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イモウトを愛しただけなのに  作者: 澄田こころ(伊勢村朱音)
第四章 六花の中のナニカ
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目がくらむ

 翌日の日曜日は、遅い朝食をとりお兄ちゃんの運転で京都へ向かった。冬空は厚い雲に覆われていたけど、私の気分は晴れ晴れとしていた。


 途中、高速を利用して一時間ぐらいで到着すると、連休と重なった日曜日だからか、水族館は混雑していた。


 ここの水族館の目玉は、オオサンショウウオで、あらゆるものがオオサンショウウオの形をしていた。


「オタマジャクシって、小さいからかわいいんやな。こんなおっきかったら、不気味やわ」


 水槽の中で折り重なるようにしてじっとしているオオサンショウウオを見て、素直すぎる感想をもらすと、お兄ちゃんは笑う。


「俺、オタマジャクシもかわいいと思わんけど」


「えっ、なんで。田んぼで泳いでるのかわいいやん」


「いや、大阪では近所に田んぼなんてなかったし」


「ほな、オタマジャクシ捕まえて遊ばへんかった?」


「そんなん、したことない。六花はそんなことして遊んでたんか」


「うん」という返事が一瞬遅れた。


 遊んでいたのは、六花であって私じゃない。でも、お兄ちゃんは最近六花と私を区別していないように感じる。


 その混同に、私は付け込んでいるんだ。六花じゃないのに、六花の記憶をつかって。私は田んぼに泳ぐオタマジャクシを見たことも、捕まえたこともない。


 一階のフロアを見終わると、二階へあがる。ちょうどイルカショーが始まる時間で、観客席は後ろの席しか空いていなかった。


 空いている席に、お兄ちゃんと肩をくっつけて座る。イルカショーが始まると音楽と歓声の隙間をぬって、私の耳元でつぶやいた。


「なんか、不思議な感じや。ここのイルカショーのバックは海と違て、建物と緑の木々やし」


 お兄ちゃんが言うように、イルカショーのステージの向こうの景色は海ではなく緑色の風景が広がっている。


「普通は、海なん?」


 はじめてイルカショーを見た私にとって、なぜ不思議かわからなかった。


「だいたいどこの水族館も、海沿いにあるからな。今まで見てきたイルカショーは全部、海をバックにイルカが飛んでた」


「それ、今みたいにデートでイルカショー見たってこと?」


 チリチリと胸を焼く感情が、お腹の底から湧き上がってきて、とても不快だ。


「まあ、そりゃ、大学時代は女の子と付き合ったことあるし」


 ばつの悪い顔になったお兄ちゃんの顔を、横目でにらむ。そして、過去にお兄ちゃんの横に座ってイルカショーを見ていた女の子に、心底消えてほしいと思った。


 もし、この場に現れたら山下さんみたいに殺すかもしれない。お兄ちゃんの過去も未来も、私と六花のものだ。


「そんな顔してにらむなよ。やきもちか」


 やきもち? 嫉妬してるんだ、私。不快な感情だけど、すごく人間らしい。


「だって、私はお兄ちゃんだけやのに」


 胸の内は嫉妬でたぎっていたけど、案外かわいい声が出た。


 お兄ちゃんは、「あほやな」と言いながら眉間にしわのよった私のおでこに自分のおでこをくっつけた。


 みんなイルカショーに夢中で、一番後ろの席に座っている私たちのことなんて見ていない。私は自分から普通の恋人みたいなキスをした。


 水族館から出ると、西日が前庭の枯れた芝生をオレンジ色に輝かせていた。このまま帰りたくないと思っていると、お兄ちゃんが私の手を握った。


「こっから十五分歩くけど、京都駅に行って晩飯食べて帰ろか」


 車で水族館にきていたけど、京都駅近くの駐車場を探すのは大変だと、お兄ちゃんの説明を聞きながら、私たちは京都駅へ向かう。そして、適当に入ったカフェで食事をとった。


 カフェから出るとガラス張りの京都駅は光であふれ、目がくらむ。


「見て、ガラスに京都タワーが映っててすっごいきれい」


 私の目には、実物よりもガラスに映った偽物の京都タワーの方がことさら美しく見えた。


「もっと、ええとこ行こか」


 いつもの落ち着いた大人の表情とは違い、得意げな少年みたいな顔でそう言われては、ついて行くしかない。連れていかれたのは、駅ビルの屋上にある大空広場だった。


 屋上なのに、植物が植えられた空中庭園からは京都の夜景が一望できた。私はガラスに駆け寄り歓声をあげる。


「すごい、すごい! こんなとこ、京都駅にあるなんてびっくりや」


「そうやって、盛大に喜んでくれたら連れてきたかいがあるな」


 星屑を夜空ではなく、街にまき散らしたような夜景はきれいだった。この光ひとつひとつに、人の姿があるのかと思うとほんものの星空よりも温かみを感じた。


 横を見あげると、私のことを優しい目で見おろす視線とぶつかる。そっと、腕を組みもたれかかった。


「ありがとう。今日は初めて尽くしで、楽しいことばっかりや」


「六花とは、こういうこと一回もできんかったし」


 弾んでいた胸がずしんと鉛を入れられたように、重くなる。やはり、私は六花の代わりでしかないのだ。お兄ちゃんに優しくされるたび、私を愛してくれていると勘違いしそうになる。


「おまえも、お姫さまだったころは贅沢してただろうけど、こういうのもいいだろ?」


「む、昔のことはほとんど、覚えてない。ただ自分がイツキさまって呼ばれてたことだけは、覚えてる」


 ぞわぞわと背筋に悪寒を感じながら嘘をつく。お姫さまの記憶なんかあるわけがない。


「そうやな、昔なんて覚えてない方がええのかもしれん」


 お兄ちゃんは私に言っているのではなく、六花を殺した自分の過去を言っているのだろうか。


 お兄ちゃんは、ガラス越しの夜景に視線を固定したまま口を開いた。


「あんなあ、いっしょに東京へ行かへんか。おまえをひとりでは、おいておけへん」






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