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ぜひ僕にも手伝わせてください!



 ところかわって今、私たちがいるのは応接室。オリバー殿下と私たちは机を挟んで向かい合うようにして座っていた。形式的な挨拶を終わらせ、他愛もない雑談に興じていたのだが、その間目の前の人物が一度も王子様スマイルを崩すことはない。その顔はやっぱり弟からしつこく見せられた顔で、目の前の人物が弟の推しである人物なのは間違いない。あまりにもしつこかったため不本意ながらこの顔だけは覚えていたのだ。


「この度はご足労いただきありがとうございます。本来は私どもが参るべきだったのに申し訳ありません。」


「いえいえ、お気になさらないでください。お話は伺っております。ご令嬢に無理をさせるわけにはいきません。」


そう。実は、今世の私は病弱な体質で体調を崩しやすく、なかなか遠出が難しいらしい。最近は大分良くなってきたもののまだ王都へ行けるほどではなかった。そのため、第三王子という高貴な人物をこうやって屋敷へ呼び出してしまっている状況にある。申し訳ない。


「いやはや、オリバー殿下はまだ幼いのにしっかりしておりますな。うちのダリアも負けてはいませんが。」


おい、最後の一言は必要だったのか。不敬にあたるんじゃないのか。


「有難いお言葉です。」


そんな私の焦りを余所にオリバー殿下はにこりとしたまま。父も満足そうに頷いている。恐らく「これなら、うちのダリアを預けても心配ないな!」なんて考えていそうだ。相手が寛大だからよかっものの……。愛されているのは嬉しいが、親バカが過ぎるのも困りものだ。

 でも、確かにオリバー殿下、歳の割に聡明すぎる。9歳って小学3年生の年齢だよな……。小学3年生ってこんなにしっかりしているものだっけ?王族の教育の賜物かな?それか人生2周目だったりする??


「親睦を深めるためにも2人でお茶をするのはどうだろう!庭にガゼボがある。うちの自慢の庭でも眺めながら話し合うといい。ダリア、案内して差し上げなさい。」


私が訝しんでいる横でお父様が突然そんなことを言い出した。さっきまであんな言いようだったのに掌を返すのがはやすぎる。まあ、他にすることもないし。同年代の友達もいないため友達づくりのいい機会だ。


「はい、お父様。オリバー殿下、ご案内いたします。」


私とオリバー殿下、そして侍女のエレンと一緒に庭へと向かった。





 扉を開けるとぱっと色鮮やかな世界が広がる。様々な色や形の植物たちがお互いを邪魔することなく、むしろ魅力を引き立たせ合いながら輝く絶景。うちの自慢の庭だ。


「すごい……」


ぽつりと落とされた声。横を見るとオリバー殿下が目をキラキラとさせながらぽかんとしている。なぁんだ、いい表情するじゃないか。


「どうでしょうか?我が家の自慢の庭なんです。毎日、庭師のゴードンが想いを込めて手入れしてくれているんですよ。」


ふふん、気分がいい。ゴードンは少し気難しい性格をしているが、植物にかける想いは本物だ。自慢の庭師である。


「……失礼しました。あまりに見事なものだったので思わず見とれてしまいました。」


オリバー殿下はハッとして先ほどのような完璧な笑みへと戻ってしまった。残念だ。あどけなくてかわいかったからまだあっちの方が好きだったのに。



 庭のガゼボに到着した。中にテーブルとイスがあり、庭園を眺めながらお茶できるので私のお気に入りの場所の1つだ。


「エレン、お茶の用意をお願い。」


「かしこまりました。」


エレンが押していた台車から道具を取り出し、お茶の用意をする。

この時間が、好きだ。カチャと時折鳴る磁器同士のぶつかる音。トポポポと注がれる音。ふわりと香り立つ安心する匂い。その全てが好きだ。


「お待たせ致しました。」


「ありがとう、エレン。」


「ありがとうございます。いただきます。」


ひとくち飲むだけで心も体も温かくなる優しい味わい。


「ふふ、美味しいでしょう?我が家で一番美味しくお茶を淹れられるのはこのエレンなんです。」


「はい、とても美味しいです。ありがとうございます。」


少しリラックスした様子のオリバー殿下。肩の力が抜けてエレンに向けた笑顔も今までより柔らかいものだった。そりゃあ緊張するよなぁ。エレンの紅茶は緊張も溶かしてしまう凄い紅茶なのだ。


「もったいないお言葉です。」


さすがはうちのエレンである。この王子様スマイルを真正面から受けても全く態度が変わらない。


「では、私は失礼します。」


そう言ってエレンは戻っていく。おおかたお父様が2人きりにするよう指示でもしたのだろう。まったくもって余計なお世話である。






 それからしばらくの間、雑談していたのだが……。気のせいだろうか。オリバー殿下から時折鋭い視線を感じる気がする。私、何かしたかなぁ。今までの言動を振り返っても特に失礼なことをした覚えはないのだけれど。


「……一つ、お聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか。」


「は、はい。なんでしょう。」


先程までの朗らかな雰囲気とうってかわって真剣な表情をするオリバー殿下。自然と背筋がピンっと伸びる。一体何を言われるんだ。


「あの、日本もしくはジャパンという国をご存知ですか?」


「えっ」


日本。ジャパン。もちろん知っている。でも、なぜ。…………まさか!


「もしかしてあなたも転生者……?」


オリバー殿下の顔がぱっと輝いた。


「はい!まさか同じ境遇の方がいたとは!」


まさかのオリバー殿下、お仲間だった!!


「こんなこと、あるんだ……。」


悪役令嬢転生ものでよくあるのが、ゲームのヒロインが転生者だったパターン。攻略対象者が転生者だったパターンもあるにはあるが、あまり見かけなかった気がする。


「でもよく分かりましたね。私が転生者だってこと。」


「はい。ゲームでの様子と随分違ったので、これはもしかしてと思いまして。」


ん?……ゲーム?


「あ、失礼しました。実はこの世界『ローズ学園恋物語』というゲームの世界のようなんです。ゲームに出てくる国やキャラクターが実際に存在しているので恐らく。」


思い出した。そういえばそんなタイトルだった。オリバー殿下、詳しそうだけどもしかしてプレイヤーだったのだろうか。弟も大量にグッズを持っていたし、結構人気なゲームだったんだな。


「実は私もこの世界が乙女ゲームの世界だってことは察してました。私自身はプレイしたことがなかったんですけど、弟が好きだったので……」


「おお!本当ですか!弟さんいい目をしてますね!」


今までの王子様スタイルはどこへ行ったのか先ほどから目をキラキラさせてはしゃぐ様子はまるで大型犬のようだ。尻尾がついていたらきっとちぎれんばかりにブンブンと振っていただろう。こっちのほうが素なのね。


「よければこの世界のこと教えていただけないでしょうか。弟もよく話してくれたんですけどあまり覚えていなくて。」


実際は聞き流していただけだったのだが、まあ嘘ではないからいいだろう。


「ええ、もちろんです!まず『ローズ学園恋物語』通称『バラ学』が乙女ゲームだということはご存知ですね?このゲームはプレイヤーが操作するヒロインがとある学園に入学するところから始まります。『ローズ学園』、いずれ僕たちも入学するところですね。ローズ学園の生徒はほとんど貴族や国の関係者ですが、特待生制度を利用すれば平民の方も入学できます。孤児院育ちのヒロインはそれを利用してローズ学園に入学しました。」


ローズ学園。もちろんその存在は知っている。この国一の教育機関であり、入学資格はほぼ生まれで決まると言ってもいい。国の要人は必ずと言っていいほどこの学園に通っており、もし大御所に気に入られることができれば人生が大きく変わる。そんな場所であるため特待生制度は平民にとっては大きなチャンスであり、毎年制度を受けようとする者も多いと聞くが、もちろん条件はかなり厳しく、数年に1人受かるかどうか。ヒロインはそのチャンスをつかみ取ったのか。


「その娘とても、とてもいい子ね……。」


現状、この国の教育標準は良いとは言い難い。恐らくもう既に努力していなければ間に合わないだろう時期だ。今も必死に頑張っているのであろう姿を想像しただけでひどく胸打たれる。


「そうですよね。僕もプレイしていた当時はまさかこんなにも条件が厳しいとは思いませんでした。」


大きく頷く王子様。気持ちを切り替えるために紅茶を飲んだ。うん。美味しい。


「では、続けますね。このゲームの主な目標は2つあります。まず1つ目はキャラクターの抱えている問題を解決することですね。このゲームに出てくる人たちはそれぞれ何かしらの悩みを抱えていまして、絆を深めながらその悩みを解決していきます。そして2つ目は学園の成績ですね。特待生として入学するので成績が下がるとゲームオーバーになってしまいます。幸いゲームシステムとして仲良くなったキャラの『お助け』があるのですが、勉強とキャラとのイベントを上手いこと両立するのが意外と難しいんですよねぇ。」


なるほど……。乙女ゲームといってもキャラとの恋愛だけではないのか。面白い。


「成績と、それぞれのキャラとの好感度によってエンディングが分岐していきます。あいにく僕は全てのエンディングを見れたわけではないんですけど、結構やり込んでいたのでその都度お教えできると思います!」


オリバー殿下が胸をどんと叩く。これは頼もしい。この知識があるのとないのとで大きく変わってくるもの。

自信満々にしていたオリバー殿下だったがだんだんと申し訳なさそうな様子へと変わっていく。


「それで……あの、言いにくいのですが……。あなたのゲーム内の立ち位置としましては……。」


「ああ、そのことですね。なんとなくですが、察していました。私、悪役令嬢なんでしょう?」


「……はい。ゲーム内のダリア・バチェンスはわがままで、気に食わないものには当たるような人物でした。ダリアは、平民でありながら身分の高い人に可愛がられるヒロインに目をつけ執拗に嫌がらせをします。最後に明かされるのですが、実はヒロインは隣国の誘拐された王女でして……」


「ちょ、ちょっと一旦待ってください。隣国の王女って……」


「はい。8年前、隣国の王女が誘拐された事件はご存じですよね。今もなお見つかっておらず捜索されている彼女ですが、実はこの国のどこかの孤児院にいます。」


とんでもない事実を知ってしまった!


「それ、下手したら外交問題になるやつじゃないですか!」


思わず声を荒げてしまう。オリバー殿下も困ったように苦笑した。


「そうなんですよ。彼女を探そうにも、どこの孤児院にいるかも分からないし、僕が孤児院にいると言って見つかったらすごく怪しいじゃないですか。どうすることもできなくて。」


ゲームがスタートする時までこの事実を抱えておかなければならないのか……。この年で抱えるにはあまりにも重すぎる!


「はぁぁ。まあ、事情は分かりました。なるほど、そんな方をいじめていた(ダリア)は不敬で断罪される、と。」


「はい。そういうことになりますね。ちなみにこれはどのエンディングでも共通です。」


くっ、やはり悪役令嬢という存在はそういう扱いになるものなのか。


「ちなみに、ヒロインの正体が明かされた時って問題にならなかったんですか?あの国と戦争となるわけにはいきませんよね。」


隣国は歴史的に見ても戦争にとても強い。今は平和な状況にあるが、その軍力は衰えておらず、戦争になった場合の勝敗なんて考えるまでもない。


「それに関してなんですが、実は隣国、通称『愛の国』なんて呼ばれてまして。」


あいのくに。愛の国!?


「国全体が『愛は正義』だという価値観を持ってまして、ヒロインが『真実の愛を見つけた』なんて言っただけで全力で応援するような国なんです。」


思わず絶句する。戦争に強い国が『愛の国』。頭の方は大丈夫なんだろうか。

でも確かにそれなら戦争へ発展する心配はないのだろう。むしろ国同士の親睦が深まるのか。身分差の問題もそれで解決するだろうし。


「頭が痛くなるような話ですけど、一応納得はしました。ありがとうございます。」


前世の頭痛薬が恋しい。片頭痛持ちだったからよくお世話になっていた。


 ……それにしても、私本当に悪役令嬢に転生してしまったんだな。もちろんヒロインをいじめるつもりはないが、悪役令嬢ものではゲームの強制力がはたらくこともある。用心しておかなければならないだろう。そのためには……


「あの、オリバー殿下。」


「はい。どうされましたか?」


首をかしげるオリバー殿下。纏う雰囲気は初め会ったときの完璧で近寄りがたい様子ではなく、親しみやすいものだ。この短時間で大分印象が変わってしまった。この人とだったらきっと。


「私は悪役令嬢としてではなく、私らしく生きていくつもりです。ヒロインに嫌がらせなんてするつもりもないし、いわれのない罪で断罪されるなんてことも嫌です。私は私の運命を変えたい。そのためにはあなたの協力が不可欠です。どうか私とともに戦っていただけませんか?」


手を差し出し、頭を下げる。まるで告白みたいだな、なんてぼんやりと思った。

 しばらく沈黙が続く。だんだんと恥ずかしくなってきて、顔に熱が集まった。もっと言い方を考えれば良かった……!


「……はい。」


差し出した手を握られた。顔をあげると、真っ直ぐとした力強い眼差しを向けられる。


「ぜひ、ぜひ僕にも手伝わせてください!」



その笑顔になんだか懐かしさを感じた。



―――――――――――――――――――――



 夜が更け、皆が寝静まったであろう頃。少年は自室で寝る準備をしながらその日の出来事を思い返していた。

 国の第三王子という立場にある少年はその日、自信の婚約者となった人に会いに行かなければならなかった。少年は『とある事情』により、会ったこともない婚約相手がどんな人であるかを知っていたため、会いに行くのが憂鬱でしかたなかった。


――ダリア・バチェンス。気に入らないものがあれば切り捨て、自身の思い通りにならないと癇癪を起こす。身内の人間にすら恐れられていた令嬢。自身が世界の中心であると思っているような人物。それが少年の婚約相手である――はずだった。

彼女は少年の知る人物と大きく違った。彼女もまた少年と『同じ』だったのだ。ずっと不機嫌な顔をしていた本来のダリアとは真逆の、花が咲いたように優しく笑う少女。親しみやすく、身近な人を大切にする人。短時間で彼女が信頼できる人物だと悟った。だから、彼女の誘いを受けた。彼女と一緒なら心躍る日々を送れそうだから。

少年は期待に胸を膨らませ、瞳を閉じた。

――瞼の裏に懐かしい人物が浮かび上がる。そういえば彼女の笑顔は


「姉さんに、よく似てたな……。」


ぽつりとつぶやかれた声は、1人静かな空間に溶けていった。



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