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サンマイ

 車で十五分ほど走り、六花おすすめの老舗のお茶屋が経営する茶房へ入った。古民家をリノベーションした店内は、落ち着いた雰囲気で和モダンなインテリアもセンスがいい。

 案内された一枚板のテーブルに向かい合って座り、口を開く。


「こんないい店、宇土にあったんだな」


 コートを脱いだ六花は地味な制服姿だったが、唇には赤いグロスが光っている。朝に分かれた時には、グロスは塗られていなかった。俺とランチをする前に塗ったのだろう。


「最近できてん。一回行ってみたいと思ってて、お兄ちゃんとこれてうれしいわ」


 いそいそとメニューを広げながら、六花は言った。


「友達か、彼氏とくればよかったのに」


 軽口をたたいたつもりだったが、まるで詮索と取られてもおかしくない台詞だったとすぐに後悔する。

 しかし別に俺は、六花の交友関係が気になるわけじゃない。この歳の女の子なら彼氏ぐらいいて、当たり前だ。そう思い、運ばれてきた冷たい水を一気に飲み干した。


「もう、彼氏なんかいいひんもん。お兄ちゃんが、一番わかってるくせに」


 大きな目で俺をかわいくにらむ六花へ向かって、『どういう意味だ』という問いが口からもれそうになる。


 六花に他意はないはずだ。ただ、自分がモテないということを言いたいのだろう。昔から、六花は自分はモテないとよく言っていた。

 かわいい六花の容姿からすれば、モテないはずはないのだけれど、なぜか告白してくる男はいなかった。


 俺が会話の不自然さに気をとられているうちに、六花はポンポンと会話を進めていく。俺に東京の話をせがんできた。


 女の子が喜びそうな表参道や代官山の街などの話をしていたら、注文していたものが運ばれてきた。


 六花は冷たい茶蕎麦セット、俺は温かいあげが載った茶蕎麦セットを注文していた。店員が「ごゆっくり」と言い残して去ると、六花は目を輝かせてセットについているデザートに見入った。


「ここの生茶ゼリィ、ものすごおいしいんやって。ほら、プルプルしてるやろ」


 生茶ゼリィの入った小鉢を持ち上げ、ゆすりながら言う。その幼い様子に笑いが込み上げてきた。


「俺の分もやるよ」


 六花は一瞬はじけたようにうれしい顔をしたが、グロスで光る唇をきゅっと閉じ表情を取り繕う。


「そんなん、子供とちゃうんやから。いらへん」


「無理するなって」


 俺は自分の小鉢を取り上げ、六花のトレーに強引に乗せた。


「しゃあないなあ、お兄ちゃんがいらんのやったら、もらってあげる」


 うれしさをかみ殺し強がる六花を、俺は笑い飛ばした。またそれが気に入らないのか、六花の頬がふくれる。なんとも他愛のない、やり取り。


 気がおけないこんなやりとりは、兄妹だからできるのだ。六花はむくれながらも、いただきますと言い、割り箸をわりつゆの中に薬味のわさびを入れた。


「わさび食べられるようになったのか」


 俺の記憶の中の六花は、わさびが苦手だった。祖母をのぞいて、ごくたまに父親の気まぐれで外食した回転寿司で、六花はさび抜きを食べていたのだ。


「えっ? 蕎麦にはわさび、入れるものやろ」


「まあ、普通はそうだけど……。こんな雪の日に冷たい蕎麦食べるなんて、寒くないのか」


「お店の中あったかいから、ちょうどええよ」


 おいしそうに蕎麦をすする六花を見ながら、俺はトレンチコートを着たまま熱い蕎麦を口に運んだ。


               *


 父と母の帰宅時間は、いつもより早い。俺と六花は、ランチを食べ終わると自宅へ帰った。家の駐車場に車をとめると、六花は礼を口にした。


「ランチおごってくれて、ありがとう。今度お礼するな、また連絡する」


 そう言い残し母屋へ入って行った。

 兄が妹にランチをおごっただけなのだから、礼なんかいらない。でも、『また連絡する』と言われ、その吸引力にあらがえず断りの言葉を口にできなかった。


 俺は、また六花とふたりだけで会いたい。ずっとわだかまっていた疑問を解消すべきなのだ。今日、ふたりきりの車内で切り出せばよかった。


 しかし、六花があまりにも屈託なく明るいので、ついついその空気にのぼせた。村に帰省しない三年間に、俺は覚悟を決めたはずなのではないか。


 己の過去を清算すると誓ってこの村に足を踏み入れたのに、まだ躊躇している。このまま俺が黙っていれば、この村は何も変わらない時間が流れ続ける。その流れを止める必要がどこにあるというのだろう。


 大きなため息をつき、車外に出て離れに向かって歩き出すと、後ろからふいに声をかけられた。


「いやあ、りょうちゃんやないの。久しぶりやなあ」


 振り返ると、バケツと柄杓を持った六花の友人である未希ちゃんのお母さんが立っていた。


「ご無沙汰してます」


 そう言い頭を下げると、おばさんは丸い体をゆすりながら機関銃のように話し始めた。


「今な、お墓の掃除に行っててん。年末やろ、お墓きれいにしとかんとな」


 俺が聞きもしないのに、うちの前の道を歩いていた説明を始めた。この道をもっと山に登って行ったところに、この集落の共同墓地がある。


「朝に行こ思てたんやけど、この雪やろ。昼から雪がとけたしかたづけてん。もう二十八日や。あっちゅうまにお正月がきはるわ」


 口を挟む余地がないけれど、早く話を切り上げたくて強引に割って入る。


「あそこは、薄暗いですからね、早い時間に掃除するにこしたことはないですね」


「そやそや、まいり墓はまだましやけど、サンマイは不気味やな。お盆とお彼岸、それにお正月ぐらいしか掃除に行かへんけどな」


 ……サンマイ。六花が神隠しにあって、気がついた場所の名前がまた出てきた。




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