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イモウトを愛しただけなのに  作者: 澄田こころ(伊勢村朱音)
第四章 六花の中のナニカ
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星空の下の誓い

「東京?」


 あまりにも予想外の言葉が出て、声が裏返る。


「高校の時にも六花に言うたけど。あの村から俺たち出んと、前に進めん」


 前に進むということは、私との未来を考えてくれているということだろうか。私はこれからも、お兄ちゃんの隣にいていいと言うことだろうか。


「そんなこと、できるん?」


 あの時の六花が村を出るには、大学に行くという選択しかなかった。でも今は……。


「おばあさんの四十九日が終わったら、仕事やめて東京へきたらええ。しばらくいっしょに暮して、母さんらに内緒で籍入れてもええ」


 籍を入れるとは、結婚するということ。血はつながっていないとはいえ、妹と兄は結婚できないんじゃあ。


「私たち、結婚できんやろ。いちおう兄妹やし」


「俺と父さんは養子縁組してないから、六花とは結婚できるんや」


「お兄ちゃんと、ずっといっしょにいれんの? 離ればなれにならんでもええの? そんなん嘘みたいや」


 この村にお兄ちゃんを留めておくことばかり、考えていた。お兄ちゃんが出ていく時は、私が捨てられるのだとばかり。


 いっしょに出ていくという選択があったなんて。


「七年前は俺たち子供やったけど、もう今は立派な大人や。責任さえしょえば、自由にできる」


「うれしい、うれしい、うれしいけど、なんか現実感がなくて実感できひん」


 私はうれしいはずなのに、あまりのことに茫然としてポカンと口を開ける。


「ほんまおまえは、最近表情が複雑になってきたな。そらそうや。いきなり言われたらとまどうわな」


 お兄ちゃんが苦笑いをするので、申し訳なくなる。


「とまどうっていうか、ほんまにいいのかなと思て。だって私、普通やないし」


「そやな。でも俺も、普通やない。妹殺して、今までのうのうと生きてきた。罪悪感からおまえのこと、六花の代わりに幸せにしたいだけなんかもしれん」


 夜景を見ていた顔が、ふと横を向き私へ視線をうつす。瞳に夜景の光が反射している。そのひとつひとつの光が、お兄ちゃんの真実の心のようで、吸い込まれそうになる。


「もういろんなこと考えすぎて、何が本当かわからんようになってん。でも、おまえといっしょにいたい気持ちは、本当や」


 お兄ちゃんは私と六花を混同しているのじゃなくて、ちゃんと私のことをみてくれている。そして、六花とではなく私との未来をみつめてる。


「なんやこれって、プロポーズみたいやな。しもた、指輪買えばよかった」


 お兄ちゃんは気恥ずかしいのか、急に軽口を言う。


「そんなんいらん。そのかわり、ずっといっしょにいるって約束して。私をひとりにせんといて」


「わかった、約束する。ほな、指切り」


 お兄ちゃんは、私の顔の前ですっと長い小指を立てた。そのきれいな小指に、私は小指を絡める。


「指切りげんまん、嘘ついたらハリセンボンのーます。指切った」


 六花は子供の頃、未希ちゃんとよくこの指切りをした。大抵、未希ちゃんは約束を守ってくれなかったけど。


 お兄ちゃんは、未希ちゃんと違って約束を守ってくれる。私は、ずっとお兄ちゃんといれる。私は自分がついている嘘から目をそらし、そう都合よく信じた。


 夜景に飽きると、私たちは大空広場から長いエスカレーターで下りていた。大階段の途中の踊り場にいる人影が、下りてくる私たちをじっと見ているのに気がついた。


「六花やんか。りょうちゃんもいっしょや」


 大きな声で叫んで手をふっているのは、未希ちゃんだった。私たちはつないでいた手をぱっと放した。


 踊り場に到着すると、未希ちゃんが駆け寄ってきた。


「すっごい、偶然」


 無邪気に喜んでいる未希ちゃんに、訊かずにはおれなかった。


「なんで、こんなとこにいんの?」


「ああ、ここ駅ピアノおいてあんねん。前にテレビでやってて見たいと思てたから、買い物ついでに京都駅にきたってわけ」


 未希ちゃんの指さす方向から、ピアノの音が聞こえてきた。ミーハーな未希ちゃんらしい理由だった。


「そういう、六花たちは?」


「俺たちは、おばあさんが亡くなった手続きで京都きてん」


 お兄ちゃんが、でまかせを言ってくれた。


「へえ、そうなん。そのわりに、大空広場から下りてきたんやな」


 思わせぶりな未希ちゃんの言い方に、じりじりと追い詰められる。デートしてたなんて、疑われてはダメだ。


「えっ、なんで?」


 さっきまでお兄ちゃんの手に温められていた私の手は、駅ビルを吹き抜ける風にさらされ、指先からしびれてきた。


「夜の大空広場なんて、カップルばっかりやん。兄妹でいくとこちゃうで」


「いや、たまたま夜景みたかっただけで」


 お兄ちゃんの声が、うわずっていた。未希ちゃんは完全に私たちを疑っている。ひょっとしたらこの間、私たちが道の駅で買い物していたのも、おばさんから聞いているのかもしれない。


「そしたら、うちも夜景みたい」


 未希ちゃんの提案に、私は心底安堵した。


「ほな、もう一回行こか」


 上りのエレベーターに向かおうとしたお兄ちゃんの腕に、未希ちゃんが抱きつき私を振り返った。


「六花、りょうちゃんをちょっと貸して。私も恋人ごっこしてみたい」


 振り向いたお兄ちゃんは困惑していたが、ここは未希ちゃんの言うことを聞いた方いいと私に合図を送る。


 わかっている、未希ちゃんの言う通りにした方がこの場は収まる。断ったら、嫉妬してるのかと絶対言われる。


 私は無理やり笑顔になり、手をふった。


「わかった。楽しんできて」


 私だけがその場に留まり、ふたりが下りてくるのを今か今かと待っていた。雑踏に紛れて聞こえてくるピアノの音が私の気持ちを代弁している様に、下手くそな音楽を奏で続ける。


 しばらくして、ふたりは腕を組んでエレベーターで下りてきた。未希ちゃんは満面の笑みを浮かべ、お兄ちゃんはすこし青ざめていた。


「あー、楽しかった。うち、もうちょっと京都で遊んで帰るし。ばいばい」


 あっさりと別れの挨拶をして、未希ちゃんは駅ピアノの方へ歩いて行った。私は未希ちゃんの姿が見えなくなるのを確認してから、お兄ちゃんの手を握るとすっかり冷え切っていた。


「未希ちゃんに、なんか言われた?」


「いや、おまえといっしょで、夜景がきれいやってはしゃいでただけや」


 私は未希ちゃんとお兄ちゃんが恋人みたいに夜景を見ている姿を想像して、胸がナイフを突き立てられたようにぎりぎりと傷む。


『未希ちゃん、うざいなあ。殺そか』


 お腹の底で、六花の声が聞こえた。



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