……」

 小さい声で謝っても、彼女は意にも介さないで深い眠りについている。それは、そのシャウラと呼ばれた少女だけ、時間という概念がないかのように、まったくピクリともしない。呼吸をして寝息をたてることも、瞼をあげるという行動も忘れてしまったかのようだった。ヒューイはそんなシャウラの様子を長く見つめていたが、酔いが少しまわったところで、もう一度寝ようと思った。

 寝る前にそっとシャウラの白銀の髪を耳にかける。その姿は、まるで物語の中で綴られている、どこかの国の王子様とお姫様かのようであった。

 そして男は恭しく、シャウラのその冷たい頬にそっと優しいキスをした。


   ◆


 ユリシャは色々と追いかけ回された挙句、長い時間運転させられて、ものすごく疲れていたので、車の荷台の床の硬さをものともせずに、昼までぐっすり寝ていた。目が覚めたとき、昨日クリームシチューとパンしか食べてない胃がぐるぐると空腹を真っ先に主張したので、身体を起こし財布にまだまだお金があることを確認してから立ち上がる。そして、誰かに見つかるんじゃないかとビクビクとしながら、村に一つしかない食堂へ向かった。

 店内は狭くてテーブルが三台しかなかった。ユリシャはその中で、空いていたテーブルの座席に着くと、そのお店はもう満席だった。

 食堂でパンとオニオンスープを頼んで待っていると、ヒューイがゆらゆらと入ってきて、店内を見渡す。他のテーブルが埋まっていることを確認し、ユリシャのテーブルの方へ来て、どかっと偉そうに向かいの椅子に座った。

 シャウラと一緒にいると目立つせいなのか、それとも死体はご飯を食べないからなのかどうか知らないが、ヒューイの隣にシャウラの姿はなかった。

 ヒューイが注文したあとに、ユリシャのパンとオニオンスープがきた。彼はお前のもんは俺のものといった自然な動作で、ユリシャのパンを一個奪う。

「それ! 私の!」とユリシャが抗議すると、「うるさい小間使い!」とピシャリと言われ、昔のようにナタリーに虐められながら、お屋敷で働いている小間使いの気持ちになった。

(せっかく自由になれたのに!)

 ユリシャはちょっとイラっとしたが、残っているパンとオニオンスープに手をつけると、イライラよりも空腹を満たすことの方が重要で、ガツガツと一心不乱に食べた。そんなユリシャの姿をまるで汚いものを見るかのようにヒューイは眉を顰めて、視線を別の方向に向けた。

 すぐに料理を食べ終わってしまったユリシャの前に、今度はヒューイが頼んだパンとチキンが並ぶとすかさずユリシャはヒューイのパンを奪って、パクっと食べた。

「おい……お前、なに俺の食ってんだよ!」とキレ気味でヒューイは言ったが「お生憎様、やられたことをやり返しただけよ!」とユリシャはふふんと勝ち気に言った。

 そのあとすぐにユリシャは椅子から立ち上がると、そばにいた店員に「私の分は、あの黒髪の男がお金を払うわ!」と言い、すぐさま店を出た。店の方から怒声が聞こえたような気がしたが、ユリシャはヒューイにやり返して清々した気持ちのまま車の方に向かっていった。

 車の運転席でヒューイを待っていると、怒ったようなヒューイと無表情なシャウラが車の荷台に乗り込んだ。運転席と荷台の間にある窓からヒューイが「行け」と言うとユリシャは運転の方法を思い出したかのようにエンジンをかける。

 その姿はまるで王子様とお姫様が乗っているカボチャの馬車を操る御者のようだったが、ユリシャはさっきやり返して胸がスッキリしていたので、言われるがままにアクセルを踏んだ。


――説明が遅れたが、この世界には紅い角の生えた魔獣が人を襲いドラゴンが空を飛んでいるので、魔法が使える神官はこの世界の救世主であった。しかし、誰しもが魔法を使えるわけでなく、他の無力な人々が魔獣に対抗しようと科学技術が発達した。

 その結果がこれ。

 二人の魔法が使える男女が、街道の真ん中で動かなくなったぼろぼろな車の前で途方に暮れている。

「魔法でなんとかならないの?」

「俺、車の構造なんて知らないし、直すのは無理だね」

「意外と役に立たないのね」

「お前が一番役に立ってない」

「なによ。あんたと一緒にいる死体の方が役に立たないわ」

 ユリシャがしまった! と思った時には、隣の男から不穏な空気と冷たい青い視線が突き刺さる。

「おい小間使い」

 あんまり怒らせると何をされるかわかったもんじゃないのでユリシャは大人しく「はい。なんでしょうかご主人様?」としれっと言った。

「とっとと車を直しに行け!」

 ヒューイはユリシャに命令した。

 ユリシャの身体はその命令に勝手に従って、一生懸命、車をうーんと力を込めて押し始めたが、細い少女に押されたところで車は一ミリも動かない。

 その姿が面白かったのか少し機嫌を直したヒューイが「お前……何やってんだ……?」と少し笑いながら言ってきた。


 二人は頭を抱えながら、いろいろな方法を試してみた。

 ヒューイは魔法で風を操り、車を動かそうとした。

――強い風が当たった車はベコンと凹んだ。

 次に、車は電気で動いていると思った彼が、雷を操り車に放った。

――車体から変な煙が出た。

 金属でできている車体を見て、彼は魔法を使って磁力で引っ張っていこうとした。

――車はヘロヘロと樹にぶつかった。

 彼は瞬間移動の魔法を使ってちょっとずつ動かしていこうとした。

――車が、がしゃんがしゃんと落ちるたび、さらに壊れそうだったのでやめた。

「なんか……さらに、ぼろぼろになったじゃない。もっといい魔法ないの?」

「あのなー。魔法っていうのは、自然の力の一部を借りるものなんだ。勝手にそんな動くもんじゃない」

「瞬間移動はどうしてできるのよ?」

「あれは、まだ原理が解けてない古くからある魔法だ」

「死体――じゃなくて、シャウラは動いているじゃない」

「あれは、俺が人体の構造を知ってるから動かせるんだ」

 意外に魔法って言うのはそんな便利ではないらしいことにユリシャは気づいた。

 今度は車を引っ張ってもらおうと、車に乗った誰かが通ってくれるのを待ってみたが、誰も通らなかった。

 結局、最終手段として残しておいた、ヒューイが疲れるからやりたくないと言っていた方法を使うことになる。


――ヒューイは胸のポケットからエメラルドグリーンの結晶を取り出し、ドラゴンを召喚した。

「車を次の街に着くまで押せ」と命令すると、ドラゴンが力強く車を押し始める。なるべく軽い方がいいと彼は言って、ユリシャだけ車に乗せてくれなかったので、ドラゴンが車を押しているのを興味深く見ながら歩いていた。

 まるで実体がないかのようなドラゴンなのに、あたかも実際にそこにいるかのように、重い車を押していることがとても不思議に見えた。ユリシャはそんなドラゴンの感触がすごく気になっていたが、触った瞬間にクマの形をした魔獣を殺した爪で、ユリシャのことを斬りつけてきそうな気がして触る勇気は出なかった。

 結構、進んだはいいものの、まだまだ街は見えなくて、夜中になってもまだドラゴンが車を押していた。ずっとドラゴンを召喚しているのは疲れるらしく、ヒューイは「休憩!」と言って荷台の硬い床に寝転んだ。その瞬間、車を押していたドラゴンの姿がぐにゃりと歪み、スルリと霧の姿になってヒューイの元に戻っていく。ユリシャはそのエメラルドグリーンの霧が結晶の中に入っていくのをじっと辿るように見ていき、目線が荷台で転がっているヒューイの方を向くと、思った以上にぐったりと疲れた様子だった。「大丈夫?」と声をかけると「あーーーもーー無理!」とヒューイは子供のように叫んだ。

「ヒューイって全然体力ないのね……」とぼそっと呟くと、「魔法にも色々あって、複雑なやつほど疲れるんだ!」と言い訳のようにヒューイは言う。

 ほんとに疲れてたらしいヒューイは、そのまま寝転がっているとふわふわなベッドの上じゃなくても、寝息を立てていた。

(なんか他にいい案ないかな……)

 ユリシャにできるのは水を出すか氷を出すか、はたまた水を蒸発させるだけであんまり役に立ちそうもなかった。夜中だったので、オオカミの遠吠えが聞こえてくると、ユリシャは恐ろしくなって荷台の中に入った。通路の真ん中で寝ているヒューイを踏まないように、椅子の上で足を抱える。そうやって、いろいろ方法を考えていたが、ふとヒューイの方を見ると、何やら苦しそうにうんうん唸っていた。

(魔法、使い過ぎておかしくなっちゃったのかも……)

 暫く見てるとヒューイの額に脂汗が浮き、あまりにも寝苦しそうに見えたので、ちょっと同情した。

(私ってなんだかんだ言って、ヒューイに頼ってばっかだったかも……)

 ユリシャは急に申し訳ない気持ちになり、ヒューイの頭の近くに移動してしゃがむと、ヒューイのおでこに触らないように少し浮かせて右手を翳した。

(これでちょっとは寝苦しくなくなればいいんだけど……)

 ユリシャが右手の方に意識を集中すると指先が氷のように冷たくなった。そしてまるでドライアイスのような冷気がはらはらとヒューイのおでこに流れていく。

 少し経つと寝苦しくなくなったのか、ヒューイの寝顔がすやすやとした穏やかな顔に戻った。

(よかった……)

それを見て安心するとユリシャも眠くなってきて、徐々に瞼が落ちてきた。


   ◆


 ヒューイの目が醒めたとき、まだ辺りは薄暗かった。そんな中、顔の上に誰かの手があって、ヒューイの視界を塞いでいる。

(やっぱ冷たい手だな……)

 ヒューイはその手の持ち主が誰なのかすぐに分かり、目線を頭上に向けると、顔の上にあった小さな手がずるりと落ちて、ユリシャが座席の椅子にもたれ掛かりながらすやすやと寝息を立てている。ユリシャの魔力によってヒューイの魔力が回復したおかげなのか、はたまた冷たい手が気持ちよかったのかは分からなかったが、久々の安眠ができてほっとしたためヒューイはまた惰眠を貪ろうと思った。

 ヒューイは仰向けに戻ると、寝ているユリシャの手を借りて、おでこの上にちょこんと乗せた。


 次にヒューイが瞼をゆっくり開けたとき、だいぶ時間が経ってたようで、明るい光とぼやっとした視界の中で心配そうな顔をしたユリシャが見えた。

「ヒューイ! 良かった、生きてる!」

 まるでヒューイが死んでたかのような言い草で、ユリシャはホッと胸を撫で下ろす姿が今度ははっきりと見えると、小さくていつまでも冷たい手はまだヒューイの額の上にあった。「もう、大丈夫?」の呼びかけに「ヘーキ」と応えたヒューイが起きあがろうとすると、なんせ久しぶりに硬い床の上で寝たヒューイの身体がパキパキと悲鳴を上げた。

「痛ってぇ……」

 ユリシャはそんなヒューイの様子に「よく寝れた? ヒューイが寝てたとき最初、うなされてたよ」と笑って言った。

「試しにおでこ冷やしてみたら結構寝れたみたいだし、私の魔法もちょっとは役に立つでしょ?」と言ってユリシャは立ち上がり、荷台の後ろにある扉の方へ歩いていく。

「お昼代ぐらいの働きはしてくれたな」

「なによ、こっちは心配したっていうのに」と頬を膨らませたユリシャが振り返った。

 そんな彼女の姿をみて「まぁ、ちょっとは感謝する」とニヤリと笑った。


 またドラゴンを召喚し車をうんうんと押してもらいながら、ユリシャは「身体が痛いから、ちょっと動かす」と言ったヒューイと一緒に並んで歩いていた。

 あんまり黙って歩いているのにも飽きたので、背がひょろりと高い男の顔を見上げながら「ねぇ、どうして旅をしているの?」とユリシャは聞いてみた。

「精霊を探してる」

 ドライブをしていた時に、ずっと無視を決め込んでいたユリシャの質問に対して、返答が返ってきたので驚いた顔をすると、チラリとこちらを向いたヒューイが視線を正面に戻し「なんだよ、お前が聞いたんだろ」と言った。初めて、友達ができたような気持ちになったユリシャは嬉しくなって、軽い身体でスキップした。

(そっか、人に優しくしないと、誰からも優しくされないんだ……)

 ユリシャは生まれて初めて気づいた。


   ◆


 エメラルドグリーンのドラゴンが、ゆっくりと、しかし着実に車を動かしていき、夕方になる前にようやく街の姿が見えてきた。街の中に入っていき、真っ先に車を修理に出すと、店のおじさんが「相当ぼろぼろじゃな、この車」とよくこんな車に乗ってるな?という顔で言った。

 おじさんは車のボンネットを開けて、ふんふんと中を調べていたが「ちょっと見ただけじゃ、分からんべ。今は手が空いてるから、急いで直しても渡すのは明後日だな」と言った。

 仕方なく二人はこの街に泊まることにする。

 車を引き渡した後、車の修理店のおじさんがオススメと言った居酒屋で夕飯を食べることにした。居酒屋はハンター組合と兼業しているようで、大きな掲示板が店の中の壁をぐるっと囲うように四箇所あった。その上には小汚い紙に小汚い文字で、討伐対象と賞金と依頼主の名前と住所が書いてある。

 ユリシャたちのテーブルはちょうどそんな紙がいっぱい貼ってある掲示板のど真ん中にあった。

 ユリシャはその紙に何が書かれているのかを夢中になって見ていたら、ヒューイが勝手に店員を呼んだので、急いで看板メニューである魚介トマトのパエリアを頼んだ。ヒューイはビーフシチューとビールという謎の組み合わせを頼んで、テーブル席に向かい合うと、タバコを取り出し青い炎を点火する。その間、シャウラは何も頼まずにヒューイの横でちょこんと座っている。

 お店の店員が死体のようなシャウラの姿をチラリと見たが、特に何も言われなかった。

 ユリシャは掲示板から目を離し、頼んだ品が来るまで、ちょっとだけ仲良くなったヒューイに質問を投げかけることにした。

「なんでクマの魔獣と戦った時、ドラゴンを召喚するの? 疲れるんでしょ? 前に出してた青い炎でばーーーっと燃やせばいいじゃない?」

「なんでって、俺あんま動きたくないし……、ドラゴンがいた方がカッコいいだろ」

 予想外のショボい理由にユリシャは「え? そんな理由なの?」と聞き返してしまう。

 そんなポカンとしたユリシャの顔を見ながら、キリッとしたちょっと力強い目で「お前はまだ本物のドラゴンを見てないからなー。すごい見た目がカッコいいし、強いんだぞ」とまるで十歳の子供のようなことを、タバコを燻らせながら二十歳を超えているであろう髭もじゃなヒューイが言った。

「……」

 ユリシャは何も言えなくなってしまった。そんな、ユリシャの反応が不満だったのか、付け足すように「難しい呪文は使わないと忘れちゃうだろ!」と言う。

 その回答をふーんと流しながら、もう一つ気になってことを聞く。

「鍵を閉める時なんで指を鳴らすの?」

「集中してんだよ、あれで」

 そう答えたヒューイはフーッと煙を上に吐く。

(ただのカッコつけじゃなかったのね……)

 ユリシャはおっさんに見える顔色の良くない髭もじゃ男の回答にちょっと安心した。

「ふーん」

「ほかに質問は?」

 すかさず、一番言いたいことを聞いた。

「私に魔法を教えて!」

 するとヒューイに「それは質問じゃないし、答えはノーだ!」と突っぱねられた。力強く否定されてしまったユリシャは、不満たらたらな声で「なんでよー! 前に魔法のマ、ぐらいは教えてやるって言ったじゃない」と暖簾のような態度のヒューイに、ダメ押しで言ってみた。暖簾男は「クマの魔獣と戦った時、教えただろ一個だけ。あとは頑張って自分で勉強すんだな」と言って、サラリとダメ押しを躱した。

「もっと攻撃するような魔法が知りたいのに……。ヒューイが使ってる青い炎とか出してみたいわ!」とユリシャが言ったところで、店員らしき人が来て、横にあった掲示板に新しい張り紙をピンで刺す。

「ドラゴンだ!」

 そう言って、おっさんに見える顔色の良くないタバコを吸っている髭もじゃ男が目を輝かせた。

 ユリシャはブーたれながら、「さっきの質問に答えてよ」と言ってみたが、「でもなー、ドラゴン一人で戦うの無理だしなー」と無視される。

「無視しないで!」とユリシャが言ったときに、料理が来たので質問タイムは終わりとなった。


 夕飯を食べ終わると、車が直るまでこの街にいることになった二人は何かクエストを受けようかと、掲示板を並んで見てた。

 ドラゴン討伐に行きたかったが、生憎、弱々しいお供しかいなかったヒューイは「仕方ない、こっちのいくか」と言って、掲示板に貼りついてる紙をひょいと取った。そうするとユリシャがすかさずヒューイの手元にある紙の内容を確認する。

「魔獣討伐?」

 なんとも弱そうな悪戯をする猿の魔獣を討伐する内容だった。

「こんな弱そうなやつでいいの?」

 隣にいるヒューイの顔を見上げながら聞くと、「今日はずっと召喚魔法を使って疲れたから、昼までゆっくり寝たいんだ」と彼は本当に疲れてそうな顔で言った。

 依頼書の内容をじっと見ているヒューイに対して、「召喚魔法ってそんな疲れるの?」と今まで魔法を使ってもそんな疲れたことはないユリシャは聞いた。

「そりゃ、色んな魔法を組み合わせた上位魔法だしな」

(魔法って組み合わせとかあるんだ……)とユリシャが思っていたら「魂だけのドラゴンに魔力を与えて実体を造るんだ。そん時がめっちゃ疲れる」とヒューイは言う。

(じゃあ、あの結晶の中に入っているのは、みんな魂の輝きなのね……)

 ユリシャは、なんとなくあの結晶の煌めきが可哀想な気がした。

 ヒューイは依頼書から顔を上げると、ずっと座っていたシャウラの手を握り立ち上がらせると、「お前、そのトランク持ってこい」とユリシャに命令する。魔法を使って命令されたわけではなかったらしいが、すぐ命令してくるヒューイに対してユリシャがプンスコしていると、ヒューイはシャウラの手を引きながら、カウンターの方に行き依頼書を見せていた。ユリシャは慌ててヒューイのトランクを持って、カウンターに近づくと、ヒューイはポケットから銅の薄い板でできたカードのようなものを取り出してカウンターに載せた。そのカードが何なのか興味があったので、カウンターの上に置かれたそのカードを覗き込むようにして見た。

 名前と生年月日とランクを示す星が三つ刻まれているようで、名前の欄にヒューと書いており、生年月日をみてざっくり計算してみるとどうやらこの男はまだ二十歳のようだ。

――全然、二十歳に見えないわ……

 ユリシャが驚きを隠せないでいると、どうやら会話は終わったらしいヒューイがカードをポケットに戻して「宿取りに行くぞ」と言った。ユリシャはまるで小間使いのようにヒューイのトランクを持って後ろについていく。

 外を出たら辺りは暗く宿屋の看板が見えそうになかったが、そんなことを気にした様子もなく、ヒューイはシャウラの手を引いてどんどん歩いていく。


――三十分後。

「おい、道案内しろ」

 先ほどユリシャたちが何度も前を通った宿の方に、貴族のような尊大な態度の男を小間使いがお連れした。

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