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イモウトを愛しただけなのに  作者: 澄田こころ(伊勢村朱音)
第四章 六花の中のナニカ
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わがままを言って

 掃除を終え遅い昼食をとるとお兄ちゃんは言った。


「食材の買い出しに行こうか」


「明日、仕事の帰りに買って帰るよ」


 お兄ちゃんに、いろいろしてもらうのは悪いと思って言ったのだけど。


「仕事帰りに買い物したら、遅くなるだろ。それに、明日は俺が晩御飯つくるよ」


「えっ、お兄ちゃん料理できるん?」


 六花の記憶では、お兄ちゃんは料理をしなかった。


「一人暮らしが、長いからな。料理ぐらい、できるようになるって」


 そうか、六花の記憶は七年前でとまっている。今目の前にいる人は、六花の知らないお兄ちゃんだ。


「じゃあ、どこに買い物いく?」


 私の声は、どこか弾んでいた。


「今日は、野菜食べたいな。最近、仕出し料理が多かったし」


 通夜や葬式では仕出し料理を取っていた。仕出しはおいしいけど、温かくないのが難点だ。


「じゃあ、今日鍋にしよか。野菜たっぷり入れて。野菜買うんやったら、道の駅がええかも」


 私がそう提案すると、お兄ちゃんはのってきた。


「そうしよう。今日も寒いしな」


 新鮮な野菜を求めて、ふたりで車に乗って買い出しに出かけた。

 県道沿いの道の駅は、地元の特産品や農家の人が野菜を直接販売している。そこで、鍋に入れる白菜やネギなどの野菜と豚肉などをかごに入れていく。


「明日は、何が食べたい?」


 あらかた鍋の具材を選ぶと、お兄ちゃんはそう訊いてきた。


「お兄ちゃんが、作ってくれるものならなんでもええよ」


 私に食べたいものなんてない。だからそう答えたのだけど。


「そう言われるのが、一番困るんだよな」


 お兄ちゃんを困らせてしまった。どうしよう、何か言わないと。そう思えば思うほど、自分が普段何を食べているのか全然思いつかない。


「そんな眉間にしわ寄せて考えることじゃないから」


 お兄ちゃんはそう言うと、私の眉間に人差し指でふれた。ふれた指が、すごくあったかい。


「じゃあ、俺の食べたいものでいいか」


「うん。それが、私も食べたい」


 お兄ちゃんは鶏肉コーナーへ歩いて行き、かしわのもも肉を手に取った。


「じゃあ、唐揚げな」


 切れ長の目を細めて笑う顔は、六花が大好きだった顔だ。六花がしたかったように、手をつなぎたいと切実に思う。

 そっと手を伸ばし、大きな手に触れようとした瞬間、後から声をかけられた。


「いや、りっちゃんとりょうちゃんやないの」


 大きな声に振り返ると、丸い体をした未希ちゃんのお母さんだった。おばさんは、この道の駅でパートをしていた。


「お葬式の時は、お世話になりました。未希ちゃんにも手伝ってもらって、ありがとうございました」


 お兄ちゃんは、丁寧に葬儀に参列してもらったお礼を言った。


「ご愁傷さまやったねえ。それにしても、急なことでびっくりしたわ」


 おばさんは、私の方に顔を向けた。


「りっちゃんも、気を落とさんようにな。また、うちに遊びにおいで」


「ありがとうございます」


 私は、ぺこりと頭を下げた。すると、おばさんはお兄ちゃんが持つかごの中を覗き込んだ。


「今日、鍋にすんのか」


「はい、今日寒いんで」


 お兄ちゃんが答えると、おばさんの顔はにやにやと笑う。


「ふたりで買い物なんて、仲ええなあ。後ろから見てたら、新婚さんみたいやったで」


 私たちふたりは、同時に息をのむ。そんな風に見えてたなんて、ここでそういうことはまずい。すぐに、変な噂が立つ。


「いや、六花が荷物持ちに来てくれってわがまま言ったんで。まあ妹孝行って感じですかね」


 お兄ちゃんは、へたな言い訳をして愛想笑いをする。


「そやなあ、りっちゃんおばあちゃん子やったから、さみしいわなあ。お兄ちゃんに、いっぱいわがままきいてもらい」


 おばさんは、自分の言いたいことだけ言ってさっさと仕事に戻って行った。

 レジで会計をすませ、車に戻るまで私たちは一言も口をきかなかった。荷物を積んで、車に乗り込み勢いよくドアを閉める。運転席でエンジンをかけたお兄ちゃんを見た。


「私、わがままなん?」


 すねた言い方をしていても、私がわがままには変わりない。無理やりお兄ちゃんに抱いてもらい、いっしょにいることを強要しているんだから。


「なんだよ、さっきの気にしてるのか。別に、あんなの適当に言っただけだろ」


 そんなことは、わかっている。わかっているけど、お兄ちゃんの口からわがままだと、嘘でも言われたくなかったのだ。

 それが、真実だから。私のわがままで、今この場が成り立っているのだから。


「おまえ、ほんとわけわかんないな。俺のこと誘惑したかと思えば、子供みたいにすねるし」


「嫌いになった?」


 私の焦った声が、せまい車内に反響する。


「そんな必死になることないだろ。わがままって、言われてうれしい時もあるんだって」


「わがままって、悪いことやないの?」


 本当に、人間の感情はわけがわからない。わがままを言われてうれしい時があるなんて。


「じゃあ、わがまま言ってみろよ」


 冬の日の入りは早く、辺りは暗くなり始めている。カーナビの白い光が車内をぼんやりと、明るくしていた。

 その淡い光を受けて、お兄ちゃんの顔はとてもきれいだった。


「キスして」


 お兄ちゃんの柔らかい唇が、どんどん近づいてきて私の冷めた唇にそっとふれる。私は唇をほんのすこしだけ離して、たずねた。


「今、うれしい?」


 唇に、お兄ちゃんがくつくつと笑う振動が伝わる。


「うん、うれしい」


 その夜、お兄ちゃんはおばあちゃんの部屋で眠らず、私の隣で眠りについた。


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