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イモウトを愛しただけなのに  作者: 澄田こころ(伊勢村朱音)
第四章 六花の中のナニカ
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疑われたらどうしよう

「ちょっと意味がわからへんけど」


 私のクレームに山下さんは、しわだらけの手であごをさすった。


「サンマイて、怖い場所やろ。その怖さは死に対する恐怖や。人の恐怖という感情がじわじわと積み重なって、縊鬼というもんを形作ったんかもなあ」


 恐怖が積み重なる……。私は長い年月を土の中で積み重ねられていたような感覚を今でも持っている。私は、鬼なの?


「じゃあ、実際にそんな鬼がいたってことですか」


「そんなわけないやろ。あくまでも、人間が想像したもんや。実際にいたわけやないと思うで」


 山下さんは、肩をゆすって笑い飛ばした。私もいっしょになって、笑い飛ばしたかったけど口元が不自然にひきつる。

 私は私と言う存在を、笑い飛ばすことができない。


「サンマイの石塔は、イツキさまの墓いうより怨霊封じみたいなもんかな」


 私は自分が何者なのか知らない。六花の体に入ってからの記憶しかないのだ。でも、私が人間でないことだけはたしかだ。


「この話誰かに、しましたか」


 話し終えて満足そうな顔をしている山下さんへ、私は愛想よく訊いていた。


「いいや。でもおっさんも勘違いしてたくらいやし、わしの調べたん聞いてもらいたいわ。そや、今日初七日や言うてたな。ちょうどええわ。初七日終わったぐらいにわし、巫女さんのとこ行くわ。初七日何時からや?」


「夕方の六時からです」


 山下さんは、腕時計を見る。


「まだ時間あるなあ。そしたら、家に一回帰るわ。ほな」


 言いたいことだけ、言ってこちらのことは気にかけず山下さんはさっさと軽トラに乗って行ってしまった。


 あの鬼の話を言いふらすの? 冗談じゃない。そんなことはさせられない。イツキさまはかわいそうなお姫さまでなければならないのだ。


 お兄ちゃんに愛されるためには、私はかわいそうな存在でないとならない。愛情をもらえないなら、せめて同情してもらわないと。


 六花の代わりにもなれないなんて、そんなのはいや。


    *


「おっさん、なかなか来はらへんな。珍しい」


 もう時刻は、六時を回っていた。叔父さんの焦れた声が、座敷から聞こえてくる。母屋の座敷には、お父さんと晴子さん、叔父さんと昌代さん。それに奈良の叔母さんが集まっている。


 お兄ちゃんと私は、台所でみんなに出した湯呑を片付けていた。住職さんはいつも指定の時間より早く到着して、お茶を飲みながら世間話をするのが常だった。


「なんか、あったんかなあ。そういえば、昼過ぎにえらいパトカーの音してたやろ」


 お父さんが、のんびりそれに答えていた。

 そうこうしていると玄関の音が乱暴に開かれる音がして、住職さんが慌てた様子で入ってきた。


「すんません、えらい遅れてしもた」


「いや、よかったわ。心配してましてん。おっさんに、なんかあったんかなて」


 叔母さんが住職さんに声をかける。


「違うねん。わしやのうて、山下さんや。山下さんが、家で倒れてたんやて」


 その場にいた、全員が息をのんだ。おばあちゃんと同じ状況だと、頭をよぎったのだろう。


「どないしたんです。山下さんは?」


 叔父さんが、座敷に住職さんを招き入れて訊いた。


「机の角で頭を打ちつけたらしい」


「転ばはったんですか」


 昌代さんが、せかせかとたずねた。


「どうも、転んだんちごて自分で何回も頭ぶつけたらしいわ」


『自分で』というフレーズに、一同は凍り付きもう誰も口を開かない。

 おばあちゃんは、《《自分で》》土を口の中に押し込んだのだ。


「奥さんが、留守して帰ってきた時にはまだ息があったんやけど、うわ言みたいに『頭から、ぬける。ぬける』言うてたらしいわ。でも、病院で亡くならはったて、うちに連絡がさっききたんや」


「お母ちゃんが、引っ張ったんやろか」


 叔父さんがぼそりと言った言葉に、住職さんの鋭い声が飛ぶ。


「あほなこと言いな。そんなん迷信や」


「そやけど、山下さん。野辺送りの時、最後足あらわんと家に帰らはったやろ。なんぞ悪いもんでも、サンマイからつれて帰ったんかな」


 昌代さんのおびえ切った声に、奈良の叔母さんの声が重なる。


「村の女が死んだら、次は男や。そんで、男の次は女が死ぬてお母ちゃんがよう言うてたん、思い出したわ」


「ほな、次は女が死ぬていうことですか」


 ずっと黙っていた晴子さんが、追い立てられたように早口でまくし立てた。


「やめい、やめい。そういう恐怖が、ありもせん迷信を生むんや。ええか。そういうんを収めるために、供養するんや。わしのお経なめてもろたら困んで」


 住職さんが恐怖にかられた一同に喝を入れると、祭壇の前におかれた座布団にどすんと大きな音をたてて座った。


 もうそれ以上、口を開く人はいなかったけれど顔にはぬぐい切れない恐れが現れていた。鉦がカンカンと打ち鳴らされ、住職さんのお経が始まると私も座敷のはしっこに座った。


 隣に座ったお兄ちゃんの顔をちらりと見る。端正な横顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。よかった。お兄ちゃんは、私を疑っていない。


 おばあちゃんの時は疑われたから、また私のことを疑ったらどうしようと思っていた。本当に、よかった。



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