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混乱

 未希ちゃんが錯乱した翌日の昼、ようやく木村巡査が母屋を訪ねてきた。


「りっちゃんの様子はどうや?」


 制帽を脱ぎ、木村巡査は座敷の座布団に座りながら、開口一番に訊いてきた。


「ずっと、眠ったままです」


 力なく言うと、「やっぱり病院に行った方がええんと違う?」と言われたが断るしかなかった。今日は平日なので、六花の会社には朝に連絡を入れていた。


「未希ちゃんは、意識は取り戻したんやけど。まだ記憶が混乱してるみたいで、要領を得んことばっかり、口にすんねん」


 木村巡査はため息まじりに話し出した。


「そうですか……。あの、お見舞いに伺いたいんですけど」


 未希ちゃんのことを心配してというよりも、昨日のことをどれだけ覚えているか確認したい思惑からだった。意識が戻ったのなら、そのうち記憶もはっきりしてくるのでは……。膝の上においた手が、かすかに震える。


「やめとき。あんなあ、言いにくいんやけど、未希ちゃんの両親がちょっと興奮してて。こんなことになったのは――」


 ここで、木村巡査はちらりと俺の顔を盗み見る。


「この家のせいやて」


 青ざめた俺の顔色を窺いつつ、話を続ける。


「そんなわけないんやけど。もう村中その話で持ち切りや」


「男女が順番に死んで行くのは、祖母の土葬のせいやってことですね」


 この惨劇と野辺送りを出した家を結びつけるには、十分な理由だ。

 木村巡査は、ぽりぽりと頭をかいた。


「未希ちゃんの両親に訊いても、未希ちゃんが自死をするような理由なんてないの一点張りやし。自分で顔をひっかくように操られたんやって、口をそろえて言う始末や」


 俺はごくりと生唾を飲み込む。


「実は昨日、未希ちゃんに相談されたんです。三月いっぱいで役場の臨時職員の契約切れるから、どうしようって」


「ほんまか!」


 木村巡査の顔色が変わった。俺はゆっくり、用心しながら話を進める。


「けっこう悩んでて。ほんまは東京へ出ていきたいけど、その一歩を踏み出す勇気がないって」


 多少脚色しているが、全部事実だ。もし未希ちゃんの記憶が戻っても、俺の話の方に信ぴょう性はある。黒い煙に包まれて悪夢を見たなんて、誰が信じるだろう。


「そしたら、後から行くって言うてた六花がきたんです。俺と六花がしゃべってたら、うしろからバリバリって変な音がし始めて……。振り返ったら未希ちゃんが自分で顔をひっかいてたんです」


「すぐ止めんかったんか」


「『うちより、六花とるんか!』ってわけわからんこと言って、ますます顔をひっかいたんです。別に未希ちゃんと付き合ったこともないのに、もうびっくりして」


「うーん、ふたりに嫉妬したんかなあ」


 未希ちゃんの錯乱を、転職の悩みと俺たちに対する嫉妬という線に落とし込んだ。多少強引なつじつま合わせに、木村巡査は納得したような納得できないような微妙な表情をする。


「未希ちゃんには、もろもろ悩みごとがあったいうわけやな。よし、わかった。話してくれてありがとう」


 木村巡査が膝をたたいて立ち上がると、俺の体から張り詰めていた緊張は一気に抜けて行った。

 玄関まで見送りに行くと、ぼそりと木村巡査がもらした。


「あんた、いつまでここにいるか知らんけど。はよ出て行った方がええで。どうもここらの人は、あんたが帰ってきたせいでこんなことになったて、言うてる人もいるからな」


 頭を殴られたような衝撃を受け、返事をすることができずにいると、木村巡査が俺の肩に手をおいた。


「ここらは、時がとまったようなところや。異変があると、外からきたもんのせいにする」


 なんのなぐさめにもならないことを言って、帰って行った。

 俺がこの村にきたのは中学一年の時で、それから六年はこの村で多感な少年時代をすごした。それなりに思い出もある。


 しかしたった六年住んだだけでは、この村の人にとってよそ者には変わりないのだな。


 祖母も俺がよそ者だから、早く帰れと言っていたのか。まさか、このことを予言していたんじゃあ……。


 いや、祖母はなんの力もなかったのだ。そう奈良の叔母さんが証言していた。疑心暗鬼にもほどがある。


 俺は、ふたたび六花の部屋へ戻り眠り続ける六花の手を握る。手は冷たいが、俺が握っているとほのかに温かくなっていく。


 どうか、目覚めてくれ。そして、腹から禍々しいものが出ていってくれ。そう願いながら、六花の手を額にあてる。昨日から雨は降り続いていた。やまない雨音が、徐々に意識の向こうへ消えていった。


      *


 気が付けば部屋の中は暗くなり、眠る六花の白い顔だけが闇の中に浮かび上がっていた。六花の手を握りながら、うたた寝をしていたようだ。昨晩は一睡もしていなかったのだ。


 昨日の昼食を食べたきり何も食べていない腹が、俺に空腹を教えてくれる。食欲はないが、体が欲しているのだろう。


 何か体にいれた方がいい。俺まで倒れたらどうしようもない。六花をつれてこの村を出ることもできないのだから。


 台所で湯を沸かしていると、昨日と同じようなどたどたと騒々しい物音が聞こえてきた。


「もう、もう、がまんできん!」


 母はもうすでに、正気を失っているようだった。


「落ち着いて、どうしたん?」


 台所の椅子に母を座らせると、エタノールの臭いが鼻を突いた。朝から仕事に行っていたのだろう。


「さっき帰ったら、家に電話があったんや。墓掘り頼んだ人から」


「なんか、言われたんか」


 この状況では、ろくな電話ではなかったのだろう。


「未希ちゃんが襲われたから、今度は男や。お願いやし襲わんといてくれって、泣いて頼むんやで」


「まるで、うちの家がたたってるみたいやな」


 俺の口から、かわいた笑いがもれた。


 本当はナニカの仕業なのだから、墓掘りの人の言い分は遠からずはずれてはいない。


 ブルブル震える母の肩に手をおこうとした瞬間、ガシャンと耳をつんざく音が玄関の方から聞こえた。


 いったい、なんなんだ。



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