私と約束をしてちょうだい!
オリバー殿下と初めて出会ったあの日から1ヶ月程経った。あれからオリバー殿下と直接会う機会はなく、文通でやりとりを続けている日々だ。王城からここまではそこそこ距離があるため頻繁に行き来できるわけではないのである。そして、そのやりとりの中で攻略対象者の情報についてはある程度教えてもらった。
まず国の第3王子、オリバー・ノーゼン。ゲームキャラのオリバーは優しく、たいそうかっこいい人物だそうで、人気キャラランキング1位を飾るような人物だったそうだ。彼のルートは全部見ているらしく、なんと手紙3枚に及ぶ彼の魅力が綴られており、気の遠くなる思いで目を通したものだ。私の弟と言い、こんなに人を狂わせる本来のオリバーに恐怖を覚える。私の婚約者、ゲームのオリバー殿下じゃなく今のオリバー殿下で本当によかった……
2人目は宰相の息子、アゼル・アーティー。完璧主義者で自分にも他人にも厳しいクール系。親との仲が悪く、荒んでいるところをヒロインに助けられるらしい。
3人目は騎士団長の息子、アレクシス・バルディ。自身も騎士となるため日々鍛錬に励む熱血系。ゲームのストーリーで、憧れの父親よりも圧倒的に強い者が現れ、心が折れそうになるところをヒロインに助けられるらしい。
ついでに、アゼル・アーティーとアレクシス・バルディはオリバー殿下と幼馴染みとのこと。既に2人とは知り合いで、良い関係を築けているそうだ。
4人目はローズ学園の保険医、リベル・レッドメイ。彼はまだ攻略したことがなかったとのことで、情報はほとんどない。他のファンからの情報では家柄に関する問題を抱えているらしい。
そして、5人目。飛び級で入学した年下秀才系、エスター・バチェンス。
――そう。ダリア・バチェンスの義理の弟である。
「弟、ねえ……」
当然ながらまだ今世の私に弟はいない。
オリバー殿下によると、エスター・バチェンスは元孤児であり、バチェンス家の領主、ビアードが養子として迎え入れたとのことだ。ゲームでは、孤児だったエスターをダリアが気に入らず、嫌がらせを受けているところをヒロインに助けられるらしい。
「お父様が連れて来るとのことだけれど、いつ頃のことかは分からなかったらしいし」
ゲームでは『幼い頃』と表記されていて、具体的な年は分からないそうだ。これからすぐかもしれないし、数年先かもしれない。でもまあ、
「私は存分に可愛がるつもりでいるけどね〜」
私の姉歴を舐めないでいただきたい。あのかわいい弟を育て上げたのは自分だ、と胸を張って言える。とりあえず、エスターのことについては出会ってから考えよう。まず先に支度をしなければ。
実は体の調子がどんどん良くなって、ついに領地の外にまで行けるようになったのだ!ちょうどお父様が領地の外に用事があり、私はそれに着いていくことになった。初めて行く領地の外の世界はどうなっているのだろうと、もうわくわくが止まらない。いろんなところを観光したいし、お土産もたくさん買って帰るのだ!
そんな高揚感が続いたのも馬車に乗るまでだった。馬車、思ったよりも居心地が悪い!私たちの領地は山に囲まれていて、外へ行くには整備途中の道を使うしかなく快適とは程遠い道程である。さらにこの体は馬車酔いも酷いという始末。前世では乗り物酔いとは一切無縁だったのに……!
そんなわけで。体調を思いっきり崩した私は楽しみにしていた新天地での1日目を宿で過ごすことになってしまった。布団の中で本を読むなんて家でやっていることと何も変わらない。自分の体が、憎い……!
移動しているときに見えた街並みはバチェンス領とは違って多くの建物が立ち並び、人通りも多い賑やかなものだった。今日は色々と見て回る予定だったのに。
「エレン〜〜少しでいいから……」
「いけません」
「まだ何も言ってないのに!」
「お嬢さまの考えていることなどお見通しです。今日はしっかりと休んでください。体調が万全になってから遊びに行きましょう」
う〜〜、子ども扱いされてる……実際まだ子どもなんだけど!
今回の旅は一応お忍びとのことで貴族が泊まるような絢爛豪華な場所ではなく、観光客や旅人御用達の一般的な宿を貸し切りにして泊まっている。お父様と他の使用人たちは用事を済ませに外に行ってしまったから、今この宿にいるのは私とエレンだけだ。他の人だったらこっそりと抜け出せただろうに。エレンの目を誤魔化せないのは今までの経験から学んでる。こうなったら全力で休むしかない。早く体調を回復させるのだ!
結局、体調が完全に回復したのは次の日になってからだった。今回の旅程は二泊三日の予定。明日の昼にはもう帰らねばならない。ならば今日、全力で楽しむべし!ということで、私はエレンとともに町へと繰り出した。
「エレン!見て見て!凄いお店の数よ!」
色々と歩き回って辿り着いたのは大きな大きな広場。広場の端には多くの露店が並んでおり、中心では巨大な噴水が派手な音を立てながら観光客らしき人たちを楽しませている。
「お嬢さま、あまりはしゃぎすぎないでください。お体に障ります。あと、私から離れすぎないようにしてください」
む、エレンは少し小言が多い。そんなに私が信用ならないのか。
「も〜!分かってるわよ!」
隣にある華奢な手をしっかりと掴む。仕事柄、少し荒れてはいるが、以前私が贈ったケア用のクリームをちゃんと使ってくれているようで前よりは酷くない。
「これでいいでしょ。ほら、行くわよ〜!」
エレンの手を引き駆け出した。まずは露店全部見て回るぞ〜!
美味しそうなフードにお洒落なドリンク、煌びやかなアクセサリーに、この町の特産物なんかもある。見て回るだけでも楽しい。さて屋敷の皆へのお土産に何を買って行こうかな。
まず最初に目についたのはハンドメイドのアクセサリー店。ひとつひとつ、柄や飾りが違っていて手作りならではの味がある。かわいいもの、綺麗なもの、シンプルなもの。見ているだけでわくわくする。
ふと、エレンが何かを見つめているのに気がついた。目線の先にあったのはヘアアクセサリー。翡翠色のガラス細工がひと際目をひく、シンプルなデザインのバレッタ。エレンの瞳と同じ翡翠色。きっとよく似合うだろうなぁ。
「これ素敵ね!」
「ええ、そうですね」
そっけない返事だが、長年の付き合いにある私には分かる。これはかなり気に入っている。エレン本人も気づいていないだろうが、いつもピシッとしている表情筋がほんの少し緩んでいるのだ。よし。
手にとって見ると2つセットになっているようでガーネット色の同じデザインのものもついてきた。
「すみません、これください!」
「あいよ!」
購入したアクセサリーを受け取って、エレンに手渡す。
「はい、エレン。プレゼント!これなら仕事の邪魔にならないでしょ」
うちでは使用人も装飾品の類を許可されているが、エレンは仕事の邪魔になると言ってなかなか身に着けようとしない。でもこれなら邪魔にならないはず!
エレンは目を丸くしながらも素直に受け取ってくれた。
「ありがとう、ございます。……大切にいたします」
バレッタを大事そうに胸に抱き、目を細めてふわりと柔らかに笑う。エレンの口角がこんなに上がっているのを見るのは初めてかもしれない。思わず見惚れてしまった。
「お嬢ちゃんたち、旅行者かい?」
店主のおじさんに声を掛けられた。
一応今回の旅はお忍びで来ているので、服装にも気をつけている。周りからはちょっと裕福な家庭が旅行に来ているように見えるだろう。
「はい、そうです!」
「そうかそうか!いやぁね、最近ここいらの治安も悪くなってきたもんでなぁ。充分に気をつけて楽しむんだよ」
そういえば、お父様からもスリや人攫いに気をつけるようにと言われていたな。わざわざ忠告してくれるなんていい人だ。お礼を言って店から離れた。
さてさて次は何を買おう。
どうしよう。まずいことになった。
「エレン……何処?」
エレンとはぐれてしまった。あれだけ忠告されていたのにやらかしてしまった。いやでも、この人混みでは仕方ないだろう!
あの後、色々な店を回っていたのだが、昼時になるとどんどん人が多くなり始め、あっという間に広場は人で埋め尽くされた。そして人混みにもみくちゃにされた私は見事エレンと離されてしまった、というわけだ。
「しかもここ……何処?」
人混みに押されながらようやく広場から脱出出来たはいいものの、目の前に現れたのは薄暗い路地。
「はぁぁ、どうするべきかしら」
またあの人混みの中に戻るのはちょっと勇気がいるぞ。
悩みに悩んでいると路地の奥から何か物音が聴こえた。
「……っ何!?」
頭に浮かんだのはお父様と店主の言葉。身構えながら少しずつ後ずさる。
再び音がなった。これは……うめき声?
「誰か、いるの?」
聴こえたのは積み上げられた瓦礫の山の後ろからだ。恐る恐る、今度は前へと進んでいく。
本当はすぐに離れるべきなのだろうけど……何故か、離れるべきではないと感じた。
少しずつ、少しずつ進んでいく。そして現れたのは――
「子ども?」
壁に背を預け、苦しそうに顔を歪ませる小さな子どもだった。
「ちょっとあなた!大丈夫!?」
呼びかけるも反応はない。呼吸も荒々しく、肌に触れてみると明らかに熱い。発熱している。
ふと頭に浮かんだのは昔、弟が40度の熱を出した時のこと。辛そうで辛そうで、死んでしまうんじゃないかと怖くてたまらなかったあの時と様子がよく似ている。
……早く、早く医者に診せなければ!
「誰か!誰か助けて!」
私1人、こんなひ弱な身体じゃ、運ぶのに時間がかかってしまう。一刻を争う緊急事態なのに。間に合わないかもしれない恐怖に体が強張る。自分の無力さが悔しかった。
「……ッ!誰か、助けてっ……!」
「……さま!お嬢さま!」
人混みの奥から焦った声が届くと同時、見慣れた姿が目に飛び込んできた。人混みを掻き分けて飛び出してきたのは私の有能な侍女。
「……エレン……」
「お嬢様!ご無事ですか!?」
救世主の登場に体の強張りが解ける。ハッとして急いで指示を出した。
「エレン!この子凄い高熱で、倒れてたの。早く医者に診てもらわないと!」
恐らく昨日私を診てくれた医者がまだ宿にいるはずだ。
「急いでこの子を宿に連れて行くわ。手伝ってちょうだい!」
「一体何が…………分かりました。私がその子を抱えます。お嬢さまは私のそばから絶対に離れないでください」
「ええ、お願い」
エレンが子どもを軽々しく抱え、広場の方……ではなく、路地の奥へと進んでいく。
「こっちで大丈夫なの?」
「はい。念のため、周辺の地形は昨日のうちに覚えておきました。こちらからの方がより早いです」
まじか。思わず絶句した。私の侍女が有能過ぎる。でもこれでひとまずは安心だ。エレンに任せておけば宿までは無事に辿り着けるだろう。
「恐らく、この子は孤児でしょうね」
あの後、宿についてすぐ医者に診てもらった。思った通り医者はまだ宿に残っていた。布団に寝かせられた子どもは未だ苦しそうだが、医者が投与した薬のおかげかその表情は僅かに和らいでいる。
「孤児……ですか」
最近よく聞く言葉だ。主にオリバー殿下から。
この国は表面上豊かに見えるが、その実まだまだ発展途中の場所が多い。国も対策を色々と練ってはいるが、深刻な問題でそう易易と解決できるものでもない。
「酷い脱水症状と栄養失調、あと体のあちこちに傷があります。貧困層の子供であっても、育て親が居るならばここまで酷くはなりません」
そうして医者は一度言葉をおくと大きく息を吐き出した。
「日常的に栄養を摂れておらず、免疫力が下がっているのでしょう。投薬によって一度は回復するでしょうが、このまま同じような生活を続けていくのは危険です。充分な栄養を安定して摂れなければ、長くは持たないでしょう」
こうやって目の当たりにして、医者の言葉があって、ようやく孤児として生きることの難しさを本当の意味で理解した。
「私は…………」
ちらりと布団に横たわる子どもを見やる。発見した時からずっと、幼かった頃の弟の姿と重なって見えてしょうがない。
もう既に私の心は決まっていた。
「私は、この子を助けたいです」
「それでは、私は失礼いたします。何かあればまたお呼びください」
医者はそう言って恭しく頭を下げると部屋から出ていった。私は子どもの側にそっと近よって、点滴に繋がれた細い小さな腕に触れてみる。呼吸も大分落ち着いたものの未だ目覚める気配はなかった。
頭の方に手を伸ばし、昔弟にしていたように撫でてみる。絡まりまくったごわごわとした手触りの藤色の髪。医者が診察していたときにちらりと見えた瞳の色は確か、髪の色と同じ。
ふと、何か引っかかりを覚えた。最近、どこかで同じ特徴の人物の話を聞いた覚えがあるような。そう、あれは確か――
「エスター……エスター・バチェンス」
オリバー殿下からの手紙に載っていた彼の特徴。確か、瞳の色と髪色が紫色だったはずだ。顔もまだ幼い故可愛らしさが勝るが、よくよく考えてみると将来的に有望そうな顔立ちをしている。それにこの子もエスターと同じ、孤児。
……いやしかし、オリバー殿下によるとエスター・バチェンスを連れ帰ってくるのはお父様だったはずだ。まだそうと決まったわけではない。紫色の髪色の人間なんてこの世界にはまだまだいることだし。それに――
――それに、たとえこの子がそうだったとしても助けたいという気持ちには変わりない。
うん。やることは何も変わらない。
「それでは、失礼します」
「ああ。おやすみ、ダリア」
「おやすみなさい、お父様」
夜になり、用事から帰ってきたお父様に早速今日のことを報告した。子ども好きのお父様は保護することに大賛成。原作でもエスターを養子に迎え入れていたため、分かりきっていた結果ではあるが、やっぱり少し不安はあった。ほっと胸を撫で下ろし窓の外を見上げる。
外はもうすっかり真っ暗だ。普段ならもう寝ている時間である。急いで自分の部屋に戻らないと。そう思い、部屋へ戻ろうとした所で、
「お嬢さま」
呼びかけられて振り返る。エレンだ。エレンのおかげであの子を助けられた。バタバタしていて伝えそびれていたが、改めてお礼を言わないと。
「エレン、今日は本当に……」
「お嬢さま、本日は大変申し訳ございませんでした」
そう言って深々と頭を……下げられた!?
「ちょっと、エレン!?」
驚いて、エレンへと駆け寄る。下げられた頭を持ち上げようとしたがびくともしない。体幹が強すぎる!
それにしても、一体何があった……?今日のことを振り返る。エレンが謝るようなことは何も……いや、まさか。
「もしかして、広場でのこと?あれは私も悪かったし、エレンが謝ることじゃないでしょ!」
「いいえ、全て私の責任です。今回は何事もなかったので良かったですが、もしお嬢さまが攫われでもしていたなら、私は……」
案の定、広場で逸れた件についてだった。確かに護衛役でもあるエレンが逸れるのは雇用的に見ればまずいことだ。でも、これに関しては全面的に私が悪い。というかむしろ、気にしてない私が能天気過ぎるのか……?
段々とエレンの声が震えていく。いつも冷静なエレンがこんなに感情をあらわにするなんて。
私はエレンの手を取り、固く握られた拳を割り開いた。
「そんなに責任を感じないで。私は大丈夫だから」
優しく声をかけてみるが、エレンは未だ納得していないようで眉間にしわが寄っていた。エレンは責任感が強いからなあ。
「うーん、そうだ!それなら、私と約束をしてちょうだい!」
「約束……ですか?」
「ええ。今日、私が助けを呼んだとき、真っ先に駆けつけてくれたでしょ。あれとっても嬉しかったの!」
小さな身体では出来ることが限られている。助けられるはずの命がどんどん弱まっていくのを目の前で見ていることしか出来ない恐怖。エレンはあの子の命だけでなく、私のことも救ってくれたのだ。
「だからこれからも、私が助けを必要としてるときはエレンが助けて欲しいの」
夜だというのに、何故かエレンは眩しそうに目を細める。そのまま一度目を伏せて、そして開いた。琥珀色の瞳がきらりと光る。
「……はい。お約束いたします、お嬢さま。貴方様が求めるならば、必ずやこのエレンが駆けつけましょう」
胸に手を当て深々と頭を下げるその姿はまるで――
「ふふ、エレンったら騎士様みたいね」




