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覚悟

 夜明けのほのかな光の中で、俺の腕の中で眠る六花の白い顔を見ていた。昨晩京都でプロポーズまがいのことを六花に言い、自分でも狂っていると思う。


 今俺が抱いているのは、六花ではない得体の知れないものだ。イツキさまという昔いたかもしれないお姫さまだというけれど、村の伝承なんてあてにならない。


 不気味な存在であり恐怖の対象なのに、六花の中のナニカは俺に純粋な好意をぶつけてくる。


 その無垢な気持ちに、俺はただほだされているだけなのかもしれない。

 でもその無垢さをみせつけられるたび、自分が恥ずかしくなりナニカにほのかな愛情を感じ始めた。


 いや、愛情という単純な一言では言い表せない。無垢さの裏に潜む死の影に引かれていると言った方が、正しいのかもしれない。


 俺はナニカのように純粋な気持ちで、六花を愛していたか疑問に思う。義理の妹との秘密の恋愛という淫靡な響きや、性欲に引っ張られていたことを否定できない。


 今だからわかるけれど、ようはガキで自分本位の恋愛だったのだ。だから、六花がいっしょに死んでくれと言われた時、わけも聞かず突き飛ばした。


 このナニカを生み出したのは、俺だ。六花を殺し、サンマイに埋めた。遺体の上に石をおかなかったからか理由はどうあれ、六花の中にナニカが入り込んだのは確かだ。


 ナニカは否定したけれど、おばあさんと山下さんの死はあのナニカが出す黒煙が関係しているのは間違いない。


 初七日の山下さんが亡くなった日、ナニカはガソリンを入れてすぐに帰ると言ったのになかなか帰ってこなかった。


 ナニカが帰宅してしばらくしてからサイレンを聞いた。ガソリンスタンドから帰る途中で、山下さんと会っていたのかもしれない。


 都合のいい事実だけをみて、ナニカの不穏さに目をつむりやり過ごすことはもうできない。


 ナニカの体は冷たい。でも、俺が抱くと体温がうつるのか温かくなっていく。俺がそばにいれば、ナニカは人間らしくしていられるのか。


 ならば、未来をのぞめないこの村から連れ出し、幸せになる確証はなくてもあの破滅へ導く黒煙の中で俺とナニカは溶け合い温めあっていればいい。


 それがはたから見れば、愛と呼べない死をはらむ危ういものであっても、俺にとっては紛れもない愛だ。


 もうこの村から出るなら、憂いはすべてかたをつけていかなければ。

 京都駅の大空広場で未希ちゃんに、今日家に遊びにくるよう誘われた。


『りょうちゃん、六花が神隠しにあった日、六花といっしょやなかった?』


 俺はすぐに否定したが、まだ何か言いたそうだった。このまま未希ちゃんの家に行かずに、放っておくわけにはいかない。


 俺の腕に力が入り、ナニカの肩を強く握りしめた。その振動で起きたのか、ナニカのまぶたが花の蕾がひらく速度であいていく。


 俺を惑わし魅了する唇が震える。


「おはよう、お兄ちゃん」


 これ以上この唇から俺への愛情がもれないように、何も言わず唇を塞いだ。


      *


 今日は三連休最後の月曜日で、昼にあまった餅を食べていた。


 正月は祖母が亡くなりあわただしく、年末についた餅が消費しきれず残っていたのだ。


 反射式ストーブの上に網を乗せ、そこで餅を焼くととてもうまい。その後のストーブの掃除は大変だけれど、赤い火にあぶられじわじわと膨らんでいく餅を見ているだけで楽しい。


「これ片づけたら、ちょっと散歩してくるわ。こっち帰ってきて、動かんから体重増えたんや」


 体重は逆に減ったのだが、未希ちゃんの家にいく口実にする。


「今日は午後から雨降るって、天気予報で言うてたで」


 六花は青い顔をして、湯呑をおいた。


「雨降る前に帰ってくるし。あっ、洗濯物外に干したままや」


「家の中に入れとくわ。散歩、私も行く」


「おまえは家にいとけ。今日も体調悪そうやし。昨日無理したんかな」


 六花は食欲も落ち、最近体調が悪い。もう死んでいる六花の体が動いている仕組みはわからないが、ナニカに変化が起きようとしているのか。


 その兆しは吉兆でなく、凶兆のような気がする。

 凶兆ならば、それを引き受けるのは俺だ。


 食器とストーブをきれいにして、「いってきます」と声をかけ表へ出て空を見上げる。六花の言う通り、今にも泣き出しそうな鉛色の空だった。


 それでも、未希ちゃんの家にいかない選択はない。俺は、重い足取りで坂を下って行った。


   *


「りょうちゃん、いらっしゃい。お母さん、山下さんのお葬式に行ってるねん」


 未希ちゃんの声は、今日の空模様に反して底抜けに明るい。この地区の大人はみな、村の集会場である山下さんの葬儀に出ていた。山下さんは自宅葬ではなく、会館での葬儀となった。


 朝に洗濯物を干していると、母がちょうど外に出てきて俺の顔を見るとため息をついた。


 今日の葬儀でかならず、陰口を叩かれる。祖母が山下さんの足を引っ張ったと言われるに決まっていると、肩を落として言っていた。


 そんな針のむしろのような場に、父と母は出かけて行ったのだ。狭い共同体では、悪い噂とは、尾ひれがついてあっという間に広がるもの。


 祖母と山下さんの異様な死に様も、みなの周知の事実になっているのもかしれない。そうなると、恐怖が煽られるわけで……。


「りょうちゃん、コーヒーに砂糖とミルクいる?」


 未希ちゃんに話しかけられ、我に返る。

 居間にあるこたつの横に座りつつ返事をした。


「いや、おかまいなく。話が終わったらすぐに帰るわ。散歩の途中やし」


 こたつの上には未希ちゃんのものなのか、メイク道具や雑多なものがおかれていた。


 昔六花が『未希ちゃんは、いつも鏡見て自分の顔チェックしてる』と言ったことを思い出す。


 俺の脳内によみがえった六花の懐かしい声に、未希ちゃんのどこか媚を売るようないやらしい声が重なった。


「話、長くなるで。そんなすぐに、帰すわけないやん。うちとりょうちゃんの大事な未来の話すんのに」



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