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悪夢

 この村は、民俗学的に両墓制といわれる埋葬形態をとっている。両墓制とは土葬が基本であり遺体を埋める墓地をサンマイ、普段墓参りをする墓をまいり墓と言った。


 かつて日本各地で行われていたこの埋葬方法は、特に近畿地方に広く分布していた。

 なぜこのような面倒なことをするのか。それは死体が不浄で穢れたものという考えがあったからだ。


 医療や科学が発達していなかった時代では、《《死》》というものは伝染病のようにうつるもので、恐怖の対象であった。だから死体は捨てるもので、供養をするための墓は死体から離れた別の場所に石塔などを立てた。


 大阪から引っ越してきた俺には奇妙な風習で、死体が埋まっているサンマイは不気味で怖い場所だった。しかし、最近は土葬を希望する人は減りここ何年も行われていない。


 昨日母に、それとなく田所さんのことを聞いた時に教えられた。田所さんも、隣の自治体の火葬場で火葬されたそうだ。古式ゆかしい土葬ではなく、火葬を選んだ田所さんの奥さんは死の穢れにとりつかれ猫を川に流した。


 山で死んだと言っていたが、そのことに関係があるのだろう。

 山とは遠く離れたところから見れば緑美しい景色でしかないが、分け入ってみると木がうっそうと茂り日中でも陽の差さない薄暗いところである。


 何か人間には感知できないものが潜んでいそうな、まさに異界だと昔の人は考えていた。俺もこの村に来て、初めて友達に誘われて山に入った時は怖かった。

 山中に一歩足を踏み込むと、日常から切り離された別の世界が広がっていたのだ。そんな山で亡くなることを、村の人は不吉なことだと信じていた。


 俺がぼんやりしていても、おばさんはかまうことなくしゃべり続けていた。未希ちゃんは高校を出て役場の臨時職員をしていて、おばさんは近くの道の駅でパートをしているそうだ。


 散々一方的に自分の家の近況をしゃべり、最期に「未希も、りょうちゃんに会いたがってたし、今度遊びにきて」と適当な社交辞令を言って坂の下にある家に帰って行った。


 おばさんの背中を見送り家に入ると、どっと疲れが襲ってきた。ただ、家族の送迎をして妹とランチをして帰ってきただけなのに。

 迎えの時間まで、まだ間がある。リビングのストーブをつけソファに倒れ込むと、そのまま意識が遠のいていった。


             *


 暑い、体がやけに暑い。今は冬だったはずなのに、体がじっとりと汗でぬれている。辺りは黒煙で視界が覆われ何も見えず、ここがどこだかわからない。黒煙は流動していて、何か大きな生き物の息づかいのようだった。


 獣の吐く息のように、生臭く腐臭を放っている。気味が悪く、一刻も早くこの場から逃げ出したい。けれど、どちらに向かえばいいかさえもわからなかった。


「お兄ちゃん! こっちや。早く、きて、早く――」


 闇を切り裂く一条の光のごとく、六花の俺を呼ぶ声が聞こえてきた。六花、どこにいる。おまえの姿が見たい。早く……早く、その声がする方へ行きたい。早くその暖かな体を抱きしめたい。


 けれど、俺の切なる願いと裏腹な思考が邪魔をする。六花が俺を導いているところがどこなのか、本能で理解できた。そっちには、行きたくないんだ。

 六花の手をつかまえ、とめなければ。そうしないと、六花があそこへ行ってしまう。


 しかし焦れば焦るほど、あたりの闇は濃くなるばかりで六花の姿を隠してしまう。それどころか、俺を呼ぶ声もだんだん遠ざかっていく。


「待て、六花! 行くな。そっちに行ったらダメなんだ。行きたくないんだ!」


 六花を捕まえようと走り出したくても、足がまったく動かない。足だけでなく、全身が動かない。まるで誰かに体を押さえつけられているように、重い。六花を呼ぶ声が、泣き声にかわった。


「そっちは、ダメなんだ。そっちは――」


 ――サンマイだ。


 と叫ぼうとした瞬間、硬直する体に何かがドサッと覆いかぶさってきた。全身に悪寒が駆け抜け、恐怖に後押しされ目をパッと開けると、母が不思議そうな顔をして俺の顔をのぞき込んでいた。


「こんなとこで寝てたら、風邪ひくで」


 視界はクリアで、母の顔に浮いたシミまでよく見える。激しく眼球を左右に動かし、自分のおかれた状況を把握しようとして気づいた。


 俺はリビングのソファで、寝ていただけだったのだ。寝汗をかく体には、毛布がかけられていた。


「今、何時?」


 朦朧とする頭で、それだけを言ってハッとする。母を迎えに行かなければならなかった。しかし、母はここにいるわけで、いったいどうゆう状況なのか。まだ夢を見ているのか、自分でもわからない。


「もう、五時すぎてる。あんたに連絡しても、つながらへんし。森さんに、送ってもらったわ」


 そういうことか。母に、悪いことをした。


「ごめん、迎えにいけなくて」


「かまへん、昨日東京から帰ってきたばっかりや。それやのに、朝から雪の中送らせたからつかれたんやろ。お父さんは、お母さんが迎えにいくし」


 母は父の心配はしても、六花の迎えのことはいっさい言わない。ここで、六花はちゃんと家に帰っていると言おうとしたが、やめておいた。


「俺、意外につかれてるんだな」


 ボソリとつぶやき、ソファから重たい体をゆっくり起こす。かけられた毛布が体からずり落ちた。落ちた毛布を拾いソファの上に戻すと、重い足取りで二階の自室に向かって階段をのぼって行った。



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